天の眼(Heaven's Eye)

宇枝一夫

天の眼(Heaven's Eye)

 二十一世紀も人々になじんだ頃、突如現れた宝石。

 その名も


 『天の眼Heaven's Eye』!


 朴訥ぼくとつな模様は、取り立てて輝きを放つわけではなく、その強度も路傍の石と大差ない物体。

 しかし、天の眼は人々を熱狂させた。

 それも若い淑女達の間ではなく、年老いて枯れ果てた男達の間で。


 彼らに共通する肩書きは『教授Professor

 科学者、化学者、天文学者達の間では、話題にならない時はないほどの熱狂ぶりであった。

 その理由はただ一つ。


『完全なる球体である』こと。


 現存するあらゆる工作機器でも造ることのできない、完全なる球体。

 さらにその表面は、薄く何かでコーティングしてある。

 どんなに完璧な球体を造っても、レーザー照射による測定でその表面は、思春期の青少年の顔みたいにデコボコが現れてしまう。


 しかし、天の眼にはそのコーティングにより、完璧な球体を完成させていた。

 さらに、その下の成分を調べてみると、隕石に酷似しているとも発表された。


 正に天からの授かり物か?

 それとも、宇宙人からのメッセージなのか?

 やがてそれは富裕層の間でも噂になり、見つけた者には多額の懸賞金を出すと、連日のようにニュースとなった。


 さらにもう一つのニュースが世界を駆け巡る。

 気に入ったモノしか盗まない世界的怪盗、『プレシャスPrecious』が天の眼を狙っていると……。


 ― ※ ―


『ニワトリ泥棒~!』

 月明かりもない、だだっ広いある牧場の片隅で繰り広げられる追いかけっこ。

 黒のフェイスマスクをかぶり、ニワトリが数羽入ったズタ袋を抱えてガニ股で逃げる、三十前後の男。

 それをマグライトで照らしながら、干し草を集める三叉槍トライデントを握りしめて追いかける牧場主の男。


 やがてニワトリ泥棒は古ぼけたオープンカーに飛び乗ると、すぐさまエンジンをかけるが

「なんでかかんねぇんだよ! うひゃ!」

 慌ててかがんだ頭上を、三叉槍が通り過ぎる。


”ブロン! ボンッ! ブロロロロ! ボボン!”


「よっしゃ! かかったぁ! あばよ~」

 牧場主に向かって黒煙を撒き散らしながら、車は飛び跳ねながら去っていった。


― ※ ―


 海辺に建てられた、『海洋研究所』の看板がついたこぢんまりとした建物。


”ジュ~! ジュ~! ジュ~!”

『ここ最近、世界中の研究機関で相次いでいる窃盗について、各国政府は……』 


 その地下室では、油が跳ねる音とテレビのアナウンサーがダンスしていた。


「ほほう~。これはなかなかの隕石じゃのう。今までで一番じゃないのかや」 

 顔よりも白髪、白ひげの方が表面積の多い老人が、机の上に置かれた十数個の小石に向かって嘆息を漏らしていた。


「ほいよ、『博士Doctor』できたぜ。俺様特製のフライドチキンだ。”仕事前”の腹ごしらえといこうぜ』

 ”ニワトリ泥棒”と呼ばれた男が、大皿に乗った揚げたてのフライドチキンを机に置いた。

 博士と呼ばれた老人も、ワンピースつまむと、口にほおばった。


「ん? こりゃビル親父んとこのニワトリか?」

「さっすが博士! ドンピシャだぜ! ん? こりゃうめぇや」

「なんじゃ、ニワトリが盗まれたと騒いでおったが、お前の仕業じゃったのか?」


「仕方ねぇだろ。落ちてバラバラになった隕石を、コイツらがみ~んな喰っちまったんだからよ。でもさすが俺様だぜ、隕石もニワトリも、最上級のモノを盗み出すなんてな」


「ふぅ~。ワシはこの辺にしておくか。では、作業にかからせてもらうかの」

「なんでぇもうかよ」

「隕石は生ものじゃからの。特に割れた隕石は、割れ目や切断面から地球の成分が入っちまう。そうなったらさしもの『天の眼』も、化けの皮がはがれちまうからの」


 ”キュイーン””キュイーン”と、博士の背中から発せられる研磨の音が、地下室を満たす。

 球体に磨きあげたそばから純水で洗浄し、隕石で造られた小皿に置く。

 すべてを磨き終わると、先っぽが隕石のピンセットでつまみ、水槽の中で口を開けた貝の中へと放り込んだ。


「へっへっ! 『天の貝Heaven's Shell』ちゃん! きれいなきれいな宝石を、いっぱいいっぱいつくってちょうだいね」

 ニワトリ泥棒は水槽をのぞき込みながら、天の貝に向かって気持ち悪い声をかける。


「まったく、人間とは愚かな生き物じゃ。大自然の力より己の手、己が造った機械ガラクタが絶対だと信じておる。ロボットやコンピュータに支配されるSFを笑えんなこりゃ」


『次のニュースです。世界的大富豪であるアルファ氏は、自身が所有する宝石、通称『天の眼』を盗むとの予告状が、怪盗プレシャスから送られてきたと発表しました……』


「へっ! なんでぇ今頃かよ。んじゃ博士、”ひと仕事”してくるわ」

「ニワトリの次は天の眼か。忙しいヤツじゃな」


「ああ、俺様の美学さ。完成された宝石"だけ"を盗むヤツはしょせん二流。

超一流は


『原石と完成品、両方盗む』


ってね。んじゃ、この前出来た分を道中"バラ撒きながら"、アルファ財団まで行ってくらぁ」

「"ニワトリ代"として一つ二つ、ビル親父のところへ置いておけよ。さりげなくな」

「あいよ~。今度は見つからないようにするわ」


  ― 完 ―

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天の眼(Heaven's Eye) 宇枝一夫 @kazuoueda

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