57、繋がり(その二)


 アロンから事前に教えられていたので、ラーザトルゴイの王邸前まで転移した。


「やはりルーカン様が仰っていた通り、ゼギアス様の魔法力はとてつもないものなのですね」


 一緒に転移したサレファが呟いた。


 俺達はサレファに従って王邸へ入り、案内されるままに奥へ進んでいった。

 ちなみにアロンは、サレファと会う時から仮面を被って正体を隠している。

 アロンがズールだったころ、学生時代にサレファとは面識があるということで隠している。口元は隠していないが、鼻から上は目のところに穴が開いた黒い仮面を着けている。これでサーベル持たせたら怪傑●ロのようで格好いい。そんな格好の良いアロンは悔しいからサーベルは持たせない。


 通路の一番奥の扉をサレファが開くと、正面に一人の男が板張りの床に座っていた。俺達はその男に近づいて、やはり床に座る。俺とその男、国王ルーカンは挨拶を交換した。サレファが事情を話し終わったところで俺は口を開く。


「お願いというのは何だい? 俺達と友好関係を結ぼうというだけじゃないんだろ?」


 ルーカンは躊躇とまどっていた。


 まあ、気持ちは判る。国の状態を話し、弱みを掴まれたところで破談になって、その弱みを利用して攻め込まれたら困るからな。


「うん、言いづらいならこっちから言う。塩だろ?」


 俺の顔をじっと見たあと、フッと笑って、


「さすがだな。そちらのエージェントも有能のようだ」


「おかげさまでね。自慢の仲間だ。いいよ? 塩はいくらでも譲ってやるよ。但し、条件付きだがな」


「それは当たり前だろうな。無条件だとこちらも困る」


「じゃあ、あんたは奴隷という立場を無くせばいいと考えただけで、名前を変えた事実上の奴隷を新たに作った。それを改めると約束してくれ。俺の言いたいことは判るよな?」


 そう、ルーカンは奴隷という地位は無くした。だが、奴隷から解放する代りに土地を貸すからそこで働けとした。その土地は国からの借金で借りる。だが、奴隷はろくに計算できないところを利用し、土地を借りた借金は事実上一生返せない額で、更に税金も高い。つまり名目上は奴隷じゃないし主人も居なくなったが、国の奴隷であることには変わらない。


「テムル族との争いが決着してからではダメか?」


「ああ、ダメだ。あんたが約束するなら、協定を結び、塩だけでなく戦争でも力を貸してやる。どうする?」


「……」


 ルーカンは、テムル族との戦いの後を考えていた。

 現体制を変えるとしたら、平穏な環境での方が望ましい。

 だからゼギアスにも決着後を願ったのだが、考えてみれば、自分が苦しい今だからこそゼギアスも要求してくる。こちらが苦しくもない時に要求しても通らないと思ってるのだろう。友好関係さえ結べばルーカンとしては約束を守るつもりだが、初めて顔を合わせた相手にそれを信じろと言っても確かに無理だ。


「……」


「……他に選択肢は無いようだな、判った、約束しよう。だが、国内が落ち着くまでは支援してくれ。あんたもうちがゴタゴタするのは望ましくないんだろう?」


 苦々しい表情をしていたルーカンだが、ここでニヤリと笑った。


「ハッハッハッハッハ、さすがに判ってるな。確かにあんたのところが落ち着いてくれるほうがうちも助かる。防波堤の位置にあるからな」


 ガイヒドゥンはカリネリアとフラキア、それにジラールと隣接していて、ジラールはリエンム神聖皇国とも接してるが、他の二つはガイヒドゥンとしか隣接していない。だからガイヒドゥンが落ち着いていてくれるのは安全保障的に助かる。


 サロモン王国とガイヒドゥンは、通商条約、不可侵条約、そして軍事同盟をむすぶことになった。国王同士で話がついたのだから、あとは具体的な事務作業を進めるだけだ。


 事務的な作業はヴァイスハイトに任せ、俺はアロンと共に別の部屋で休ませてもらう。出されたお茶を飲みながら一息ついていると、ルーカンが二人の共とともにやってきた。


「俺も後のことはサレファに任せてきた。少し話してもいいか?」


 俺の横にルーカンが座った。話しを聞くことにして、俺は首を傾けて”どうぞ”と合図する。


「ゼギアス、あんたの国の動きを見てると領土的野心は感じない。だからあんたと手を組もうと考えたんだが、あんたの狙いは何だ?まあ、答えられないなら答えなくてもいいが」


