こんなに重いものは初めてだ……

 地下に眠る古代遺跡の最深部。

 脅威的な破壊力を見せた古代文明の戦闘ロボットは、

「おなかすいたぁ~」

 ガックリとうなだれて、かわいらしい女の子の声で泣き言をもらした。


 さて、どうしたものか。

 俺は握りしめたままの聖剣を振り上げるべきか下ろすべきか迷っていた。

「……おい」

 とりあえず呼びかけてみると、

「んん? なんですかぁ?」

 普通に返事した。

 どうやら会話は成立しそうだ。会話してどうするのかは考えてないけど。

「おなかが空くのか? ロボットなのに?」

「比喩表現ですよぉ。……っていうか、ろぼっとってなんです?」

 おっと、この世界にはロボットなんて言葉はないんだった。

「いや、言い間違いだ。ゴーレムって言うつもりだったんだ」

「ゴーレム……まあそうですねぇ、ゴーレムみたいなもんですよ。本当は全然違うものですけど」

 こいつは厳密にはゴーレムではないらしい。

 ていうかさっきまでのロボ感全開のカタカナ風のしゃべりはどうした。

 ……っていうかもっと大事なことがあったんだった。

「もう攻撃してこないのか?」

「攻撃……?」

 ロボットはキュイっとモーター的な音と共に首をかしげる。

「迎撃プロトコルがどうとか言って、あの壁ぶっ壊したのはお前だろ?」

「……あー、それに関してはご心配なく。もうエネルギー残量がないのでダブル・メルターレーザーは撃てませんから。それに」

「それに?」

 続く言葉を待っていると、

 ズシン、ドスンとロボットが膝をついて地面にへたりこんだ。

「限界です。おなかがすきました。もっと話がしたければエネルギーを補充してください」

 なんか悪徳出会い系アプリみたいなこと言い出したぞ。

「エネルギーってどうすればいいんだ?」

「日光が当たるところに置いてもらえればそれで。自動でエネルギーを充填できます。それではおやすみなさい」

 そう言うなり、ロボットは目も口も閉じて動かなくなった。

 秘境にある霊薬だのなんだのを要求されないだけマシだが……日光か。ここ結構深い地下なんだけどな。



 さて。このロボ娘に日光を浴びせる方法だが、大きく分けて二つある。

 地上までこいつを運んでいくか、地上まで穴を貫通させて光を通すかだ。

 普通なら前者の方が楽なんだが――


 曲線多めのロボットの腰に手を回す。思っていたより細くて華奢だ。

 その細い腰をがっしりとホールドして、

「ふんっ! ぐぎぎぎ……」

 重い。常人を遥かに超える腕力を持っているはずなのに重い。

 動かせないほどではないけどこれを地上まで運ぶのは無理そうだ。

 ていうかそろそろ腰がやばばばぐうぁ。


 というわけなので後者、つまり地上から地下のロボ娘のいる部屋まで穴を掘り抜く作戦で行く。

 来た道を戻って穴と遺跡を通り抜け、俺は一旦地上に戻った。

 ナトゥンの村を出たのが朝で、今の時刻はそろそろ正午になるくらいだろう。

 手をかざしながら空を見上げると、予想通り真上に近い位置まで太陽が昇っている。好都合だ。

 太陽の位置と、はるか地下の小部屋の位置を計算しながら森の中を歩き……

「ここだな」

 森の中の少し開けた場所にガリガリとツルハシで印をつける。ここからほぼ真下20メートルの位置に少女型ロボットがいる計算だ。

 そのまま一気に掘り進めようとツルハシを振り上げて、思いとどまって少し横にずれてから、俺は掘り始めた。

 ズガーンドゴーンバコーンと一気に掘り進み、一分と経たないうちに――

 ドゴシャーン!

