活躍する気はないけど索敵くらいはしてやるか

 話もそこそこに俺たちが連れてこられたのは、元地下牢だ。

 一応左右を見ればサビまみれの鉄格子が独房を仕切っているわけだが、その中には誰もいない。今は完全に放置されているのだろう。

 そんな独房の一つに、自然にできたような感じの大きな裂け目が入っていた。

 大きさは大人がゆうに通れるほど。そしてその奥は……完全な闇だ。

「この奥が例の洞窟だ」

 俺たちをここまで連れてきた騎士団長は、独房のカギを開け、数歩下がった。

 と、俺たちの競争相手であるところの黒マントのイケメンが口を開いた。

「一つ気になったのだが、姫様がいなくなられた時にここのカギはかかっていなかったのか?」

 お、ナイスだ黒マント。俺もそこは気になってた。

「否、ここは確実に施錠されていた。だが、失踪直後に城の敷地内に新たな入口が発見されたのだ。本来はそちらから入るべきだが、いかんせん子供しか通れないほどの狭さでな」

 なるほどな。

「だとすると他の入口も?」

「ああ、可能性は大いにある。その辺も含めて調査を近々予定していたのだが……」

 その前にこの事件が起きたと。なんだか間の悪い話だ。


「では早速……」

 黒マント率いる4人組が各々の武器を構え、洞窟へ入りかけた。だが、

「おーっと、それは少し待ってもらおうか!」

 待ったをかけたのは声も図体もでかいマンだ。

「見たところ君たちは貧相な装備しか身につけていないようじゃないか。だが安心して欲しい。最前線に立ち魔物と戦う大役は、この俺が立派に成し遂げてやるからな!」

 そいつはずいずいと前に出てきたかと思うと、羽織っていたマントを大げさに脱ぎ捨て、その下の鎧(革製っぽい)を見せびらかしてきた。

 ……正直見ただけじゃ何もわからないんだが。

「フッ……驚いて声も出ないか。無理もない。この亜竜ドレイクの革でできた一等品の鎧は君たち庶民には一生かかっても手に入れられない最高の──」

御託ごたくはいいから、行くならさっさと行ってくれ。姫様を待たせる気か?」

「おっと、この俺としたことが! はーっはっは──」

 黒マントがうまく処理してくれたおかげで何とか話が進んだが、声も図体もでかいマンはクソめんどくさそうな奴だ。


 そういうわけで洞窟に入った俺たちだったが。

「はっはっは! 暗いなぁ! もっと松明は明るくならんのか!」

「すみませんすみません……」

 声も図体もでかいマンは右手に斧、左手に盾を構えてずんずんと歩いていく。その後ろを付き人が松明を持って必死に付いていく。

 あいつには索敵とかいう概念はないんだろうか。ないんだろうなぁ。

 それを見てイライラしたように呟くのは、4人チームを率いる黒マントのイケメンだ。

「こんなに離れたら連携も何もないじゃないか。あいつは死にに来たのか?」

 全面的に同感。情報もろくにないのにあんなに突っ込んでいくのはバカのやることだ。

 と、思い出したかのように黒マントが振り返ってきた。

「あんたたちは無謀な真似をしてくれるなよ」

「ああ、当然だ。死んだら手柄も報酬も意味ないからな」

 ま、俺としては別にどっちも要らないんだけどな。何なら気分転換で受けた依頼だし。


 というわけで早速仕事気分転換に取りかかる。

 俺はすぐ横の壁に耳を押し当てる。洞窟だといちいち屈まなくていいから楽でいいな。

 そして、耳に意識を集中させる。

 少し前を歩く黒マント一行の足音。そのさらに先を大股で歩く声も図体も足音もでかいマンと、小走りについていく付き人。

 ここまでは想定内。問題は──

「全員止まれ」

 意識的に声を張り、全員を立ち止まらせる。

 振り返り、何事かを聞こうとする黒マントを片手で制しつつ、岩壁に押し当てた耳へと全神経を注ぐ。

 聞こえた気配は、二つ。

 一つは穏やかな呼吸を繰り返す、小さな動物。大きさ的には人間の子供くらいで、これがおそらく姫様だろう。

 そして、もう一つ。

 その姫様らしき気配を取り囲むように陣取っている、カツカツと足音を立てる長大な何か。その全長はゆうに10メートルを超える。これが例の怪物ってやつだろうか。

