穴掘りでもしてろってさ
「うわっ、なんだお前!?」
「どっから出てきやがった! ってか服着ろ服!」
気が付くと俺は、飯を食う男たちでごった返す大部屋に立っていた。付け加えると俺は全裸らしい。
とりあえず近くの男たちと話してみるか。いや、その前になんか隠すもの。
「悪い、何か着るものとかないか?」
「ああ? これでも巻いとけや」
飛んできたのはタオル、あるいは手ぬぐい。汗を拭くのにでも使っていたのか汚れっぷりがすごいが、大きさとしては十分なのでとりあえず腰に巻いておく。
「助かる。それで……ここは、なんだ?」
部屋を見た限りで分かることと言えば、やたらと筋骨隆々な男たちが集まって飯を食っているむさい空間だということくらいだ。……様子からして食堂だろうか。
「あん? 食堂だよここは」
やはり。
「ばっかおめー、そういうの聞いてんじゃないだろこういうのは。ここはあれだ、いわゆる『鉱夫宿』ってやつだな」
「コウフヤド」
「ああそうだ。こっからそこの鉱山まで毎日歩いてってツルハシ振るのさ」
なるほど、鉱夫か。
確かに女神っぽい女は一生穴掘りでもしてろ的なことを言っていた気がするし、話としては合う。
……別に鉱夫になることには特段抵抗もないし、試しに鉱夫になってみるか。
「俺も鉱夫になれるか?」
すると、一帯で笑いが巻き起こった。
「ぶわははは! お前が鉱夫になるだって? おい、自分の腕見たことあるかぁ?」
「ほっそい腕だぜ! ツルハシ持っただけで折れちまうんじゃねえか?」
「やめとけやめとけ! 一日で音を上げて辞めるのがオチだぜ!」
散々な言われようだが、流石にツルハシ持っただけで腕が折れたりはしないだろう。
「無理かどうかはやってみないと分からないだろ」
「ふひぃー、そうだな。まあやりてえならついて来いよ」
「その前に服だな! ナニにツルハシぶっ刺しちまったら大ごとだからよ! ぶはははは!」
爆笑の渦の中、俺は一人の鉱夫に連れられて部屋を出ていった。まったく、下品な連中だ。
膝下までのズボンと、長袖の服。あとは太いベルトとゲートルと靴。それが俺に与えられた服だった。下着に当たるものはない。というか下着の概念が庶民には存在していないらしい。
「下着もはいてない連中にあんなに笑われたのか……」
かく言う俺も同じ服装なので見事に連中の仲間入りを果たしたわけだが。
そして俺は、怒号とツルハシの音が反響しまくる暗くて狭い場所、すなわち坑道にやってきた。
「よーし、じゃあお前はここで鉱石を掘り出してろ」
俺が連れてこられたのは坑道内の、壁の前。よく見るとちらほらと白っぽい点や線が混じっている。
「鉱石っていうのはあの白っぽいやつのことか?」
「ああ、そうだぜ。ここらへんの壁をごっそり掘ってくれればいい。んで、ある程度溜まったらあの人に言え」
鉱夫のおっさんが指差したのはローブに仮面をつけた怪しげな人だ。どう見ても鉱山には似つかわしくない。
「何者?」
「魔術師さんだ。坑道を補強したり鉱石の運搬をしてくれてる。失礼のないようにな」
なるほどと俺は思わず感心した。そりゃ魔法がある世界なら、鉱山でも魔術師の手を借りない手はない。
「じゃあな、せいぜい頑張れよ」
おっさんの、いかにも期待してなさそうな声を聞き流し、俺はさっそくツルハシを振り上げた。
俺の本心も、実はそんなに俺自身に期待してはいない。人並みに働いてそれなりに稼いだ金でそれなりに楽しく生きていければいい、くらいの気持ちだ。
だが――
ズガァァン! と、ツルハシを振り下ろした瞬間にとんでもない音が鳴り響いた。
音だけじゃない。ツルハシが柄まで岩に刺さったかと思うと、周囲に亀裂が走り、爆薬でも仕掛けてあったのかという勢いで周囲へ飛び散っていった。
「……なんだこれ」
思わず呟いていた。だが驚いたのは俺だけではない。すぐさま鉱夫のおっさんも駆けつけた。