 ルーカンは俺の顔を見ながら、ゆっくりと静かな口調で話してきた。

 俺はルーカンの方は見ずに、茶碗を片手にお茶をすすりながら聞いている。


「いや、その話なら隠すことは何も無い。この大陸から、奴隷制と、あんたのところでやったような事実上の奴隷制も無くし、人間も亜人も魔族も公平に人生にチャレンジできるようにしたいだけさ」


 ”それであんたに何の得が……まあそれは俺が知らなくてもいいことだな。”と口にした後ルーカンは続けて聞いてきた。


「それが実現した後は? あんたの国に逆らうところはいずれ無くなるだろう?」


「特には無いな。俺個人としちゃ、うちの奥様達と平和に仲良くハーレムライフを送れるならそれでいい」


 俺はお茶のお代わりを部屋付きの侍女にお願いした。

 ルーカンは俺のささやかな願いを聞いて、驚いたようだ。

 ”そんなことでいいなら、すぐにでも出来るだろうに”と呟いてから、


「あんたの国なら大陸平定も不可能じゃないのに?」


「国はな、大きくなれば今度は内部から争いの種が生まれるもんさ。だから今ですら大きすぎると思ってるのに、大陸平定なんか考えもしない」


 侍女が持ってきたお茶のお代わりを受け取り、フゥフゥと息を吹きかけ俺は熱を冷ましてる。その様子を見てルーカンがフッと笑い、


「あんたは変わってるな」


「よく言われるよ」


「だが、あんたの力は神が与えたものだ。それを使わないのは罪だと思わないのか?」


「神が与えたかどうかは知らないが、それを使うのは俺自身の意思だ、気持ちだ。俺の力の使い道は俺が決める。使うのも使わないのも俺の意思だ」


「力を持っていようと、どのような道を選ぶかは自分で決めるものだと聞こえるが、それは神の意思に反してるのではないのか?」


 アロンからジャムヒドゥンの考え方は聞いていたから、こう考えるのも無理はないだろうな。だが、俺は彼らの考えに気遣ってやる必要はない。


「そんなものはない。神の意思だとか神が与えただとか、そういう理屈は民を思い通りに利用しようとする奴らが考えたことだ。民を戦力にするため、民を働かせるため、民から税を取るため、民の上に立つため、いろんな理由があるがそれは神ではなく人が考えたものだ。神は生き物に優劣だの適性だのそんなものはつけない。うちに神竜が居るから聞いてみ? この世には不干渉と言い切ってるからさ」


「それは本当か? 神竜はこの世に干渉しないと?」


 神竜の話はショックだったようで、彼らが信じてきたこと、ルーカンの権力基盤を揺るがすことだから、これまた当然だな。


「ああ、毎日どこかで日向ぼっこしながら何か考え事したり、我が家で食事してるだけさ。だがな、あんた達が信じてる理屈でできてる体制を無理やり壊す必要もない。時がくれば自然に変わるからな。あんたは現状の考えのままでいいから良い国を作る努力すればいいんだ」


「ゼギアス……あんたは予言者……なのか?」


 ここでは言えないが、地球の歴史を振り返れば概ね予想できるからなあ。

 つい予言めいた言い方をしてしまった。

 予言者に総領を決めさせていたジャムヒドゥンの士族のルーカンとしちゃ、俺が予言者かどうかは重要なことなのだろうな。


「俺は予言者じゃない。だが知ってる。知ってるんだ……それだけだ」


 俺の顔をマジマジと見たままルーカンは固まっている。

 そんなに見つめちゃイヤァ~~ンとか言ったら怒られるんだろうな。


「もう一つ聞いていいか?」


「ああ、答えられることならな」


「俺の国はこれからどう変わればいいと思う?」


「どう変えたいんだ」


「そうだな、もう戦いには疲れたから戦うための国ではない。戦える国ではありたいがな」


「……」


「あんたのところとはどうしても折り合いつけたいから奴隷制はやめるが、できれば国の体制は大きく変えたくはない」


「……」


「あとは皆が飢えなければいいかな」


「……つまり今と変わらずにいるための方法を知りたいんだな。だとすれば無理じゃないかな」


 サロモン王国ができ、新たな技術、新たな習慣、新たな考えがこの世界に出てきて複数の国へ影響力を持った以上、どこの国も大なり小なり影響されずにはいられない。まして友好国であれば人の出入りは頻繁となり、サロモン王国の影響を強く受ける。そういう環境で、変わらないでいられるわけはない。


