府立井村谷高校い能力ばとる部!
眼精疲労
第一話 烏丸しぐれと、いのうりょく その①
たしか自分は部活を探しにきていたはずだ。
なのに。
「……あのー」
目の前には先輩らしき二人組。
片方は黒髪に赤いメッシュを入れてポニーテールにし、制服を着崩している。
もう片方は漆黒の黒髪を長く伸ばし、制服をきっちりと着こんでいた。
不良と優等生、といった女子生徒二人が、しぐれの前にいる。
「……あの?」
烏丸しぐれは困惑した表情のまま、もう一度言う。
烏丸しぐれがなぜ困惑しているのか。
それは、目の前にいる赤いメッシュの先輩が、しぐれの手を取り、ひたすらに揉みほぐしているからであった。
しぐれの声が聞こえていないのか、メッシュの先輩はひたすらにしぐれの手を揉みしだいている。
一応、しぐれが今居る場所は、部活勧誘会の会場内である。
何やら前から人に握手をしまくって進んでいる人がいるな、としぐれが思っていたらこの二人だった。
指圧部か何かだろうか、としぐれは思う。相手が女性の先輩だからまだ大丈夫だけど、これが男性だったら立派なセクハラだよな、とも思うしぐれであった。
「……っていうか、セクハラって同性でも成立したような」
しぐれがネットで聞きかじった知識をぽつりと漏らすと、メッシュの先輩がしぐれの手からしぐれの顔に目を向ける。
しぐれと先輩の、目が合った。先輩は切れ長の目をしており、双眸に宿す光はギラギラしている。その光の圧でしぐれは少したじろいだ。
「確保」
メッシュの先輩がそう言い、しぐれの手をぐっと掴む。
「あ、え、ちょっと?」
先輩の手を振りほどこうとするしぐれだが、その最中、先ほどまで立っているだけだった黒髪の先輩が、しぐれを背後から羽交い締めにする。
「確保完了」と黒髪の先輩が、ぽつりと言う。
「え、ちょっと? ちょっと?」
「連行っ!」
赤いメッシュの先輩がそう叫び、しゃがみ込みしぐれの足首を掴む。
直後、しぐれの足が感じていた重力が消失し、しぐれの視界が九十度上を向く。
「ちょっ、ちょっとぉぉぉ⁉ 降ろして! 降ろしてくださいよ!」
担架に乗せられて運ばれる患者のような体勢になったしぐれが、叫ぶ。
もっとも、この場合の担架とはしぐれ自身でもあるのだが。
両手両足をちょうど担架の持ち手のようにしながら、先輩たちはしぐれを運んでいく。
しぐれは、好き勝手にされている場合じゃないと思い、じたばたと抵抗を試みる。
「あ、動くとスカートめくれあがってパンツ見えるよ」
メッシュの先輩がしぐれに言う。
「…………え」
「もう半分めくれあがりそうだし。気をつけな」
「いや、あの降ろしてくれたら全て解決なのでは」
「パンツ神輿になりたくなかったらじっとした方が良いよ」
「いや、あの」
「それじゃあ部室向かうから」
メッシュの先輩は、しぐれの抗議の声を無視する。
「ちょっとおおおおおおおおおおおおお⁉」
しぐれの悲痛な叫びは、賑わう部活勧誘会場の喧騒へと消えていった。
○
「はい到着~」
しぐれは優しく床の上に置かれる。
しぐれが運び込まれたのは、旧校舎の片隅にある教室だった。掃除はされているものの、雑然と物が置かれており、生活臭が溢れている。
「到着! じゃないですよ!」
しぐれはがばっと起き上がり、怒気を孕んだ抗議の声を出した。
「なんなんですか! 人のことを勝手に連れ去ったりして!」
「まあまあ落ち着いて」
黒髪の先輩がコップに入れた水を差し出してくる。
「…………ど、どうも……」
しぐれは差し出された水を手に取り、飲み干す。ほのかにレモンの香りがした。果汁でも混ぜているのだろうか、と思うしぐれである。
「……で、なんなんですか?」
