3人仲良く帰りましたとさ

 氷像の錫杖と伝説の聖剣を持ってコロナは降りてきた。見たところ、どちらも壊れたりはしていないようだ。

「無事に片付きましたね、コウタロウさん」

 ……無事、かぁ。

 本来想定していた100万倍くらい激しい戦闘を繰り広げたわけだけど、まあ、結果だけ見れば何事もなく済んだと言えなくもないか。

「さて、では帰りますか?」

「いや、まだだ」

 ひとつ、確かめておかないといけないことがあるからな。


 俺はおもむろに氷像の錫杖を手に取り、適当な水たまりに近付いた。

「これで杖を水に向けて……念じればいいのか?」

「はい」

 さも当然のようにコロナが頷く。

 いや、俺は杖とか初めてだし、女神から授かったスーパー鉱夫パワーを除けば、魔法らしきものを扱ったことは一度もないんだが。

「大丈夫ですよ。この手の杖は術者の負担を下げるためのものですから。小規模な現象なら、ただ杖に意識を向けるだけで発動できるはずです」

 そうか、それならまあ。

 ちなみに、コロナは魔力が体外に出てこないような設計なので杖を使えず、ネメは暗殺者としての特殊かつ高度な能力のせいで魔力が変質している可能性が高いとのことで、適任は俺しかいないらしい。

 俺は、ゆっくりと杖を動かしていく。

 俺の予想が正しければ、少々やばい現象が起きるはずだ。

「コロナ、何かあった時は」

「わかってます。大丈夫ですよ」

「頼むぞマジで」

 じわじわと、杖の先を水たまりに向けていく。そして、視線を杖の先端に合わせ、意識を向けて念じる──

 パキパキパキと、ささやかな音を立てて水が凍って盛り上がり、30センチ程度の人型を形取る。

 ここまではまだ問題ない。氷像の錫杖が名前通りに氷像を作っただけの話だ。

 だが次の瞬間、恐れていた事態が起きた。

 ミニチュアの氷像は口を開き、ひとりでに声を発した。

『我が名はフリ──』

「ちぇすとー!!」

 瞬間、コロナの蹴りがミニチュアの氷像を捉え、木っ端微塵に粉砕した。

 ……やはり、今のは。

「今のやつ、『フリームスルス』って言いかけたよな」

「……はい」

「ってことは、やっぱこの杖」

、と見て間違いないですね」

 やっぱりそうだったか。


 休眠状態で全身が無事に残っていたコロナや、骨の状態で魔力を集めていたスケルトン・ドラゴンとは違い、今回のフリームスルスは何もないところから蘇ったように見えた。しかも500年前の記憶を宿した状態で。