「だろうな。だからどう変われば皆にとっていいのか判らないのだ」


 俺の答えを半ば予想していたのだろう。

 無理と言われても、ルーカンは特に表情を変えなかった。


「俺は、サロモン王国を亜人や魔族が安心して誇りをもって生活できる国にしたかった。そのために必要なことを一つ一つ揃えてきたつもりだ」


「どういう国にしたいのか……か」


「まあ、ゆっくり考えなよ」


 ”ああ、そうさせてもらう”と答えて、ルーカンは俺から視線を外し、茶碗を持ち上げ茶をすする。少し開いた庭側の扉の外を、その黒い瞳で眺めている。


 好きなだけ考えればいいさ。

 誰でも、既にある状況に囚われて考えてしまうもんだ。


 一から作り上げる方が見つけやすいかもしれないし、フラキアやカンドラのように足りないものが明確なら選択肢もあまりないから自ずから答えも出しやすい。


 だが、特に目立って必要なものがない、だが全体を見るとこのままではいけない……そういう状況の方が見つけにくくて当然だからな。


 アロンが、顔の上半分を隠してる仮面に触れている。

 身バレしてでも話したいことでもあるのか?

 ……ああ、スアル族の現状を知りたいのか。

 母親のことは気になるだろうからな。


 うちのエージェントも術師一族スアル族の情報は詳しく集められていない。

 なかなかガードが堅いと聞いている。

 ……だが、スアル族はテムル族の下で働いてるはず。 


 アザン族のルーカンが詳しい情報を知ってるか判らないだろうが、それでも知りたいということか?


「なあ? こっちからも聞きたいことがあるんだがいいか?」


 俺はアロンの代りに聞いてみることにした。

 ルーカンの顔が俺の方へ向き直った。


「俺の知り合いが、テムル族のところで働いてるスアル族のことを知りたがってるんだ。何か情報はないか?」


 ルーカンは、目を伏せて何かを思い出してる様子。

 口を開くまで俺は黙ってその顔を見ていた。


「……スアル族か、あそこはもうダメかもな」


 アロンの身体がピクッと動いた。

 俺はルーカンの視線がアロンに届かないよう身体をずらしてから聞いた。


「どうしてだ?」


「当主が、ゼベルというんだが、自分の意見に従わない者を一族から弾き出していてな。あれじゃ人は付いてこないだろう」


「……」


「術師の使う術というのは、魔法と違って訓練したからと言って使えるもんではないし、使える種類も増えない。だから、術を使える血筋の者を多く抱えて、一族内から術師が一人でも多く生まれるよう心がけるものなんだ」


 術師の一族は一族だけで大きな集団になりやすいのだと言う。

 大きな集団を作れなければならないと言う。


「なるほど」


「だから、ゼベルのやり方じゃ一族が抱える術師が増えない。何を焦ってるのか知らないが、わざわざ弱体化しようとしてるとしか思えん。まあ、今は敵方だから俺は有り難いがな」


 んー、そうならばスアル族の情報は外に漏れやすいはずなんだが。

 弾き出された者が黙っているとも思えないしな。


「まさかとは思うが、一族から弾き出した者を粛清している?」


「そこまで詳しくは知らないが、その可能性はあるだろうな」


「そうか、ありがとう。知人にも伝えておくよ」


「礼を言われるほどのモノじゃない。一般には知られてはいないだろうが、士族をまとめるものなら誰でも知ってる話だ」


 これは多少無理してでも調べなければならないな。

 アロンの精神状態に影響する話は、俺達の軍に影響する話だ。


 俺とルーカンはしばらく黙ってそのままの状態で時を過ごした。

 やがてヴァイスハイトが戻って、


「塩の他にも、多少食料支援が必要ですね。あとはテムル族側の国境に飛竜を四体ほど飛ばして巡回すれば、あとは対処は難しくないでしょう」


 ”その辺りは任せる”と俺は返事をし、立ち上がってルーカンに別れの挨拶をする。


 有事には俺も駆けつけると、その時また会う約束をして。


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