第3話 この変な剣をどうにかできませんか!
突然ヴァルトルーデが実家に戻ってきて家族全員が驚いた。
そして、アルマからの説明を聞いて憤慨する。ヴァルトルーデに非がないことは火を見るより明らかだからだ。しかし同時に、多数の格上爵位家を敵に回し、更には侯爵家の子弟を傷つけたことを知ると、自分達ではどうにもできないことに悲嘆した。
この話を聞きつけたクラーラ院長も心配してベルネット邸にやって来た。すっかり気落ちしたヴァルトルーデを見てクラーラ院長は心を痛める。
「ヴァルテ、さぞ辛かったでしょう。今はゆっくりと休んで、心身共に癒やしなさい」
「ありがとうございます。それで、クラーラ院長にひとつお願いがあるのです」
「何でしょう? わたくしにできることでしたら何でも言ってください」
ヴァルトルーデは修道院でしばらく滞在したいことを申し出た。自宅も落ち着くが、一生懸命費用を工面してくれた家族に無断で退学してしまって顔を合わせづらいからだ。
クラーラ院長はそのお願いを快諾した。今は本人の好きにさせてやるのが一番だと感じたからだ。両親の説得にも同席して協力する。クラーラ院長がそこまで言うのならばと、両親は承知してくれた。
こうしてヴァルトルーデはアルマと共に修道院で過ごすことになった。
身分はかつてのクリスティアーネと同じく客人扱いだが、貴族の礼儀作法や嗜みを学ばないとなるとやることがなくなってしまい暇で仕方ない。それが我慢できなかったヴァルトルーデは、初日から雑用を手伝った。
「お嬢様、今日からあたしが雑用の師匠です! しゃべるときは必ず最初に『サー』と付けてください!」
「さ、さぁ?」
かつて孤児達と一緒に雑用をしたことはあったものの、ヴァルトルーデの雑用スキルはお子様レベルだ。そこでアルマに師事することになったわけだが、何か変な方向でノリノリになっていた。
実はアルマなりに傷心のヴァルトルーデを立ち直らせようとした気遣いなのだが、残念ながらその思いは伝わっていなかった。
ただ、周囲の気遣いもあって、ヴァルトルーデの表情に少しずつ笑顔が戻ってきたのは事実だ。このままいけば、そう遠くない将来に立ち直ってくれるだろうと誰もが期待する。
そうして、二人が修道院に身を寄せて一ヵ月が過ぎたときに、あの事件が起きた。
疲れ切った体を引きずるようにして、ヴァルトルーデとアルマが地下から出てきた。陽光がまぶしくてどちらも目を細める。
「お嬢様、これからどうします?」
「まずはクラーラ院長に事情を話しましょう。このまま放っておいて良いとは思えません」
トゥーゼンダーヴィントとオゥタドンナーは伝説に残る剣らしい。二人ともそんな話は初耳だが、もしかしたらクラーラ院長は知っているかもしれないと期待しているのだ。
二人が相談をしていると、祭壇が元の位置に戻るべく動き始めた。重い石を引きずる鈍い音が周囲に響く。
「お嬢様、クラーラ院長にお話しするのはいいんですけど、どうやって信じてもらいます? このままですと、何も証拠がないですよ? あの剣も置いてきたままですし」
トゥーゼンダーヴィントの話が本当ならばわざわざ持ち回る必要はないと判断したわけだが、本音はできるだけ関わりたくなかったからである。
「そうね、どうしましょう。あれ、刻印が消えている?」
ふと気になって自分の両手の甲に視線を向けると、あの複雑な模様をした刻印がきれいさっぱり消えていた。
「ホントですね。祭壇も元に戻っちゃいましたし、これで証拠が全部消えましたよ」
たった今、祭壇が元の位置に戻り終えたところで石のこすれる音が止む。アルマの言う通り、これで示せる証拠はなくなった。
「もう疲れました。一度部屋に戻って休みます」
「そうですね。あたしも考えるのに疲れました」
余計なことをしたばかりに散々な目に遭った二人は、肉体的にも精神的にも休息を必要としていた。掃除も一応終わっているのだし、今日はもう切り上げでもいいだろう。
祭壇の下の面倒な場所と物理的に往来できなくなった安心感から、二人は完全に気を抜いてヴァルトルーデにあてがわれた客室へと戻る。
するとそこには、あの剣どもが鎮座していた。
『おお、戻られたか』
『あるじー、敵を切りに行こうぜ!』
聞きたくなかった声を聞いた瞬間、ヴァルトルーデは膝をついた。アルマも脱力してしまい、自分のご主人様を支えるのを忘れている。
「どうしてここにいるのよぅ」
『先ほど伝えたではないか。我は常に主と共にあると』
