2-6
「ツグミちゃん……?」
私が学校で一番仲よくしているツグミちゃんは、いつも笑顔なのに今は青ざめている。
実をいうと、そうじゃないかって気がしていた。コウモリ仮面の人は投げる前にボールを地面へついたときがあって、仕草がツグミちゃんそっくりだった。
私もツグミちゃんも、凍りついたように動けない。海道君は苦い顔をしていた。もしかすると気づいていたのかもしれない。
大仁君は、私とツグミちゃんの様子を見てバカ笑いする。
「おどろいたみてえだな。こいつはおれの手下だ!」
「ツグミちゃんは、私と仲よくしてくれてて……」
私はうなされるようにつぶやいた。大仁君の笑い声にかき消される。
「芝居だったんだよ! お前が見てきた山瀬の家も親も偽物! お前と友だちってのも嘘! お前の記憶が戻り始めたらすぐ知らせるためのな!」
芝居、偽物……嘘?
私には、考えないようにしていたことがあった。
海道君が私のあざについて気づいたのは、昼休みにげた箱の辺りで見ていたから。じゃあ、大仁君は? あざを見た人に教えてもらったから……
「あの、あたしは」
ツグミちゃんが、戸惑った顔で口をはさもうとした。大仁君ににらまれてだまる。
「おれがしゃべってるときに口を開くんじゃねえ! ザコはとっとと外野に行け!」
ツグミちゃんがしゅんとしたまま外野に出て、四対五。ボールを持っているのは大仁君で――
「隙あり!」
――すぐさま私に投げた! いつもボールが来ると固まってしまう私だけど、今はツグミちゃんのことにおどろきすぎて反応すらできない。
「させないといっている!」
また海道君がかばってくれた。ボールを受け止める。
ギャーーーーーッ!
でも、すぐにアルマジロがあばれてしまった。かまれて、ホイッスルが鳴る。
三対五だ。こっち側は、元から役に立たなくて動揺までしている私とドッジロイド二人だけ。
このまま全滅負けで嫁入り決定? どうにか巻き返せば……でも、そろそろ終了時間が来る。
「落ち着いてください」
海道君は外野へ出る前にささやきかけてきた。
「お忘れかもしれませんが、あなたはご両親からトンデモドッジについて教えられつつ育ってきたのです。きっと大丈夫」
そんなこといわれても……
私の動揺がおさまらなくても試合は続く。残った味方ドッジロイドの片方がボールを外野にパス。でも、敵ドッジロイドにあっさり止められてしまった。
投げ返されて、狙われた味方ドッジロイドがかわした。
ボールは敵の外野へ。拾ったのはツグミちゃん。身構えて、狙ったのは私。
私は固まってしまった。いつものことのせいだけじゃない。
ツグミちゃん、手加減なし? この試合には私の嫁入りがかかっているのに。大仁君がいったとおり、友だちだと思っていたのは私だけで……
ボールが飛んできた。私に当たった。私の頭に。
今日、二回目……私は火花が散る錯覚を感じながら倒れた。
普通のボールよりもずっと痛い。めまいがする。審判がホイッスルを鳴らして、試合中断。
普通のドッジと同じで、頭に当てられた場合はノーカウント。駆け寄ってきた審判に、大丈夫かって尋ねられた。
「大丈夫……」
私は立ち上がって、審判に手を差し出した。
またあばれるって考えると怖いけど、ボールを受け取った。すぐ大仁君に投げる!
「ほれ、取れ!」
大仁君は、また味方を盾にした。敵ドッジロイドはボールを受け止めて、私に向かって構える。
その後ろで、大仁君がにやついていた。
「すごくいらついてるはず! もうあばれるぞ!」
ボールが私に飛んできた。
私はそうされると固まってしまう。固まらなかったとしても、大仁君のいうとおりなら受け止めた瞬間にあばれてアウト。
(取るコツは、ボールの正面に回ること)
私はその言葉を心の中で響かせつつ、ボールを受け止めた。
大仁君は不思議そうな顔をしたけど、すぐまた笑った。
「偶然取れたか! でも、そいつはもうあばれ……る……?」
おどろいた顔に変わる。
「どうしてあばれねえんだ?」
「なだめたよ」
私は、きっぱりと答えた。ボール――アルマジロの背中をさすりながら。
「アルマジロドッジのときは、審判のなだめ方をよく見ておくこと。お父さんがそういってた」
お手本は審判が何度も見せてくれた。後はそれをマネすればいい。
「お父さんとお母さんが教えてくれたこと、自分が何だったのか……いろいろ思い出したよ!」
私はボールを思いきり投げた。その先には敵ドッジロイド。
ギャーーーーーッ!
敵ドッジロイドは受け止めたけど、すぐにアルマジロがあばれてアウト。三対四。
私のマネは完全なコピーじゃない。審判と同じようにやるのはむずかしい。それでもキレる瞬間を少しだけ先に延ばすことはできる。
「くそっ! まぐれだ!」
大仁君は審判がなだめたボールを受け取ると、すぐ私に投げてきた。
これだ――五年前の私はボール状態のアルマジロを頭に食らった。そして、記憶を失った。
(うまく止めれば、食らってひどいことになったりしない。怖がらなくていい!)
記憶が全部戻った感じじゃない。自分が桃治ココ姫なのか、小学生羽場心湖なのか、よくわからない。生まれてから半分くらいはお姫様やっていなかったから当然。でも、試合をするなら今の状態でも十分。
私はボールを受け止めた。もちろんなだめてあばれないようにしながらだ。すぐさま投げ返す。
ギャーーーーーッ!
受け止めた敵ドッジロイドはやっぱりあばれられてアウト。これで三対三! ならんだ!
審判がアルマジロをなだめて、大仁君はイライラした様子でひったくる。
「調子に乗るな! バカココ!」
私に投げてきた。やっぱり私は軽く受け止めてなでなで。何度やっても同じ。
大仁君もなでればいい。でも、なだめられるのは動物に慣れている人くらい。私と一緒に犬やネコをかわいがるツグミちゃんならできる? さっき身代わりで外野に出させちゃったけど。
「こんなはずじゃ……!」
私は、あせっている大仁君に投げつけた。
大仁君はまた誰かに隠れようとしたけど、そうできる仲間は減っていた。隠れられない。
受け止めることに切り替えようとしても、とっさだからうまくできない。ボールは大仁君の胸に当たって、大仁君の手前にはねて、地面に落ちた。
試合終了のホイッスルが鳴ったのは、その直後だった。
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