 どういう理由か知らないが、怪物のとぐろの真ん中にいながらも姫様は無事らしい。

 しかし、無事なのはいいが、これではこちらも助けに行くのは不可能だ。まずはこの長い怪物をおびき出して倒した方がよさそうだ。

 ついでに、ツルハシの側面で軽く壁を叩き、音の反射具合で構造を探る。

 怪物と姫様がいるのは、右斜め前のやや下方。

 そこまでの最短経路は、声も図体もでかいマンがいる位置の右手側の穴だ。入った直後はほぼ水平だが、すぐに角度がつき始め、ウォータースライダーさながらに45度ほどの急角度で降りていき──最終的には怪物の真上に出口が開いている。

 ……よし。ここまで分かれば、後はどうとでもなるだろ。


「おい、今のは何をしたんだ」

 俺が壁から耳を離すと、黒マントが食い気味に聞いてきたので俺も答えてやる。

「怪物の位置が分かったぜ」

「なんだと!」

 さて、居場所から伝えてやってもいいが……それをやると即突撃していきそうな奴が1名ほどいるからな。

「まず……怪物のすぐ近くに姫様らしい気配がある。いきなり突撃せずに、一旦引き離してから戦うべきだ」

 すると、黒マント一行の4人が頷き、続いて図体でかいマンも意外と素直に頷いた。

「それで場所だが、そっちのあんた、壁に穴が開いているな?」

「ああ、開いているぞ!」

「その穴の突き当たりが怪物の居場所だ」

「なにぃ!」

 しまった。こいつ、ひとつ聞くとひとつ忘れる鳥頭タイプの人間だ。

「お待ちくださいお待ちください!」

 斧を振り上げて今にも飛び込んでいきそうな声も図体もでかい大男を、華奢な付き人が必死に引っ張って止めている。

 この付き人も苦労人だなぁ……。じゃなくて。

「待てって。まだ行くなよ」

「何故止める! この先に怪物がいるのだろう!」

「姫様と一緒にな。戦いに巻き込んだら無事じゃすまない。そうなったら手柄も何もないんだぜ」

 そこまで言って、ようやく猪突猛進鳥頭マンは動きを止めた。

「そうか。確かに姫様を巻き込んではいけないな」

 そうかじゃねえんだよ、まったく。


 さて気を取り直して。

 怪物の上に繋がる横穴の前で、作戦会議だ。

「俺としては、ここから飛び道具を当てて注意を引き、地下牢まで後退して仕留めるっていう流れでいいと思うんだが」

 見回してみると、どうやら俺の意見に全員賛成のようだ。まあ、俺としても無難な作戦だと思う。

 問題は具体的にどうやるかという部分で──と考えていると、ほぼ同じ内容を黒マントが言った。

「作戦自体はいいと思うが、問題はどうやって当てるかだ。この先は直線じゃないんだろ?」

「ああ。途中から急な下り坂になってる。距離は──」

 距離は30メートル程度、なのだが、メートルっつっても伝わんないよな。

 確か歩幅は身長の半分弱らしいから、70から80センチが平均的な歩幅って感じか。とすると、えーっと……

「……距離は大体40歩ってところだ」

「ふむ……」「40歩か」「なるほど」

 とっさに歩数換算したわけだが、どうやら怪しまれた感じはないな。ひとまずよかった。

「さてどうする?」

 すると、この手の話し合いに慣れているのか、黒マント一行が淡々と話を進めていく。

「先が見通せねえからな。オレの矢は届かねえだろ」

「アタシの爆発も雷撃も届くかどうか怪しいぜ?」

「では前にやった鎖に雷撃を通す作戦はどうでしょう」

「おっ、それいいな!」「賛成!」「決まりだな」

「……あれ痛いから嫌なんだがな」

 黒マントが渋い顔をしているが、どうやら話はまとまったらしい。

 さて、後は……

「なるほどなるほど、話が読めたぞぅ」

 声も図体もでかいマンが満面の笑みで輪の中心に入ってきた。

「君たちが攻撃をして怪物を呼び寄せ、突っ込んでくるそいつを、この俺が! 抑えるという話だな!」

 うん、まあそうなんだが、そんな自信満々に言われるとなんか腹立つな。


 ともあれ、これで一安心。俺もコロナも下手に目立たずに済みそうだしな。

 あとはなんだかんだ有能そうな2チームが片付けてくれるだろうし、俺は気楽に見物でもするか。

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