56、亡命受け入れの影響(その一)

 リエンム神聖皇国からの亡命者と移動を始めた日から一月が過ぎた。サロモン王国へ亡命者達が到着してからほぼ十日。


 一次避難所には八十万の亡命者が生活しているが、これらの人にはギズムルが土地神に祀られている街”グローリー オブ ギズムル”――通称ギズへ移住して貰う予定である。街の名称は、エルザークに対抗意識を燃やしてるギズムル自身が命名した。名前一つとっても対抗意識を燃やすのだから、土地神と言っても子供みたいなところがある。神殿があるのに社を欲しがる神竜も神竜だけど。


 一気に八十万の住民が増えたので、ラニエロの泣き顔が目に浮かぶが、以前と異なりアンダールも居るのだから楽だろうと俺は信じてる。実情は知らない方がいい。だって、俺が顔を出したら邪魔になるかもしれないしね。顔を合わせないのは苦情が来るからじゃないよ? そこは判って欲しいな。

 ……ほんとだよ?


 バックスが”手合わせをお願いしたい”というので、俺はここ数日バックス相手に戦っている。エルザークがケレブレアに知られると面倒といって、俺達が戦っても外には判らないよう結界を張り、その中で戦ってる。


 バーミアンとネクサスは毎日見物に来ている。

 ネクサスから”バーミアンはもう戦わないのか?”と聞かれ”戦うのは妻相手でもう十分だ”という謎の返事をしたらしいが、バーミアンの戦いの内容は知る必要はないだろう。まあ、頑張れバーミアン。


 バックスは見たこともない攻撃してくるから面白いのだが、正直、負ける相手ではない。護龍のナザレス相手に訓練を重ね、その後もエルザークと訓練してきた俺の体力や魔法力、そして龍気は相手が戦闘神官第三位とは言えど抑えられるものではなく、幼い頃からサロモンに鍛えられた体術もその後の訓練で磨かれ、バックスには手も足も出ないレベルに至ってる。


 ……まあ、しょうがないよね。


 バックス達戦闘神官はケレブレアには勝てないようだし、俺は既にケレブレアにも勝てるところまできた”化物”らしいから、バックスが勝てなくても仕方ない。


 ここ数日毎日俺に挑んでくるその気持があるだけでも凄いよ。

 武闘派の魔族、厳魔の族長ラルダですら、俺の訓練相手は嫌がるからねえ。


「第二位のアンドレイがゼギアス様と戦いたいと言っていましたが、彼が戦ったらつまらなそうに”第一位のカリウスと喧嘩したほうがマシだ”と言うでしょうね」


「ほう、それはどうしてだ?」


「ゼギアス様は動かずに私程度の相手ができる。私とさほど力量に差がないアンドレイ相手でも同じでしょうから。今のカリウスがどの程度なのかは私には判りませんが、昔見たカリウスは動いて倒すタイプでした、ゼギアス様は動かずに相手の動きを抑えてしまわれる」


 俺は動く必要があれば動くけど、動く必要もないのに力を消費するのは馬鹿らしいと考える怠惰な男だ。ナザレスとの訓練で体力消費をいつでも抑える癖がついたのかもしれない。ちょっとした無駄な動きで消費した体力が強敵相手だと後々影響してくることを嫌というほど学んだからなあ。


「じゃあ、バックスとネクサス、これからはうちの軍で働くということでいいのか?」


 戦闘神官という個人の能力も優れている上に、十万~三十万の軍を指揮していた経験者には是非うちの軍も率いて欲しいのでスカウトしていた。それを決める前に俺と戦ってみたいというのでここ数日相手していたんだ。俺には勝てないとしても、バックスの力は本物だったし、ネクサスの実力もうちの部隊長クラスで文句はないというか……是非協力していただきたい。


 バーミアンは捕虜だったから、おいそれとスカウトできなかったが、こちらへ希望して亡命してきたのだからいいだろう。まあ、できるだけ元の身内、リエンム神聖皇国との戦いには参加させないようにする。アロンがジャムヒドゥンとは戦いづらいのだから、うちとしては都合がいいのもスカウトした理由の一つにはある。


「ええ、ゼギアス様のもとで働かせていただきます。ですが、我々を簡単に信用なさって宜しいのですか?」


 フフフフフフフ、実はそこは既にクリアしている。


 リエンム神聖皇国からの移動中、”戻るつもりはないのか?”とか”敵に戦闘神官が居たら戦えるのか?”などと質問し、彼らが応える際には森羅万象使って彼らが嘘をついていないかだけは確認してあるのだ。


