終わる世界の物語【短編】

くま猫

破界と再世の少女

 ある世界に神々の寵愛ちょうあいを一心に受けた

 銀色の髪をした美しい少女。

 少女の名はソフィア。



 少女が生まれた世界は慈愛と

 光に包まれた世界であった。



 その世界では美しい花々が咲き誇り、

 瑞々みずみずしい樹々には鳥がさえずり、

 人々は互いを思いやる。



 ――――真に愛と光に満ちた世界であった



 少女が生を受けた世界はビオトープ神々が管理する匣庭

 天界であった。



 ビオトープ神々が管理する匣庭には死や苦の概念が存在せず、

 美しい花や樹々と生物、慈愛と善意

 のみが存在する世界であった。



 完全に秩序と調和が取れた神々に

 よって創られた匣庭の世界アヴァロン

 少女の過ごした世界は楽園であった。



 ソフィアという少女は

 特殊な出自をもった少女ではない。



 両親からのあふれんばかりの無償の

 愛に包まれて育ち、美しい物、

 周りの人間の慈しみに支えられ、

 何不自由なく育ってきた。



 だが、少女にとっては両親からの

 無償の愛も、咲き誇る美しい花々、

 さえずる美しい鳥の鳴き声、

 聴こえる音、瞳に映る世界その全てに

 心動かされることはなかった。



 ――――ゆえに、少女は常に孤独であった。



 ここは天獄。

 神によって管理された理想的なディストピア。

 熾天使セラフィムによって管理された

 操り人形達の理想郷ディストピア



 少女にとっては目をつぶ

 暗闇の中で静寂を想う

 ことだけが唯一の安らぎであった。


 少女は静寂を愛し、

 また静寂も少女を愛した。


 やがて静寂は少女に魅入られ

 少女の願いを叶えてあげようと考えた。





 少女――ソフィアの願いは一つ。

 それはビオトープ神々が管理する匣庭の死。


 それは上位者熾天使セラフィム

 に対する明確な叛逆を意味する。


 少女の想いを叶えるため

 静寂は少女と一つとなった。






 少女が愛でた花は枯れ、樹は腐り落ち、

 やがて鳥のさえずりも聞こえなくなり、

 少女が触れた湖は強酸の沼に変質した。


 少女が関わる全ては静寂に包まれた。

 少女を愛した両親も、少女に親しくしていた

 周りの人間も人形のように動かなくなった。


 少女は静寂に包まれ理解した。

 私が真に求めていたのは

 この景色だったのだと。


 枯れ果てた花園、強酸の沼、腐りゆく死骸

 そのすべてに少女の胸は高鳴った。

 少女はこのときに生まれてはじめて

 美という概念を理解した。


 少女によって生まれた概念――死。

 辺獄リンボパンドラに封じられた概念。





 少女はこの世界の全てにとって自身が

 異物ウィルスだということを理解していた。


 この世界の意思は体内の異物ウィルス

 排除するかのごとく少女を滅ぼさんと動いた。


 管理された世界ビオトープ神々が管理する匣庭には

 殺意や憎悪という概念が存在しなかった。

 そう――ソフィアが生まれるまでは。


 新たな多様な概念の萌芽ほうがに少女は歓喜した。


 ビオトープ神々が管理する匣庭を管理する

 この世界の管理者である熾天使セラフィム

 初めて畏れという概念を理解した。




 熾天使セラフィムによって少女を

 討つため遣わされた智天使ケルビム

 は少女によって塩の彫像にされ死に絶えた。


 永劫えいごうの時を刻む神にはあり得てはいけない死。

 それが一人の少女によりもたらされた。


 死という概念を理解したビオトープ神々が管理する匣庭

 の人間たち操り人形理想郷ディストピア

 を管理していた者達を襲い、虐殺した。




 ――匣庭ディストピアの破壊と創世の七日間




 神々を滅ぼした匣庭の住人糸の切れた人形は、

 次は同族である人間を互いに憎しみ殺しあう。

 醜悪な――否。これ以上なく美しい光景。


 彼らが愛と慈しみに包まれていたのは

 ただ、知らなかっただけなのだ。

 死、殺意、憎悪といった概念を。


 そのかせが外れたいま、

 彼等は檻から放たれた獣に等しかった。

 ビオトープ神々が管理する匣庭の終焉。





 これこそが少女の求めたもの。

 武力真理啓蒙武による虚構の破壊であった。



 少女は神々を滅ぼし、次は互いを

 殺しあう人間の群れを一瞥いちべつし、


 ただ清らかに讃美歌サルムうたうのであった。

 その姿は天界に坐する神そのものであった。





 少女はこの真理を伝導するため

 多元世界を渡ることを決意した。


 これは異世界に終焉をもたら

 神が誕生した時の最初の物語である。

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