59、ブレヒドゥン(その一)
ウルス族とダギ族の二つの士族が中心となってブレヒドゥンを建国した。
ブレヒドゥンは、北は海、西はリエンム神聖皇国、東はライアナ、そして南は新ジャムヒドゥンと接している。人口は新ジャムヒドゥンとほぼ同じ程度で千万名程度。
百万近い兵数を持ち、リエンム神聖皇国といえど簡単には侵略できない。
だが、リエンム神聖皇国と新ジャムヒドゥンとが手を組み、協力して攻めて来られたら甚大な被害を被ることは明らかで、ブレヒドゥン国王ガウェインはダギ族士族長ホルサと今後の対策を相談している。
「ルーカンがサロモン王国と手を組んだそうだ」
ガウェインは額に垂れるやや長い黒い髪を手でずらし、ルーカンからの手紙をホルサに見せた。
「まあ、そうせざるをえないでしょうね。ヨセフスがリエンム神聖皇国と手を組んだ以上、ルーカンが単独で対応するのは無理でしょうから」
ホルサは手紙に黒い瞳を落としながら返事する。
「我らとしてもサロモン王国の協力は必要だからな。リエンム神聖皇国のキュクロプスに対抗するにはあの国の魔法が必要だろう。聞いただろう? ライアナへ侵攻したフォモール族をサロモン王国は苦もなく殲滅したそうだ」
「ああ、巨人族の弱点を突いた攻撃で、サロモン王国には被害はなかったというからな。キュクロプスへの対抗手段に困ってる我らにはサロモン王国の力が必要だろう」
ホルサから手紙を受け取り、ガウェインが危惧してることを話しだす。
「だが、ルーカンが書いてきたサロモン王国からの条件……元奴隷を土地に縛り付ける政策は変更するというやつだが、これはちと骨が折れそうだな」
「そうだな。ルーカンのところは属する士族の数は少ないし、そもそもあそこは交易で成り立ってるから反抗する士族も少ないだろうが、我らのところは士族の数も多いし、農耕や牧畜で成り立ってるからな」
安い労働力が必要な産業を主要産業とする領地とそうではない領地の性格の違いは、サロモン王国の要求へ対応するにもかかる労力が違う。ガウェイン等が治める領地はルーカンの領地よりも多くの労力を必要としそうで、サロモン王国と協力関係を結ぶにも苦労しそうだ。
「だが、農業国のカンドラは、奴隷制も擬似的な奴隷制もなしでうまく国を運営できてるらしい。要は、やればできるということなのだが、問題はこちらの領地内が落ち着くまで攻めてこないかという点だ」
「ああ、体制が落ち着かないと、兵を集めるのも苦労するからな」
「せめてヨセフスさえ抑えておけるなら何とでもやり様はあるのだがな。二方向から攻めてこられては国内の再整備どころではない」
ホルサの意見にガウェインも賛成する。
サロモン王国の要求を飲んで手を組みたいが、それをし難い理由がある。
「その通りだ。ルーカンもそれが判ってるから、多少無理をしてでもサロモン王国と手を組むことを急いだのだろう。塩も足りなかったようだしな」
「ここは人質を送って、落ち着いたら必ず要求を飲むと約束しサロモン王国の力を借りようかと考えてる」
「だが、お前には息子一人しか居ないではないか?」
ガウェインには長男のストラートしか子供が居ない。
他は成人前に亡くなったのだ。
これから子供は生まれるかもしれないが、少なくとも今は一人だけ。
「うむ、だが他に手段が無い。いくら息子が居ても国を失って引き継ぐモノが無いではな」
「ならば、サロモン王国にはセリーナを送ろう、それでも不満ならナダールも送ろう。長男のアドラドさえ残ればうちは何とかなる。この苦境を乗り越えられるならそのくらいする覚悟は俺にもあるぞ」
ダギ族ホルサには長男アドラドの他に長女セリーナと次男ナダールが居る。だが、戦乱続く状況下、長男だけでは跡継ぎに心もとないはず。それだけヨセフスがリエンム神聖皇国と手を組んだ現状に危機感を感じてる証拠。
「だが、サロモン王国はそれで納得するだろうか?」
「ルーカンに間に入って貰うしかあるまいよ。国王の子供ではないが、こちらの事情と気持ちがどれほどかはルーカンならば伝えられるだろう」
ホルサは、セリーナとナダールと共にルーカンのもとへ向かう。
サロモン王国との交渉を成功させるために必死であった。
国王ガウェインが同席できない事情も理解して貰うためにホルサ自身も向かう。
ブレヒドゥンに属する士族の半数を抱えるホルサが行けば理解して貰えるのではないかと考えた。本来ならガウェインの次にヨセフスから狙われる立場のホルサであったが、自身も危険を犯さないとサロモン王国を動かせないと考えていた。
◇◇◇◇◇◇