 エルザークのように記憶を詳しく読むことはできないけれど、相手が嘘をついてるかどうかくらいは俺には判る。


 そういう本当のところは隠して、「俺は信用すると決めたら信用するんだ。裏切られたら俺の人を見る目がなかったということで諦めるさ」と格好つけて答えてみる。


 ……ちょっとくらい格好つけてもいいじゃないか。

 実際、森羅万象の力については基本的に秘密なんだしさ。

 イケメンではない俺は、こういう”懐深いぜ俺!”みたいなところで格好つけないと、他に格好つけるところもないしねぇ。……この程度のええ格好しいは許してお願い。


 ということで、バックスにはジラールでジャムヒドゥン方面軍の軍事総督を任せることにした。ただ、うちの軍は他国の軍とかなり中身が違うので、暫くの間はヴァイスとアロンの指導を受けてもらう。これはネクサスも一緒。


 ネクサスはバックスの下で働いてもらうことにしたのだが、ネクサスにも異論はなかった。ちなみに、二人の家族……二人とも独身……は親兄弟揃って亡命者の中に居たらしく、リエンム神聖皇国に人質に取られる心配はないようで良かった。


 前々からジラールの軍を誰に任せるか悩んでいたのだがここで解決した。運がいいと本当に思うよ。バックスレベルはそう簡単には得られないからね。俺が思うに、グランダノン大陸で十本の指には入る軍事関係の人材だ。ヴァイスやアロン、リアトスと並ぶ、我が軍の要になってくれそうで嬉しい限りだ。


 これで、リエンム神聖皇国方面はアロンが、ジャムヒドゥン方面はバックスとリアトスが受け持ってくれるので我が国と友好国の防衛はかなり安心だ。我が国の安全保障面は着々と充実していると言えるだろう。今回兵士も三十万ほど増えたしね。


 兵士諸君もうちの地上部隊は他国の地上軍よりは安全だと訓練の中で理解してくれるだろう。地上部隊が戦う時には空戦部隊によって敵は既に混乱しているか、撤退考えてるような状態だからなあ。


 元リエンム神聖皇国戦闘神官第三位のバックスのジラール赴任は、後に、分裂し混乱しているジャムヒドゥンへ小さくない影響を与えることになる。


 亡命者の受け入れで、もう一つ喜ばしいことがあった。

 我が国で四人目になる”呼ばれし者”が見つかったのだ。


 サロモン王国国内はもちろん友好国でも呼ばれし者らしき者が見つかったら必ず俺のところへ報告が来るようにしてあるのだが、さすがに異世界へ渡ってくる者はそうそう居ない。だから見つかってとても嬉しいんだ。だって時代は色々違うけど、地球での話ができるじゃない?


 今回見つかった呼ばれし者に思念回析の指輪を渡していろいろと話を聞いてみると、ヴァイスやリエラのような歴史上の著名な人物ではなく、バーラムのような無名だけど一芸に秀でた方だった。


 彼の得意分野は化学、特に薬学で、前世では二十一世紀の某超大国の大学で教鞭をとっていたらしい。


 とても助かる人材だ。といっても、人間じゃなく兎人族の獣人だが。


 機械設備関係ではバーラムが特異な能力を獲得したこともあって、地球から持ってきた書籍や設計図を見せると機械はほぼ作れる。ドワーフも化学関係の知識を旺盛に蓄えて様々な薬品を作ってくれる。


 だけど、作れない薬もある。

 製造が複雑な工程のモノだと、さすがのドワーフにも作れないモノはあるんだ。この時代で様々な化学物質作れるだけでとんでもないって話なんだけども。


 それにドワーフ達にはインフラ整備に必要な機械や機材を優先して製作してもらってるから、薬関係は最小限の手伝いしか期待できない。


 抗生物質が必要な病気も、様々な魔法で治療可能にしているが、魔法を使える者は今の我が国と友好国の人口を合わせると全然足りない。やはり薬で対応可能なら薬で対応したいのが実情。


 彼をオリヴェルと名付けた。

 既にある化学プラントに隣接した場所に建設予定の薬物開発所で力を発揮してもらうことになっている。


 亡命者受け入れで軍事の他でも、我が国の大きな力になる人材を手に入れられた。想定外の補強に俺は大喜びした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る