「おまっ……バカ、なにやってんだ!? いや、えぇ? なに!?」
何と聞かれても。
だがまあ無理もない。俺がツルハシを振り下ろした点を中心に、直径2メートルほど壁がえぐれているのだから。ついでに掘り出された石は全部後ろへ吹き飛んでいる。……近くに人がいなくてよかった。
「あー……とりあえず、掘れたぞ」
「……お、おう、そうだな」
「うわぁー、今の音ってこれ? すっごー!」
と、今度はローブに仮面の魔術師が駆け寄ってきた。どうやら声からして若い女のようだ。
「ああ、俺がやった」
「すごいねー! あ、ちょっと離れててね。『ゴーレム起動』っと」
歓声もそこそこに、女魔術師は端的な掛け声のようなものを唱えた。
すると、ガコンガコンと騒音を立てながら俺が今掘り出した石たちが一点に吸い寄せられるように集まっていき――あっという間に身長2メートルはありそうな石人形を組み上げた。ゲームとかでよく見るゴーレムというやつだ。
思わず俺は歓声を上げていた。
「すっげえ」
「分かるぞ、すげえよな。魔術師さんがああして俺らが掘った石をゴーレムに変えて動かしてくれっから、俺らは掘ることだけに集中できるんだぜ」
そういう意味のすげえではないんだけどな。まあ掘った鉱石をゴーレムにしてしまうという発想もすごいといえばすごいが。
そのままズシンズシンと歩き去るゴーレムを見送ってから、俺は鉱夫のおっさんに向き直る。
「さて、次の仕事は?」
「あー……次はこっちだ」
大体一時間くらいだろうか。俺はおっさんに指示されるままにツルハシを振り回してズガンズガンと岩を粉砕しまくり、「ちょっと早いが昼にするか」というおっさんの若干ビビったような声でようやく手を止めた。
昼食はパンとスープと肉。特に肉は塩味が効いていてなかなかのものだったが、まあそんなことはどうでもいい。
それよりも。
「すげえなおめえ! めちゃくちゃすげえじゃねえか!」
「ドカドカ掘りまくってよぉ、ほんとすげえぜお前はよ!」
「ちょっとは手加減してくれよ。俺たちの仕事なくなっちまうぜ」
「にしてもお前すげえな! 何なんだありゃ」
この手のひらの返しようだ。
まあ俺も人間だしここまで褒めちぎられれば悪い気はしない。少々誉め言葉の語彙力が足りない気はするが。
「なんか、女神みたいなのに『鉱夫になれ』って言われてな。多分そのせいだろう」
勇者になる予定だったというのはあえて伏せておく。ろくなことにならない予感がしたからだ。
だが嘘はついていない。実際、謎のスーパーパワーはあの女神っぽい女のおかげだろう。
「おめえそれ転生の女神様じゃね!? 吟遊詩人がよく言ってるあれじゃねえかよ!」
「すげえ……鉱石掘りのために生まれてきた人間だ……」
……嬉しいのは嬉しいが、なんか微妙な気分だな。
と、俺が複雑な感情を抱いたところで、二人の人間が歩いてきた。一人はさっきまで俺にマンツーマンで付いていた鉱夫のおっさん。もう一人は、八割白髪のひげもじゃのじいさんだ。
「おい、お前。っていうか名前聞いてなかったな」
「コウタロウだ」
「そうか。じゃあコータロー、お前は午後から坑道掘りに回れ」
「坑道掘り?」
いまいちよく分からん。
「うむ、そうじゃ。お前さんの腕を見込んでな、鉱石掘り出すより、坑道を伸ばしてもらう方が全体の効率が上がると思うのじゃ」
案外しっかりした口調でじいさんはそう答えた。
要するにポジション変更みたいな話だろう。聞いた感じ特に問題はなさそうだし、従っておくとするか。
「いいぜ。掘れるならなんでも」
そう答えると、じいさんの目が白髪の奥で光った、ような気がした。
「決まりじゃな」
「ですな」
少しだけ嫌な予感がしたが、まあなんとかなるだろう。
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