珍しくコロナが苦戦しているな……
「『
ギュオオオオオン!!
ほとばしる大口径の赤の光線は5、6本の氷の巨腕をまとめて飲み込み、瞬く間に付け根からまるごと蒸発させた。
だが、そこまでだった。
フリームスルスの氷の巨腕は、消し飛んだ端から膨大な蒸気に姿を変え、光線を散乱、吸収していく。
その間に、氷の巨腕が消し飛んでできた隙間を周りの腕が移動して塞ぎ、欠けた腕を補うように、水中からは新たな腕が伸びてくる。
これでは火力が足りないのか。
コロナはレーザー照射を止め、距離を取ってホバリングに移行する。
『どうした金属人形よ。まさか今ので全力とは言うまいな?』
「まさか。今のは小手調べですが?」
あくまで強気を崩さないコロナ。だが、メルターレーザーはコロナの攻撃の中でもかなり高威力のもののはず。その攻撃による欠損がほぼノータイムで回復されてしまうというのは、正直かなりまずい。と思う。
だがコロナは攻撃の手を緩めない。
コロナは両手の指全てを、巨腕の塊全体に指向する。
「『
コロナが叫ぶと同時に、10本の指全てから高エネルギーの赤い極細レーザーが照射される。
極細レーザーはまばらに氷の巨腕を貫き、
ドシュウ!
と至るところで氷が蒸発、風穴を開けていく。
そして、レーザー攻撃の結果を見届けることなく、コロナは急加速した。
「『バーニング・クローク』! 『ツイン・ラヴァ・カッター』!」
全身を包むように炎を纏い、両手の手刀を超高温に加熱。
範囲攻撃で攻めると見せかけて、懐に一気に突撃しての灼熱ゼロ距離肉弾戦を仕掛けるというわけか。確かに直火なら霧も蒸気も関係ないが……。
『懐に入れば勝てると思うたか?』
フリームスルスが嘲笑うような声を上げる。
直後、コロナが腕の隙間に飛び込む瞬間を見計らって、氷の巨腕が全方向から殺到する。逃げ場をなくして一気に質量で押し潰す気だ。
だが、
「しまった! ……って、言うと思いましたか?」
内側から聞こえてきたコロナの声は、余裕そのものだった。
『なに?』
「逃げ場がないということは、衝撃が逃げずに伝わるということです。
──『
瞬間、幾重にも重なった氷の巨腕の奥で青白い光が炸裂し──
ドゴォォォォン、と巨腕の半数が爆散、消滅した。
爆発の余波が吹き荒れ、蒸気と霧が消し飛ばされて視界が開ける。
湖の上に残っていたのは、氷の巨腕の半分以上を失いながら、残る腕をぐるぐる巻きにして本体を守るフリームスルスだった。
それを視界に捉えた瞬間、コロナは宙を蹴るように一気に加速し、拳を構えて突撃する。
『ノヴァ・パルス』で半数の腕を失ったフリームスルスだが、残る腕もかなりボロボロになっている。確かに、畳み掛けるなら今かもしれない。
だが──あと1メートルで拳が届くといったところで、コロナは急減速した。
「……これは」
『遅いわぁ!』
フリームスルスの勝ち誇った声。それは下方──湖の中から聞こえてきた。
同時に水中から噴き上がる、轟音と水柱。そして、水柱を割って襲い来る氷の巨腕。
躱しきれないと判断したか、コロナはその場でガードを固め、強烈な衝撃音と共に巨腕の一撃を受けた。大したダメージはないようだが、圧倒的な質量差でコロナは空高く突き飛ばされる。
『功を急いたな、金属人形よ』
この声はやはりフリームスルスのものだ。視線を湖に戻すと、そこには俺たちがフリームスルスだと思っていた氷の塊が粉々に砕けて浮かんでいた。
そして、水中から寸分違わぬ姿でフリームスルスが浮上してくる。水面上にダミーを残し、本体は水中に逃れていたというわけだ。違いといえば、錫杖を手に持っているかどうかという点くらいしかない。
と、吹き飛ばされたコロナが空中で姿勢を回復させ、ゆっくりと舞い降りてきた。
「小細工に精が出ますね、氷の魔物」
いや、お前、今思いっきり吹っ飛ばされた側だからな? どこからそれだけ煽れるほどの精神力が湧いてくるんだ。
「『大地を氷に閉ざすもの』、でしたか。称号はなかなか雄大ですが、戦い方にはそぐわない呼び名ですね。『水溜まりに潜むもの』の方が似合ってますよ」
なおも煽り倒すコロナ。
対するフリームスルスは見た目同様クールな精神力で跳ね除ける。かと思ったんだが。