 となると、そこにはそれなりの理屈が必要だ。例えば、杖がフリームスルスを再生させる力を持っている、とか。

 そういうわけで実験をしたのだが、結果はこの通り。

 ……壊すしかないか。

「コロナ、この杖が機能しないように壊せるか?」

「はい。お任せください」

 コロナは氷像の錫杖を受け取り、左手でがっしりと握り込み、右の手刀を叩き込んだ。

 バギャッとやや湿ったような音が鳴り、氷像の錫杖はへし折れた。断面からは何か液体のようなものが零れ落ち、地面に小さな水たまりを作って──土に吸い込まれて消えた。

 これでもう安全だ。

「さて、杖を届けてから帰るか」



 博物館は、思っていたよりも地味な建物だった。

 どうやらここは公的な施設ではなく、そこらの商人が道楽で始めたものらしい。収入源というよりは、個人のコレクションで見物料を取っているようなものだ。

 とはいえ、そこらの家よりは遥かにでかい建物で、中身も結構充実はしている。専門家を雇ったりもしているようで、説明書きなんかも詳しく書かれている……ように見える。

 まあ俺はこの世界のことは何も知らないので、正しいかどうかは全く分からないが。

 と、展示を見ながら時間を潰していたところに、館長がやって来た。

 どうやら鑑定が済んだらしい。


「本物の『氷像の錫杖』であると確認できました」

 そうか。まあそうだろうな。

「つきましては、お礼ということでこちらを……」

 手渡されたのは大銀貨入りの袋。もはや大銀貨数枚程度は俺にははした金だが、くれるもんならもちろんもらっておく。

 と、コロナが心配そうに口を挟んだ。

「あのぉ……壊れてしまってたと思うんですが、貰ってしまってよいのですか?」

 根が真面目なコロナとの対比で俺がダメ人間に見えてくるのでそういうのはやめてほしい。

「ええ。機能的には完全に死んでしまっていますが、ここは博物館ですから。壊れて動かないものなんて珍しくもありませんよ」

 ま、そういうことだ。


「ところで」

 帰りがけに、館長が俺たちに話しかけてきた。

「なんだ?」

「つかぬことを伺いますが、何か……大きな出来事に巻き込まれたりしませんでしたか?」

「……なんでだ?」

「いえ、昨夜に城から立ち上った『赤い光の柱』と同じものが、今日は西の森から上がったという話がありまして」

 ……そういや、何も考えずにコロナに全力出させたんだったな。

 ひとまずここは適当に嘘をついておこう。

「いや、俺たちは街道沿いの洞窟みたいなところに潜ってたからな。確かに、何か大きな音は聞こえたが」

 そう答えながら、コロナとアイコンタクトをして、ついでにネメの口を物理的に塞ぐ。

「そうでしたか。いえ、何事もなかったのならよいのです。回収を依頼した手前、何かあれば私にも責任がありますので」

 どうやら館長には勘付かれていないらしい。

 だが、話が広まるのは時間の問題だ。何せ、コロナは人目を引きまくる全身金属の空飛ぶメタルアンドロイドだし、俺もこんな都市でツルハシぶら下げてるような不審者だ。

 便利な情報伝達ツールは無いとはいえ、人の噂はめちゃくちゃ早い。

 この先何日かは大人しく隠れてた方がいいかもしれないな……。



 博物館を後にして、俺たちは王都の石畳の道を歩いた。いつのまにか夕方になっていて、空は赤く染まりつつある。

 通りには出店が並び、人通りも増えてきている。買い物するなら今のうちだな。

「なあ、何か欲しいものとかあるか?」

 コロナは首を横に振る。

「いえ、わたしは昼に必要なものは買いました」

「ネメはねー、うーん、ちょっとねむくなってきたかも」

 眠いなら仕方ない。

「じゃあこのまま帰るか」

「そうですね。……ネメ、手を繋ぎましょう」

 コロナがネメに寄り添い、金属の手を差し出す。しかし、どうやらネメには馴染みのない行為らしい。

「なんで、てをつなぐの?」

「なんで……なんでですかね」

 コロナ的には、小さい子供と手を繋ぐのは自然だという常識がインプットされているんだろう。

 しかし何故と来たか。「はぐれないように」っていうのはクソ強暗殺者のネメには通用しないしなぁ。むしろ──

「手を繋いでたら、周りから見ても俺たちが仲間だってのが分かりやすいだろ。街中を歩くときは、その方が都合が良かったりするんだよ」

「そうなんだー。じゃあ、はい!」

 どうやらネメは納得したらしい。コロナの赤銅色の手を、小さなネメの手がぎゅっと握り込んだ。

 そして、もう片方の手が俺に向かって差し出された。

「はい!」

 ……確かに、今の説明だと俺とも手を繋がないといけないよな。

 その必要はないんだと適当に理屈をこねようとして……やっぱやめた。

 まあ、たまにはこういうのもいいだろ。


「じゃあ、宿に帰りますか」

「そうだな」

「きょうは、たのしかったねー」

「はい。楽しかったですね」

 ……そうか? 流れでド派手な大戦闘になったが、別に楽しくは……なかったけど、まあこいつらが楽しかったならそれでいいか。

「よかったな」

「うん!」「はい!」

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