ホルサがガイヒドゥンへ入ったのは、ルーカンとサロモン王国が協定を結んだ四ヶ月後であり、この頃はリエンム神聖皇国とヨセフスが今まさにブレヒドゥンへ攻め込もうとする気配が濃くなっていた。ホルサ達の入国に先立って、サロモン王国との交渉の場を用意して貰えるよう使者を送っていたが、到着するまでは交渉の場があるか判らない。依頼に関するやり取りできる時間も無かったのだ。
「久しぶりだな、ルーカン。今回は無理を頼んですまない。だが……」
「判ってるよ。俺の方はサロモン王国と近く、交渉もやりやすい状況だったからな」
ルーカンは、ジャムヒドゥン四士族のうちヨセフスとは仲が悪かったが、他の士族とは良い関係を維持していた。グランドルダであったガウェインの力量も認めていたし、ホルサの視野の広さも認めていた。
今、ホルサがガイヒドゥンまでわざわざ危険を冒してやってきた意味もよく理解していたので、ホルサの弁明を事細かく聞く必要も認めなかったし、恥をかかせるつもりもなかった。
「……感謝する」
短い礼の言葉だったが、ルーカンの気遣いへの気持ちをホルサは込めていた。
「早速、話を始めよう。サロモン王国のゼギアス殿とヴァイスハイト宰相は既に待っておられる」
ルーカンは、ホルサ達三名をゼギアス達が待つ部屋へ案内した。
ルーカンはゼギアス達にホルサを紹介し、ゼギアス達とホルサ達は挨拶を交わした。ブレヒドゥンが置かれている状況はゼギアス達に事前にルーカンが説明していたが、ここで再びホルサの口から説明し、そして国王のガウェイン自らが来られないことを詫びた。
「ルーカン殿からその辺りのことは十分に説明していただいたので、こちらもガウェイン殿が来られない点は何とも思っておりません。貴国には時間もさほど無いようですし、早速話しを進めましょう」
事情を理解してるゼギアスはホルサの覚悟を見たかった。
それ次第ではヨセフスをこちらから叩いて、しばらくはブレヒドゥンとガイヒドゥンへ兵を動かす気も失せるほどの結果を残すつもりであった。
「ルーカンから、貴国が我が国に要求するであろう、我が国の体制変更については十分に理解しております。我が国も貴国の要求を飲み、貴国と友好関係を結ぶ気持ちは十分にあります。ですが、ガイヒドゥンとブレヒドゥンでは事情が異なります。貴国の要求に従った場合、国内の安定に時間が相当かかるでしょう。それ自体は覚悟しておりますが、国内が落ち着かない間に、リエンム神聖皇国とヨセフスに攻め入られると国の崩壊に繋がる危険性が高く、今すぐ手をつけるのはとても難しいことを是非ご理解いただきたい。ですが、我らを信じてくれと言っても担保は必要でしょう。ですから、息子のナダールと娘のセリーナを貴国に預けます。それをもって我らの覚悟の証と認め、我が国とも協定を結んでくださりませんでしょうか?」
さすがにブレヒドゥンのナンバーツーだな。
一瞬も俺から目を離さず、真摯に気持ちを伝えようとする、このホルサという男の気迫がいい。こういう男は大好きだ。
下手に策を弄さず、率直にこちらにぶつかってくる。国王に有りがちな自分を有利にするための交渉術など使わずに向かってくる相手は気持ちがいい。
また、言い分も理解できる内容で、俺としては受け入れて構わない。
ただ、一つだけ確認したいことを聞いて、それで納得できたら話を進めよう。
「息子さんと娘さんを私どもに預けると仰りましたが、息子さん達は人質としてですか? それとも別の理由で?」
俺の質問にホルサは少し考えてその後口を開く。
「親としては貴国で大事に使って貰えたらと、国の代理としては人質でもどうとでも貴国の都合に合わせて抱えていただけたらと」
うん、やはりこの男好きだわ。
本音を隠さないところが気に入った。
ルーカンから俺の性格を聞いたのかもしれないが、それでもこういう交渉の場で本音を言えるものではない。そこをネチネチと突かれることなど、この手の交渉ではよくあることだからな。
「了解した。貴国とは協定を結ぼう。事務的なこともあるだろうから、これから貴国へ俺とヴァイスの二人が行っても宜しいか?国王ガウェイン殿とも会いたいしな」
俺の返事を聞いて、ホルサは安堵したようだ。そして頷いた。
「では、ホルサ殿のご子息とご息女はルーカン殿の所でお待ちいただくことで宜しいか?」
ルーカンの”お預かりします”という返事を聞き、俺はホルサとヴァイスを連れて、ブレヒドゥンの首都ジャルディーンまで早速転移した。
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