8、幕間 ある呼ばれし者 (その二)
「俺はこの辺りに国を造るつもりだ。今のまま自然の恵みをあてにしてるだけなら年によっては食料の奪い合いになる。それを止める。そして亜人や魔族が人間の奴隷にされるような今を変えたい。別に人間を敵視するわけじゃないが、現状を今後も受け入れろと言うなら戦うのも吝かではない。どうか協力してくれ。頼む」
さっきから頼むと言われるのは何度目になるのか。
一度たりとも私から目をそらさない。
信用できるかまだ判らないが、自分にできることがあるならやってみたいとも思う。
「条件を出せる立場ではない気もしますが、一つ条件があります」
ゼギアスが身を乗り出して、なんだ、出来ることなら何でもすると熱意のこもった目を向けてきた。
「私が貴方を信用できないと判断したときは、辞めさせていただきます。その際、私の同族を傷つけることはないと約束していただきたいのです」
ゼギアスは何だそんなこと当たり前じゃないか、もちろん約束すると、必要なら書面に残しても良いと即答する。
「では一応書面に残していただけますか?」
ゼギアスは約束すると答え、
「ああ、その指輪を着けている限り、言葉だけじゃなく文字も不自由しないから。あと、もしあんたが俺を信用できないと俺のもとから去ったあとも、その指輪はあんたのモノだし、必要ならいくつでも作るよ。それが無いと不便だろ?」
ふむ、辞めるか悩んだ時に、この指輪の重要さが私の判断に影響しないよう気遣ってくれてるわけか。なかなか誠実な男だ。
その後、私の要望を記した書面が用意され、彼の署名が書かれ拇印が押された。
今後、私はゼギアスのもとで、内政全般を任されることになった。
前世でやり遂げられなかったことを今度はやり遂げたいものだ。
◇◇◇◇◇◇
おかしい、このゼギアスという男はおかしい。
私は今、リエンム神聖皇国との戦場に来ている。前世では軍師も務めたが、今は戦争に関わっていない。
いや、兵站の任務には携わる予定なのだが、今回は不要だと言われ、それでもこの世界での戦争を見ておく必要があると、ゼギアスに頼んで従軍させてもらった。
そして今、戦端が開かれたのだが、既に一方的だ。我が方が敗北するなどまったく考えられない。
ゼギアスが手を振るたびに敵は切り刻まれ戦闘不能になる。一振りで百名以上が倒れ、みるみるうちに敵が減っていくのが判る。ゼギアスに近寄ることもできないでいる。
敵もゼギアスへ弓や槍を投げつけ、また炎や氷の魔法をぶつけているが、ゼギアスの身体には傷一つつけられないようだ。敵にすると悪夢でしかないだろう。
およそ三千の歩兵と二千近くの騎馬の混成部隊が、ゼギアスたった一人に蹂躙されている。彼の後方からマリオンという女性が、逃げた者に攻撃しているが、勝敗を決めることが重要だとしたらそれも不要だろう。もうじき敵軍は逃走するしかない状況なのだから……。
この世界では魔法が重要な位置を占めている。
生活でも戦闘でも。
魔法は前世にはなかった。
私が身につけている指輪も魔法が使用されていると聞いた。
魔法を理解しなければ、生活の向上も戦闘での優位も望めない。
それにしても……あのゼギアスの戦闘力は異常だ。私には攻略手段が見つけられない。
彼が敵に回ったら、逃げる。
絶対に逃げる。戦えば無駄に命を落とすと判ってる相手からはそれしか方法がない。
「一応手加減したから、当たりどころさえ悪くなければ死ぬことはないだろう」
戻ってきたゼギアスは、軽く運動していい汗かいたと言う。
「戦闘神官クラスも出さずにダーリンの前に立つのがおかしいのよ。今回のことで懲りたでしょ」
マリオンという女性も、今目の前で起きたことは当然という態度だ。
この女性の感覚もおかしい。
いや、この世界では私の感覚がおかしいのか?
この日、軍事に対しての私の感覚が大きく変わった。
少数で大軍を相手にする際には策が必ず必要だと思っていたが、策など必要としない力があり、その力の前では数などいくらあっても無意味なのだ。
もちろん、敵にゼギアスを抑える力を持つ者が居たら策も必要だろう。
だが、彼と同じ程度の化物がそうそう居てたまるかという思いもある。
まだまだ勉強しなければならない。今のままでは戦略や戦術を組むこともできない。内政担当者からの意見を求められても今のままでは答えようがない。
私に与えられた仕事は内政に関するものだ。
内政には人口を増やすことや、教育の案件もある。
人材の育成は軍事計画にも影響する。
内政担当だから軍事とまったくの無関係とはいかないのだ。
でも、各個撃破できる状況さえ作れれば、ゼギアス一人居れば今のところ負ける要素はないのではないか。つまり各個撃破するための戦略や戦術さえあれば……いや、今はまだ判らない事が多い。魔法の種類さえ把握しきっていない。もちろんその特性も。
目の前で起きた衝撃的な事実に囚われて視野を狭くするのは危険だ。
「ヴァイス、何をぼーっとしてるの? さあ帰るわよ」
私はヴァイスハイトという名を与えられ、皆私をヴァイスと呼ぶ。
命名したのは、エルザークという人化した龍だ。
「はい、マリオン。ちょっと面食らってしまって……」
「無理もないわ。ダーリンは私がベタ惚れするほどの方ですもの……」
マリオンのゼギアスを見る目が妖しい。
有能だし、魅力的な女性には違いないのだろうが、所構わずゼギアスを求める姿勢はいかがなものか。ゼギアスの妹サラはほっといても大丈夫と言うが、正直、気を許してはいけないと警戒している。
傾国という言葉があるように、美しく魅力的な女性が国の行方を左右することもある。国主のそばにいる美しい女性は、誰かが注意しておかなければならない存在なのだ。
ぜギアスの奥方ベアトリーチェも透き通った美しさを持つ女性。
夫婦仲もとても良いと見える。
だが、あの方は訊かれれば意見は出すけれど、国主との仲を利用して押し付けようとはしてこない。強い力を持つ国主の奥方としては好ましいタイプだ。
マリオンも情欲を好む性格なだけで、政治に積極的に口出ししてくるような女でなければいいのだが。
「あら、そんなに熱く見つめてもダメよ。私はダーリン一筋だから諦めてね」
何を勘違いしてるのか……だが……
「美しい女性に目を留めないのは男性の罪ですから、でも不快な思いをされたなら謝罪いたします」
「ウフン、その言葉をダーリンから言われたいわ。男性から見られて不快な思いをするタイプじゃないから心配しないでねん」
マリオンが機嫌よくゼギアスの方へ歩いて行くのを見守る。
私の考え過ぎなのか……マリオンという女性もいまいち掴めない。
まあ、戦闘は終わった。
学習すべきことはまだまだ多い。
――――早く戻って部屋に籠もらなければ。
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