第22話 アホ淫魔、思わぬ再会!#10

 フォアグラを食った次の日。


 4時限目ともなれば空腹で集中力を欠く生徒が目立ち始める。ましてや俺の場合、席は窓際。春の陽気に当てられて、空腹の他に睡魔まで襲ってくる。

 幸い今は自習だ。なので遠慮なく、俺は全てを睡眠時間に充てることにした。

 前の江口は教科書を出しているが爆睡中。後ろの玲緒奈は中間テストに向けて勉強中。優等生とバカはこういうところで差がつくんだな。俺も人のこと言えないけど。

 しかし、今の俺は腹ぺこで眠い。このまま勉強しても効率が悪いのは明白。ならば少しでもコンディションの回復に努めるべきだ。

 誰へ向けてか分からない言い訳をし、夢の世界へと旅立とうした時。

 がらがら。教室の扉が開き、入ってきた人物を見て俺はあっと声を上げそうになり、すんでのところで抑えた。


「これから授業を始めます!」


 そう言って教壇に立ったのはルフィーナだった。

「何故ルフィーナさんがいらっしゃいますの?」

 後ろの玲緒奈が訊いてくる。

「俺が聞きたいよ」

 本当に何でいるんだ!

 俺の疑問はクラス共通のようで、皆がざわついている。ルフィーナはそれに構うことなく、物珍しそうに教室を眺め――俺と目が合った。

 ルフィーナが近づいてくる。

「今、何の時間なの?」

「日本史だよ。お前何しに来たんだ。だいたい授業なんてできんのか?」

「日本史なら大学でやったから平気よ。教科書は……この子寝てるなら借りてもいいわよね」

 そう言って爆睡している江口の腕から教科書を抜き取った。

「今日は戦国時代をやります」

「先生、そこは昨日やりました」

 誰かの指摘に、ルフィーナは首を横に振った。

「他の時代はつまらないわ。じゃあまず、何で室町時代が終わったかって言うとね――」

 こうしてルフィーナ先生による、日本史の特別授業が始まった。


 キンコンカンコーン。

「この時の信長は――って、もう終わり? 大学ならあと半分くらいあるわよ!」

 ここは高校だよ。

 学食組は購買に向けてダッシュ。弁当組は机をくっつけ、または椅子を引っ張って弁当を広げる。廊下もざわつき始め、学校全体が昼休みの雰囲気へシフトしていく。


「あいつ、もう教師やれよ」

 俺は教科書を片付けながらぼやいた。ルフィーナは途中で終わって不満そうだが、俺たち生徒は満足していた。

 おっぱいや尻をチラ見せして男子の票を集め女子からヒンシュクを買ったりしていたが、総合的には好評だったと思う。

 まず、小学生向けかというくらい話が分かりやすい。

 要点だけをまとめ、難しい言葉は置き換えて簡単に説明、それでいて押さえるべき箇所は丁寧に解説する。話すルフィーナのテンションにも強弱があり、普段の退屈な授業とは違って誰もが話に耳を傾けていた。俺もその1人で、ずっと聞いていたいとすら思えたほどだ。

「京也さん。ルフィーナさんを放っておいてよろしいんですの?」

 玲緒奈が、教壇で男子生徒に囲まれるルフィーナを見て訊いた。

「まさか。事情は聞かせてもらう。けど、今はマズい」

 最初に近づいてきた時以外、あいつは俺とは赤の他人のように振る舞った。そうしてほしいという俺の意図を汲んでのことかは知らないが、自ら関係をバラす必要はない。

「では、わたくしが生徒会室まで誘い出しますわ。京也さんは時間をずらして来てくださいまし」

「助かるよ」

「お気にせずともよろしいですわ」

 玲緒奈はルフィーナの元に近づき、二言三言話して2人で教室から出ていく。


「……んん。あれ、授業終わったのか?」

 彼女たちを見送っていると、目の前の男がようやく目を覚ました。

「お前、ずっと寝てたのかよ」

「昨日は徹夜だったからな。……俺の教科書は?」

 伸びをしつつ答えた江口が、落としたかと床に視線を彷徨わせる。

「前だよ。教卓にある」

 教卓の近くにいた男子たちから教科書を受け取った江口は、不思議そうな顔で戻ってきた。

「あいつら、いきなり俺を慰めてきたんだけど、何かあったのかよ?」

 哀れ江口。お前はこのクラスで、唯一ラッキーを逃した男だよ。

 そのうち知らされて、自らの行為に後悔し涙を呑むだろう。俺が言うまでもない。

「さぁな。俺、呼び出し食らってっから先に飯食っててくれ」

「あぁ、分かった」

 教室を出た俺は、初めて玲緒奈のノーパンに気づいた階段を下り、生徒会室に向かう。

 扉をノックすると、玲緒奈の声が聞こえてきた。

「どなたですの?」

「俺だ」

「開いていますわ」

 中に入ると、パイプ椅子にそれぞれ座った玲緒奈とルフィーナがいた。

「どうぞ、かけてくださいまし」

 ルフィーナの向かい側に座る。彼女は俺と玲緒奈を交互に見てから、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。

「お、怒ってる?」

「いや」

 驚きはしたが。何かやらかしたわけでもないし、怒る理由はない。

「何で来たんだ?」

「面白そうだったからよ。あなたの言う通り、本当に魔界の高校と変わらないのね」

 では何故、俺たちのクラスに来たのか。狙ってきたのかと思ったら、そうではなかった。

「あなたが私との関係に気づかれたくないのは知ってたわ。そこで! 頭のいい私は教師として潜入しようと考えたのよ」

 どこが頭いいんだよ。誰でも思いつくわ。

「けど問題があったの。そう、どの教室にも先生がいたのよ。だから先生がいない教室を探した結果、あなたの教室に入ったってわけ」

「よし分かった。今すぐ帰れ」

「いいじゃない、もうちょっといても」

「ちっともよくねぇ! いいか、お前が何かやらかしたら巻き添え食うのは俺だし、もし教師に見つかったりでもしたら――」

 がらりと扉が開く。

「姫城さん、ここにいたのね。今日の生徒会につい、て……」

 その時の俺は、多分人生で一番驚き、動揺していたと思う。

「く、クレア先生……」

 視線が合ったその一瞬が、俺には永遠にも思えた。

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