秘密体育館

3-1

 私、羽場心湖はばここはドッジ王国の桃治とうじココ姫だった!

 衝撃の事実を思い出した日から一晩明けた。私は学校で落ち着かない時間を過ごした後、海道かいどう君の家を訪れた。どこにでもありそうな五階建てマンション。オートロックの扉を通って中へ。

「どうぞ」

 海道君は一階にあるドアを開けた。でも、表札が「海道」じゃなかったよ?

 中にある廊下を少しだけ進んだ先に、二番目のドア。また海道君が開けると――

「「「お帰りなさいませ、姫!」」」

 おお?

 ドアの先は広々とした部屋で、天井も高い。お姉さんが何人もならんで立っていて、みんなメイド服。こんなの着ている人、テレビでしか見たことなかった。

「な……何なの?」

「マンションはカムフラージュ。中でつながっていて、王国のものが集まって暮らしている」

 集まってって、どうして? それは聞くまでもないか。

 一番若い顔のメイドさんが泣いている。私たちより少し年上で、中学生くらい。

「王国を出てから四年半、ようやく姫が……!」

 みんな私を待ってくれていた。そう思うと、私も泣いてしまいそうになる。

「マオ、泣いている場合ではありませんよ。お渡しするものがあるのでしょう?」

 二十代くらいのメイドさんがなぐさめて、マオさんというメイドさんは涙をぬぐった。私にしずしずと歩いてくる。

「姫がお戻りになったら、これをお渡ししようと思っていました」

 差し出してきたものは桜色のお守り。白いイノシシのししゅうをしてある。何でイノシシ?

「お忘れですか? 王国には、干支のお守りを肌身離さず持つ習慣があるんです。干支が大事にされていますので。トンデモドッジの人数も、干支と同じ十二人でしょう?」

 そうだったのか……私にはわからない。記憶がそこまで戻っていないせいなのか、五歳までしか王国で暮らしていなかったから元々知らなかったのか。

 私がお守りを受け取ると、マオさんは自分のポケットをさぐった。取り出したものは、サルのししゅうがあるお守り。

「ほら。私も持っています。本当は中身を出したらダメなんですけど……」

 お守りの中から出したお札には「森マオ」と書いてあった。私のも開けてみると、中には「桃治ココ」と書かれたお札。

「ぼくも持っている」

 海道君や他のメイドさんも同じようにお守りを出してみせる。海道君は私と同じで白いイノシシ。同い年だからだ。他のメイドさんはネズミだったりトラだったりヒツジだったり。

「白じゃなくて金色の人もいるけど」

「うるう年生まれだからです」

 マオさんが顔を向けたのは、金色ネズミのお守り。自分のお守りも金色のサル。

「王国を作った桃治屯出右衛門とんでえもんがうるう年の二月二十九日生まれだったといわれていることにちなんで、うるう年がある子年・辰年・申年のものは金色のししゅうにするんです」

 なるほど。うるう年は四年に一度で、干支は十二匹組。十二は四の倍数だから、同じ干支の年にうるう年が回ってくる。

「あの……マオさんは、いくつ?」

「私は十三です。姫よりは三学年上になります」

「私よりちょっと年上……海道君もそうでしたけど、普通の話し方を……」

「それはできません」

 マオさん、きっぱりと答えた。他のメイドさんたちもうなずいている。

「クウヤは同い年の友だちということでいいですが、私たちは別です」

 そういうものなのかな。先輩なのに。

「私が三年のときの六年……あれ、前に会ったことないです?」

「あの日のこと、覚えていてくださいましたか!」

 マオさん、目をものすごくキラキラさせ始めた。

「ドラ息子が姫をからかっていて! 私はつい手が出て、こぶしで頭にゴーンと!」

「ドラ息子?」

「元大臣の息子さんに付けられたあだ名です。王国では有名ですよ」

「つまり、大仁おおひと君……ああ!」

 私は、マオさんといつ会ったのか思い出した。あのときは助けてもらえてうれしかったけど、急だったのでびっくりしてもいた。

「私以外にも、姫と関わりがあったものはいます。たとえばクウヤは……」

「ココ、そんなことより練習だ」

 海道君はマオさんの言葉をさえぎって、立てた親指で奥を示した。わかっていますって!

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