57、繋がり(その三)

「調べたいんだろ?」


 サロモン王国へ一旦戻った俺は、何か考えてる様子のアロンに声をかける。


「先ほどは、私の代りに聞いていただいてありがとうございました。ええ、母の様子だけは……」


「いいぜ? 付き合うよ。但し、今回は俺に絶対に従って貰う。無茶しそうだからな」


 ”釘を差されましたか、いつもと逆になってしまいました。”と言って、額に手をあてアロンは苦笑している。


「それに、お前に何かあったらレイラに刺されそうだしな」


 コルラード王国国王ヤジールの妹のレイラとアロンの仲は公然のもので、近々結婚する予定になってる。


「じゃあ、後でな?」


 サレファと面会する予定だったのでそれなりにキチッとした格好している。これじゃ動きづらいので、動きやすい服に着替えてからアロンと共に向かうことにした。


・・・・・・

・・・


 現ジャムヒドゥンの首都ブールドラにあるスアル族ゼベルの邸宅そばへ俺とアロンは転移した。


「さて、どうする?」


 この邸宅はアロン……ズールの実家なのだから、中の様子は想像できるだろう。


「そうですね、母と懇意にしている家が近くにあるのでそこを覗いてみましょう。以前と同じだったらですけど、そこへ行けば居るかもしれませんし」


 そこはズールに理解あった家で、ズールがこの地を離れると聞いて、ゼベルから不興を買うかもしれないのに見送りに来てくれたのだという。


 怪しまれないよう俺達はゆっくり歩く。

 アロンは懐かしげに周囲を眺めている。


 仮面してるから怪しいと思うんだが、面白いことに、たまにすれ違う人もアロンを気にした様子が無い。アロンに聞いてみると、この辺りはスアル族関係の家ばかりで、他の術師一族の者が、今のアロンと同様に仮面を被って訪問することも珍しくないのだという。術師の世界は狭くて、顔を見ただけでどこの術師かバレる可能性が高いのでとアロンは説明してくれた。


「あ!」


 アロンが顔を向けたその先には空き地があった。

 どうやら目的の家は無かったようだ。


「息子も娘も居たんですがねぇ」


 アロンが少し呆然とした声で呟いた。

 たまたま通りかかった人に”十年ぶりに来たら……こうなんですけど、どうされたのかご存知ですか?”と俺は聞いてみた。すると、顔色を変えたあと、作り笑いを作って何も答えずに去っていった。


 何か大きな声で言えないことがあったのは確かだろうな。


「おい、アロン。これはちょっとばかし強引な手段使ったほうがいいかもな」


 アロンの母の部屋へアロンとともに転移し母を連れ出した方が良い。

 俺の頭にはカリネリア金鉱山でのことがあり、まず救出する対象の安全を確保したほうが良いと考えた。ゼベルが母親の命を危険に晒すようなことをするかは判らないが、今も元気でいるなら安全の確保を優先すべきだろうと。


 アロンに”もし非難されたら、俺が無理やり連れ出したと言え”と伝えて、母親の部屋の場所を聞き出した。アロンを連れて転移すると、母親の部屋には誰も居なかったし、生活してる空気が無かった。”遅かったのか”と一瞬暗く考えたが、別の部屋へ移動している可能性もある。


 とりあえずアロンから聞きながら、誰かを閉じ込めるとしたらどこを選びそうかを考え、離れの倉庫内へ転移した。倉庫は二階建てになっていて、一階は荷物が、二回には貴重品が置かれてるはずという。


 俺達は一階を確認したあと、二階へ登る。

 二階には灯りが灯っていたので、誰かが居ても感づかれないようそっと様子を伺った。


「母上!」


 アロンが奥で椅子に座っている人影にしっかりと、しかしさほど大きくない程度で声をかける。奥の人影がアロンの声に反応した。


「……ズール、なのかい?」


「母上、今、お助けいたします」


 アロンの母親は椅子に鎖で繋がれていた。胴体を縛られていたわけではなく、足を椅子に繋がれていた。アロンは”なんとかして下さい”という表情で俺の顔を見た。


 俺は母親の足につけられていた鉄輪に触れ、無属性の龍気を使って鉄輪の一部を切り足から外す。


「とにかく、国にお連れしよう」


 俺の言葉にアロンは頷き母親を抱きかかえた。

 いわゆるお姫様抱っこというやつだ。

 母親を抱いたアロンの腕を掴み、俺はサロモン王国の俺の家の前まで転移した。

 転移が終わると、アロンは母親を下ろして、


「どこかお怪我は?」


 その様子は慌てていて、冷静沈着と周囲から言われるアロンのものではなかった。


「落ち着け。ここにはベアトリーチェやマリオンも居るし、サラも呼べばすぐに来る。まずは家に入ろう。話もゆっくり聞きたいしな」


 俺の言葉に落ち着きを取り戻したアロンは、母親の背に手をあてて、”こちらです”と家の中へ促した。


 応接間のソファにアロンと母を座らせ、母の身体に怪我や異常はないかベアトリーチェに確認して貰った。どこにも怪我も異常もないことをベアトリーチェから告げられてアロンは胸を撫で下ろしていた。