一晩もすれば戻ってくると言っていたので今日は大丈夫かなと思っていたが、二人の思惑は甘かったらしい。当然のように室内に居座っているのが憎らしかった。
「お嬢様、予定変更です。こいつらを持ってクラーラ院長のところへ行きましょう。あたし達だけじゃどうにもできません」
「そうね。クラーラ院長に助けてもらいましょう」
修道院に戻ってきて以来初めて心が挫けそうになるのを耐えながら、ヴァルトルーデは再び立ち上がった。
何とか気力を振り絞ってトゥーゼンダーヴィントを手にしたヴァルトルーデは、クラーラ院長の部屋に向かった。この時間なら何もなければ書類整理をしているのを知っていたからだ。ちなみに、オゥタドンナーはアルマが雑に持っている。
幸いクラーラ院長は自室にいた。許可をもらって中へと入る。
「ヴァルテ、アルマ、この剣はなんですか?」
目の前の机に置かれた剣ふたつを怪訝そうに見つめたクラーラ院長が問いかけてくる。
「実は、この剣に関することでクラーラ院長にご相談したくて来たのです」
「どのような相談ですか?」
「実はこの剣、祭壇の下にあった隠し通路の奥にあったものなんです」
「は?」
呆然とするクラーラ院長にヴァルトルーデが事の次第を説明した。自分だったら簡単には信じられないだろうなと思いつつも、体験したことを話す。祭壇の下にあった地下空間、剣との出会い、そして自分の両手の甲に現れた刻印もすべてだ。
話を聞いたクラーラ院長は目を閉じてこめかみを軽く押さえた。珍しく相当困っているらしく、すぐには言葉が出てこないようだ。
「トゥーゼント、オゥタ、ご挨拶なさい」
『我はトゥーゼンダーヴィント! 魔を切り裂く聖剣である!』
『儂の名はオゥタドンナー! 主と共に敵をすべて切り伏せる魔剣だ!』
ヴァルトルーデに応じてどちらの剣も名乗りを上げる。しゃべる剣など初めて見たクラーラ院長は絶句した。
『む、反応がないな』
『儂達に恐れおののいておるのだろう』
「まさか本当にあったなんて」
かすかな呟きであったが、ヴァルトルーデはクラーラ院長の言葉を聞き逃さなかった。安堵の表情を浮かべて詰め寄る。
「クラーラ院長、この剣についてご存じなんですね!」
「ええ。ただ、わたくしだけではどうにもできませんから、しかるべき方に相談します。それまでは」
『我は常に主と共にあるぞ』
『あるじー、早く敵を切りに行こうぜ!』
二人の話に割り込んで自己主張する剣ふたつ。どうせ一晩するとヴァルトルーデの元へと戻るのだが、無闇矢鱈に引き離されるのは好まないようだ。一方は本能のままに叫んでいるようだが。
「他にも言いたいことはたくさんありますが、とりあえずはその剣を失わないように保管しておいてください」
クラーラ院長に預かってもらえることを期待していたヴァルトルーデだったが、その思惑は剣達に阻まれてしまう。仕方なく、少し涙目になりながもヴァルトルーデはクラーラ院長の言いつけに頷くしかなかった。
部屋に戻って壁に剣を立てかけると、ヴァルトルーデは椅子に座った。精神的には最近では珍しいくらいに疲れているようだ。
「アルマもお茶を入れ終わったらそちらの椅子に座って。あなたもかなり疲れたでしょう」
「ええもう本当に。主に精神的にですが」
二人揃って剣に視線を向けると大きくため息をついた。これからどうするべきかいきなり考えさせられることになってしまい、どちらも大きく困惑している。
「剣なんて扱えない私が、こんなのを持っても仕方ないというのに」
「どうせ偉い方に取り上げられるんですから、深く考えなくても良いのではないですか?」
この剣がどれほどのものなのかは未だにわからない二人だったが、クラーラ院長の様子から何やら曰くありげな代物だということは予想できた。そうなると貧乏貴族の、王立学院を追放同然で退学したご令嬢にどうこうなどできるはずないことも理解できる。
「そうかもしれないけれど、勝手に取り出したことを咎められないか心配なの」
「クラーラ院長でさえ知らなかった隠し部屋から取り出したところで、誰も怒らないでしょう。それよりも、これを引き渡す条件交渉をしましょうよ。多少なら融通を利かせてくれるかもしれません」
非常に実利的な考えをアルマが披露した。商家出身なことだけはある。
『我等を売り飛ばそうとしても無駄だ。先ほども伝えたように、どれだけ離れていようとも、一晩もすれば我は主のそばに戻ってくるぞ』
「あ、だったら誰かに売りつけてから、あんた達が戻ってくるってこともできるのよね? それって一晩じゃなくて三日ほど経過してから戻ってくることってできる?」