 20メートルの縦穴を掘り切った俺は、大量の土砂と共に四角い部屋に墜落した。


「ぶはっ!」

 俺は砂と土と砂利の中から半分泳ぐようにして脱出した。

「……やっぱりこうなったか」

 俺の能力は土やら岩やらを掘るというもので、掘り返した土砂のたぐいはものすごい勢いで吹き飛んでいくが、消えはしない。

 つまり、水平や少し斜めに掘るくらいなら問題ないのだが、ほぼ真下に向かって掘ってしまうと巻き上げた土砂が重力に引かれて戻ってきてしまうのだ。

 結果として、こうやって自分が掘った大量の土やら砂利やらの中に埋もれてしまうことになる。

 まあ、薄々気付いてたからこれまではやらなかったんだが……死ぬほど重いロボットを担いでいく苦労を考えれば、こっちの方がマシだ。


 円盾をスコップがわりに邪魔な土砂をどけて、1人分の直射日光が当たるスペースを確保して、

「よし、こんなもんだな」

 所要時間およそ5分でロボ娘のための工事は終了した。

 あとはたったの数メートルだけロボットを動かせば俺の仕事は終わりだ。

 もう一度、ロボットの華奢な腰に腕を回す。

 距離はたったの数メートル。角度は水平で、完全に担ぎ上げる必要はない。手足を少々引きずったくらいで文句を言われる筋合いはない。

 大丈夫だ。何ならまだ時間はあるし2、3回に分けたっていい。だから、後先考える必要はない。全力でできる限り引っ張る。それだけだ。

 ──よし、やるか。

 色々と自分に言い聞かせて、いよいよ腕に力を込める。

「う、うごごごごご!!」

 あー、こういう時に魔法とか使えたらなぁ!



 鉄塊のように重いロボット少女のボディを押したり引いたり転がしたり、悪戦苦闘すること……何分だろう。体感では1時間近くやってたような気もするが、その割には太陽は動いてないし実際はそれほどでもなかったのかもしれない。

 ともかく、この世界に転生してからぶっちぎりで一番の重労働を終えた俺は、汗だくで床にへたり込んでいた。

 俺の苦闘の甲斐あって、少女型ロボットは20メートルの穴ごしに降り注ぐ日光を浴びている。

 光の柱の中で眠る少女というのは、まあなかなか絵になる感じだ。実際は少女じゃなくてロボットだし、眠っているというよりエネルギー切れで活動停止してるだけなんだが。

「……ったく、なんで俺はこんなことやってんだか」

 ぼやきながら水筒を取り出して軽くのどを湿らせていると、


 ぱかっ


 ロボット少女のツインテールが割れた。いや、咲いた。

 完全に飾りだと思っていた側頭部の2本の紡錘形――ラグビーボールをさらに引き延ばしたような形状のパーツが、それぞれ太陽の方に向かって立ち上がり、縦に裂けていた。

 つぼみのように開いたツインテールの内部からは、青緑色の薄膜が展開し、ハスの葉のような円形の構造が、太陽の光を求めるように伸びあがっている。

 ……なんというか、完全に予想外の光景だ。


「んん……おいしい……」

 頭からハスの葉もどきを2本生やした状態で、ロボ娘が口を開いた。

 続けてゆっくりとまぶたが開き、金属の目が俺を見た。

「……おや、あなたでしたか。意外ですね」

「それはどういう意味だ?」

「いやぁ、てっきり重すぎて放置されるかと」

 まあ確かにそうしてもよかったが……。

「まあ、その、なんだ、こんな地下深くに置き去りにしてもしょうがないしな」

「そう、ですか。おみそれしました、ありがとうございます」

 ……さっきまでは礼のひとつでも言えよという気持ちだったが、こうもかしこまられると居心地が悪いな。

「じゃあ俺はそろそろ……」

「待ってください! ついでにいくつか質問を!」

 おっと、急にぐいぐい来たぞ。

 まあ、さっきまでの重労働に比べれば少し話すくらいはどうってことないし、付き合ってやってもいいか。

「いいぜ。答えられることなら、だけどな」

「ではまず、今は何年ですか?」

 さっそく答えられない質問が来たぞ。

「暦とかはよく知らないんだが……そういえば、この遺跡は500年前のものだってのは聞いたな」

「やはり……では、遺跡ということは研究所にはもう誰も?」

「研究所ってのがこの上の建物なら、人間は誰もいないぜ。っていうか土の下に埋まってたからな」

「そうですか。……あれ? 土の下? じゃあこの穴は?」

「俺が掘った」

「えーっと、どうやって?」

「このツルハシで」

「んんん? スリープモードでも内部時計は動き続けるはずですが……故障ですかね」

 ……ここはあえて黙っておこう。


 会話の間にエネルギーの充填が済んだのか、植物の成長を逆再生するかのように青緑のハスの葉っぽいものはしぼみ、縮んで、元のツインテールパーツの中に収まった。

「ええと、それでは最後にひとつ、いえ、ふたつ」

 適当に頷いて続きを促す。ここまで来たらひとつもふたつも一緒だ。

「あなたのお名前を教えてください」

「俺? コウタロウだけど」

 いきなり名前なんかを聞いてどうするつもりなのか。

 その答えはすぐに明らかになった。


「それではコウタロウさま。あなたに仕えることをお許しいただきたいのですが」

 ……は?

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