『おしゃべりが得意なようだな、金属人形よ。その殻をかち割って雄弁な命乞いを聞くのが楽しみだ!』
……煽り耐性が足りなかったか。
コロナとフリームスルスが三度目の攻防に突入しようとした瞬間。
俺はコロナに向かって叫んだ。
「一時撤退だ! 俺とネメを回収して飛んでくれ!」
「なっ、なぜですか!? わたしならやれます!!」
当然、コロナは拒否する。
さて、今一瞬だけでも言うことを聞かせるとなると……。
「だからだ! 俺たちがいたら全力が出せないだろ!」
まあこれは嘘なんだけど。
「な、なるほど。では回収します!」
俺の嘘に納得したコロナは、真下に針路を急転換。
急降下で加速しながら、衝撃を殺すように器用に俺をキャッチし、さらに90度向きを変えて地面スレスレを高速背面飛行。そのままもう片方の手でネメも捕まえて、一気に急上昇。
『おのれぇ、敵を前にして逃げるのか、金属人形め!!』
執念じみた叫びと共に、氷の巨腕が何本も追いすがってくる。だが、コロナは易々と巨腕を掻い潜って飛び、あっという間に上空まで逃げ切った。
さて。
「コロナ、この辺でいいぜ」
湖の遥か上空。フリームスルスの巨腕の塊すら豆粒にしか見えない高さで、コロナはようやく飛行を止めた。
「えっ、あの、撤退するのでは?」
「あれは嘘だ」
「うそぉ!?」
コロナの金属製の目が睨むように見つめてくる。
まあ盛り上がってきた戦闘をぶった切られたわけだし気持ちはわかるが。……なんかそのうち目からレーザーでも出てきそうだし、さっさと打ち明けるか。
「騙して悪かったが、あれも作戦の一環だからな」
「……作戦、ですか?」
多少機嫌が戻ってきたか。
「ああ。あのままだと、勝ったとしてもコロナも無事では済まないように思えてな」
「それは……まあ、そうですが」
自覚はあったか。
「だったら、俺もネメも存分に使って安全で確実な勝ちを取った方がいい。って、俺は思うんだ」
「それはそうですが……そんな作戦あります?」
「あるんだな、それが」
「一体どんな!?」
食い気味に聞いてくるコロナを手で制しつつ、俺はひとつ確認をする。
「その前に。めちゃくちゃ派手だけど全然無害、みたいな技ってあるか?」
「……はい?」
俺とネメは、湖からは視線が通らない森の中に下ろされた。
俺は額に通信用の円盤を貼り、ネメに担ぎ上げられている状態だ。
……うん。ネメに担がれている。
どうやら、ネメも俺と同等以上の腕力を有しているらしい。勿論コロナには敵わないが、俺一人を担ぎ上げるのには十分すぎるパワーだ。
そんな状態で、俺はコロナからの合図を待っていた。
「お望み通り、戻ってきてやりましたよ」
『ふん。我が力の前に戦意を喪失したのかと思ったぞ』
コロナとフリームスルスが必要以上に大きな声でやり合っている。本当なら一対一のシチュエーションなんだが? まあどうでもいいが。
「これなら憂いなく全力が出せますから」
『ほう。ならば全力で捻り潰してくれよう』
直後、大技のために集中し始めたのか、声が途切れて静寂が訪れる。
代わりに、円盤を通じてコロナの声が聞こえてきた。
『もうすぐです。準備はいいですね?』
「ああ。いつでもいけるぜ」
『では、5秒前です』
通信が途切れ、今度は耳からコロナの声が聞こえてくる。
「受けてみよ──『レインボウ・スプレンダー』!!」
『今です!!』
凛々しい叫び声と重なるように、脳内にコロナの声が響き渡る。
「ネメ!」
「うん!」
俺が伝えた合図と同時に、ネメが俺を担いで走り出した。
コロナの加速が爆発だとすると、ネメの走りは影だった。
まるで質量が無いかのような、加速した感覚もない、静かな走り。そしてネメに抱えられた俺も同様に、すぅーっと滑るように進んでいく。空気抵抗など存在しないかのように。
明らかに物理法則を逸脱した能力に何かを思うよりも早く、ネメは目的地に到着し、足を止めていた。
そこは湖の縁。
背後にはコロナが立ち、正面にはフリームスルスと氷の巨腕が陣取っている、まさにその中間地点。
そして今、コロナの放った七色の光の奔流──めちゃくちゃ派手だけど全然無害な光の束──が俺を包み込んだ。
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