少し冷静さを取り戻したしぐれは、何度目かの問いを投げかける。
「ああ、君が欲しくて」
「ぶっ⁉」
メッシュの先輩がさらりと言った言葉、その意味を把握しかねたしぐれは目を丸くする。
「陽子」
黒髪の先輩がメッシュの先輩の肩を叩いて言う。
「ん、何?」
「自己紹介は?」
「……あ、忘れてた」
「……忘れてたじゃないでしょ」
うっかりしてた、といった表情を浮かべるメッシュの先輩と、深くため息をつく黒髪の先輩を、しぐれはぼんやりと眺めるばかりである。
メッシュの先輩はサムズアップをし、自身の胸に指先を押し当てる。胸、デカいな、と思うしぐれであった。
「私は陽子、
「
「ってわけだ、よろしくな!」
「ど、どうも……」
しぐれはその勢いにつられてしまい、つい頭を下げてしまう。
「名前は?」
七嵐が問う。その目は爛々と好奇心の光を宿している。
「か、烏丸。烏丸しぐれって言います」
「なるほど、烏丸さんか、よろしく」
七嵐が右手を差し出してくる。握手を求める姿勢。しぐれは手を差しだそうとしたが――。
「……また何かしようとしてませんよね?」
つい警戒してしまうしぐれであった。
「ああ大丈夫。それはないそれはない」
あっけらかんと笑い、手を振って否定してみる七嵐。しぐれは怪訝に思いながらも、おずおずとその手を握る。
「な、ただの握手だろ」
「……ま、まあ」
ぎゅっと握られた手を、軽く上下に振られる感触に、しぐれはどうにも調子が狂い、警戒心が薄れる。
「……そろそろいい?」
七嵐が握手に飽きたのか、しぐれに問う。
「あ、どうぞ」
としぐれが言うと、七嵐が手を放した。解放された手は七嵐の体温を帯びており、それが空気で冷やされる感触が、しぐれの意識を明瞭にさせる。
「あ」としぐれは気づいた。
「どうした?」と七嵐。
「……そういえば、ここ何部なんですか?」
肝心なことを聞いていなかったな、と思うしぐれであった。
部室を見ても特徴的な用具はなく雑然としている。
部室の一角に本がうず高く積んであるので、読書部だろうか、としぐれは思った。
だが。
七嵐から返ってきた言葉は、しぐれの予想の斜め上のものだった。
「異能力バトル部」
七嵐はさらりと答える。
「ああ、なるほど」
しぐれはその自然な受け答えに、うんうんと首肯する。
「……………………はい?」
数秒後、しぐれの脳内に『?』が浮かんだのであった。
「……えーと、もう一度聞きますね。ここ、何部ですか?」
「異能力バトル部」
ないな、としぐれの脳で即座に答えが出る。
「帰らせてもらいますね」
しぐれが素早く踵を返し、部屋を出ようとすると。
「おっと、忘れ物」
七嵐がしぐれに何かを投げ渡す。しぐれは(忘れ物?)と思ったが、反射的に手を伸ばしてしまう。
七嵐が投げたもの、それは鈍色に光る楕円形の玉だった。しぐれがそれを受け取った瞬間――。
「わわっ⁉」
鈍色の玉が、光り輝きしぐれの指の間から光線を漏らしたかと思いきや、その姿を変える。
「な、何これ……」
しぐれは目を白黒させて、自身の手に握っているものを見る。
それは鈍色の棒だった。長さはだいたいしぐれの足下から胸下ぐらいまであるだろうか。
それは、しぐれが握り、振り慣れている長さのものだった。
「……陽子」
天本が、七嵐に厳しい目を向ける。
「……な、なに?」
「…………さすがにそれは危ない。烏丸さんの能力が爆発する類のものだったらどうするの?」
「まあそのときは私たちが痛い目に遭うだけだな」
「…………あのねえ」
という七嵐と天本のやりとりを見つつ、しぐれは(……え? 今のそんな可能性があったの?)と恐々とする。
「これそんな危ないものなんですか? 返します」
「ああいや待った待った!」