「母上、どうしてあのようなところに?」


 アロンは母親に事情を説明して貰った。


 スアル族現当主ゼベルがおかしくなったのは、ゼベルの三歳になる息子に術が使える気配が見えないと判った時から。術が使えないという理由でズールを死亡扱いにしたゼベルは、息子が術を使えないことを誰にも知られたくないと考え、まず一族に箝口令を敷いた。 


 ところが、どこから漏れたのかゼベルの息子のことを知る者が一族の外に複数いることが判った。それだけなら良かったのだが、術が使えない息子はゼベルが殺したズール……と陰では思われてた……の呪いだと噂がたった。ゼベルも母もズールを殺したなどという事実はないと話したが、こういう話はおもしろおかしく人の間に流れるもので、その噂は消えなかった。


 そしてその噂は、三男ジラルが流したものだろうと言われるようになり、ゼベルはジラルが次期当主の座を奪うために流したと決めつけジラルを処刑した。だが、噂は消えず、妹マラムの夫であるハイアムが流したのではと追求したが、証拠が見つからなかったので、ハイアムと離縁しマラムを連れ戻した。


 同じようなことを親類や知人に繰り返すうちに、とうとう母の自分まで疑いだし、倉庫に幽閉されたとのこと。


「罪悪感と権力欲の二つの重さに耐えきれず、精神が普通じゃないんだな。きっかけがあれば戻るかもしれんが」


 アロンの母親の話を聞いて俺は呟いた。


「スアル族は多分おしまいでしょう。ですが、それも神のご意思です。仕方がありません」


 アロンの母がそう言うと、


「いえ、違いますよ母上。これはゼベルが弱いから起きたことで神など関係ありません。確かにスアル族は今までと同じようには生きられないでしょう。ですが、私がスアル族の誇りを失わせはしません。母上が守ってきたスアル族の血は私が必ず続けさせてみせます」


 アロンは自分の歩んできたことと、現状、そしてこれからの目標を話し、その中でスアル族の自分の力を必ず残してみせると、術など使えなくてもスアル族の自分がスアル族の力を示して見せると母に話した。


「確かにジャムヒドゥンのスアル族ではありません。しかし、母上、ジャムヒドゥンだって三つに分かれ、昔と同じではありません。スアル族だってそうです。昔と違い、私のように新たな国を作るためにその力を使っても良いのだと思います」


 アロンの話を静かに聞き終わると、


「ズール、お前の好きなように生きなさい。お前と分かれたときも同じことを言ったと思います。自由に生きなさい。もしその結果、ゼベルと争うことになってもお前はお前の気持ちに正直に生きなさい。私はズールとゼベルのどちらの味方もできませんが、私はお前を誇りに思っていますよ」


 アロンの瞳が潤んでいた。

 そして重荷から解き放たれたように力の漲った瞳に変わり、母親の手を強く握って


「母上、感謝します。その言葉を聞けて、残っていた迷いがとけました」


 俺はアロンに今夜はここに泊めるから、今からでもレイラと話してこれからの母親の暮らしをどうするか決めてこいと伝えた。


 翌日、俺の家にレイラを伴ってアロンは来た。

 今住んでるところより大きな家に引っ越し、母と三人で暮らすと決めたという。

 アロンはレイラを母に紹介し、一緒に住んで欲しいと頼んでいる。


「けっして不自由な思いはさせません。レイラも母上と一緒に暮らしたいと言ってくれてます。是非」


 アロンの母は三名で住むことを受け入れた。

 そして、ズールの名もアロンは取り戻した。

 まあ、呼び慣れてしまったので、アロンと呼んでしまうこともあるけれども、ズールと呼ぶようにしよう。だって本名だもんな。


 これでアロンに足かせは無くなったし、親孝行もできるだろう。

 俺はそのことを素直に羨ましいと思っていた。

 アロンの顔に浮かぶ自信と喜び、これは俺にはきっと表現できない類のものだ。


 うん、羨ましいな。

 でもだからと言って俺も不幸なんかじゃない。

 厳しくもしっかりした妹も、優しい妻達に可愛い子供達も居る。

 今、俺の手の中にあるものを大事にすればいい。


 そう、俺はこの日、自分の大事なものを再確認できた。

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