『そなた、よくそんなひどいことを思いつくな』
『貴様いつか背中から刺されるぞ』
アルマのあんまりな考えに聖剣と魔剣もドン引きである。これは商売人というよりも詐欺師の思考だ。
『それよりも、主は見たところ修道女ではなく貴族の子女であるようだが、なぜ修道院に滞在しているのだ? どこかへ向かう途中なのだろうか?』
『儂は敵さえ切り伏せられたら何でもいいぞ』
トゥーゼンダーヴィントが話題を変えてきた。思惑はわからないが、ヴァルトルーデの境遇に興味があるらしい。オゥタドンナーは相変わらずである。
「あー、それは今ちょっとねぇ」
「アルマ、構いません。話しても差し支えありませんから。それよりも、私の気持ちを整理するためにも聞いてもらいましょう」
微妙な表情のアルマをやんわりと制して、ヴァルトルーデが現在の境遇とその原因を語り始める。。冷静に語っているつもりでも若干気落ちした様子のご主人様を不安そうに見るアルマだったが、何とか最後まで語りきった。
話を聞いたトゥーゼンダーヴィントは大変憤慨した。
『それはひどい! 主に振られたからといって襲っただけでも恥ずべきことなのに、返り討ちにあったら言いがかりで王立学院というところから追放するとは! なんたる卑劣! 主よ、名誉を回復するためにも、その非道な者達を成敗しましょう!』
出会いはひどいものだったが、純粋に自分のことを心配してくれているトゥーゼンダーヴィントの思いをヴァルトルーデは嬉しく思った。それを成敗に直結させるところはさすがに受け入れられないが。
元々お堅い騎士のような性格をしていることは既に理解しているので、憤る聖剣を二人は微笑ましく見つめた。
『なんだ、ちゃんと敵がいるのか! 主よ、どうせ腐った連中なんだろう? そんな奴等は生かしておいてもいいことなんてないから、さっさと切り伏せてしまおうぜ! なぁに、儂を抜けば復讐など簡単に済ませられるぞ!』
一方、オゥタドンナーの方は、どう控え目に聞いても自分の欲望を満たすためにヴァルトルーデを利用する気でいるとしか思えない。一応名目は考えているようだが、欲望がだだ漏れ状態で全然隠せていなかった。
最初っからこんな奴だとは知っていたので今更だが、二人はため息をついた。
『オゥタよ、そなたもっと自分の欲望を隠さんか』
『ふん、どうせやることは同じではないか』
身も蓋もない主張である。
「トゥーゼント、ありがとう。何かあるときは、あなただけを持って行くことにします」
『うむ、それがよかろう、主よ!』
『待て待て待て! 儂は!?』
「あんたみたいな危険思想の持ち主、危なくて持ち歩けるわけないでしょう」
慌てるオゥタドンナーに冷ややかな突っ込みをアルマが入れる。常識的な判断だ。
『して、主よ。その卑劣な者共はどこにいるのだ?』
「王都です。ここから遠く、今の私達では行けない所です」
『それは残念』
『なぁ、アルマ、貴様からも主に頼んでくれんか。儂、ちゃんと我慢するから』
「あんたがもっと反省したらね」
『したした、もう反省した!』
トゥーゼンダーヴィントの問いかけに寂しそうに笑うヴァルトルーデの横で、オゥタドンナーがアルマにお願いをしていた。雰囲気の温度差が大変激しい。
「ともかく、今はこの修道院で静かに暮らしているんだから、余計なことをしないこと。いいわね、オゥタ」
『なぜ儂だけなのだ!』
『日頃の言動のせいだろう』
『なんだとぉ!?』
アルマの偏った注意を発端に、隣り合う形で立てかけてあった聖剣と魔剣が鞘を当て合って争い始めた。根本的なところでは同レベルのようである。
「失礼なことなのかもしれませんけど、お嬢様はこれからどうなさるおつもりですか? いつまでも修道院にいるわけにもいかないんですよね?」
「修道女になってもいいかな、なんて最近は思っています。あんな噂のついた子女なんて誰ももらってくれないでしょうし」
例えどこかに嫁げるとしても条件はかなり悪くなるだろう。それならばいっそ修道女にというわけである。
「お嬢様は、悔しくないんですか? あたしは、見返してやりたいです」
「そうね、せめて汚名だけでも返上したいわね」
ヴァルトルーデも可能なら事実無根の噂を何とかしたいが、それは今の自分にはどうにもできないことであるとも理解していた。アルマもそれがわかっているだけに、悔しい思いをするばかりだ。
先ほどから鞘を当て合う剣ふたつの音を聞きながら、二人は肩を落としていた。
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