しぐれが鈍色の武器を返そうとすると、七嵐が慌てて止める。
「せっかくだ。……体験入部といこうじゃないか」
「…………嫌です。危ないのとか痛いの嫌なので」
「大丈夫だって。痛くないし危なくないから」
そう言って七嵐は制服のブレザーに手を突っ込み、素早く引き抜く。
それは銀色の光を煌めかせる刃を持っていた。
――ナイフ。しぐれが、七嵐が持つものを認識した瞬間。
七嵐がしぐれに一気に近づき、しぐれの腹部にそれを突き刺す。
肉が裂け、血が溢れ、激痛がしぐれの脳を灼く――
はずだった。
少なくとも、しぐれの予想では。
「……あれ?」
しぐれは自身の腹部に突き立てられたはずのものを見て、間抜けた声を漏らす。
七嵐の得物は、しぐれの肉体を欠片も傷つけることなく、しぐれに触れたそばからその刃を消していた。
「な? 痛くないだろ?」
「……そ、それはまあ……」
「私たちのやってる異能力バトルってのは、痛くないし、安全な競技なんだって」
「……ずいぶんと牧歌的な異能力バトルで」
異能力バトル、と聞いていたので、炎や氷や雷を出したり、果てには時間を停止したり空中浮遊したりするのか、と思っていたしぐれである。
故に、七嵐の言葉に安堵するしぐれであった。
七嵐がナイフを玉に戻し、その後にこっと笑って言う。
「せっかくだ。部活体験期間中なんだし、一戦どうだい?」
「…………せっかくですが」
としぐれは申し出を拒否しようとする。
だが、七嵐は目を細めて、しぐれをじっと見据えた。自身の内側を覗き見られるようなその視線に、しぐれは寒気を覚える。
「剣道、やってたんだろ?」
「……わかってたんですか」
「そりゃそうとも」
七嵐は腕を組み、胸を張る。鼻高々といった様子である。
「人間ってのは、手を見ればだいたいわかる。武術をやってるとかやってないとか、普段どのような生活をしているとか、膂力があるとかないとか――」
七嵐がどうだ、と言わんばかりに説明していると。
「……それ、私が貸した漫画に書いてあったことでしょ」
天本が隣から冷静にツッコミを入れた。七嵐は腕を組んで胸を張り、目を閉じた姿勢のまま口を閉ざして、ぷるぷると小刻みに震える。
「陽子」
「……な、なんだよ」
天本の呼びかけに、七嵐は頬をほんのりと紅潮させて返す。
「はっずかしー」
「う、うるさいなぁっ!」
天本が七嵐をからかい、七嵐がムキになって言葉を返す。
そんな二人のやりとりを見つつ、しぐれは(あ、なんとなく強弱関係見えたかも)と思うのであった。
「……そうなんですか? 漫画に書いてあったことなんですか?」
としぐれは何気ない様子を装って問う。勝手に部室へと連れ去られた恨みを、多少なりとも晴らす算段での発言であった。
「………………そうだけども」
七嵐は少し顔を赤くしながら、しぐれから顔を逸らしつつ、そう認めた。
「けど、だ。おかげで烏丸さんを見つけることができた。烏丸さんの手に触った瞬間、この子だ! と思ったね」
「…………剣道、やってましたけど……そこまで強くないですよ?」
「なあに問題ない。今は部員が欲しいからな」
それはつまり、頭数を揃えたいだけではなかろうか、と思うしぐれである。
「……入部しても、やる気出ないかもですよ?」
「大丈夫だ、出させる」
婉曲的に『入部は遠慮します』と伝えたかったしぐれの思惑は、七嵐の押しの強さの前に霧散する。(っていうか、『出させる』って何だよ、怖いな)、とも思うしぐれであった。
「とにかく、体験入部だし、一戦やろうじゃないか」
七嵐がずいとしぐれに近づき、笑みを浮かべてそう言った。
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