星籠セクステット~6th in the Lunatic~ episode±XX

唯月希

episode ±1[終わってまた始まるセカイ]

 それは、春のある日のことだ。

 彼女は、授業の全部が嫌になって、その日最後の6限目の最中、体調不良をでっち上げて早退を申告し、カバンを持ってその学校の屋上で日没まで過ごそうとしていた。

 高校3年生。

 奇しくも進学校の生徒になってしまった自分。

 親の半ば洗脳のような中学までの教育で、とにかくいい高校に入ることを教え込まれた。そして今や運の悪いことに、首席合格し、以来ずっと、成績を落とすことを許されていない。そう、それまでは良かった。

 ただ、進路の決定を迫られても、何もない。

 中学の時にがむしゃらなまでに勉強していたのは、大好きだった両親のいう通りの高校に入ることだけが目的だったからだ。当時は、それが夢だったと言ってもいいかもしれない。それが故、合格した途端に、そこでぷっつり、道が見えなくなってしまった。なんのために、こんな勉強最上位主義の学校に入ってしまったのか。

 もちろん、年中行事はしっかりある。体育祭もあるし、修学旅行もある。文化祭だってがっつりある。けれど、そこで青春しようとする集団には入れなかった。

 友達の作り方なんて、知らなかったし。

 癖のように学年主席を維持してきているから両親に変な目で見られることはない。けれど、ある時に何かをきっかけに両親は不仲が続いている。多分、父親の不倫。わかんないけど。

 そんなことを、少しだけ雲の多い青空に浮かぶ午後の半月を眺めつつ、耳にはイヤホンを突っ込んで最近知ったユニットの曲を流しながら、考えていた、縫至答ほうしとう 。制服のスカートが風になびいている。屋上だから覗かれることはないだろう、と思い、とくに抑えもしないで流されるままにしていた。

 すると。

「あっれー。薄ピンクだー」

 声がした。

 しかも足元から。

「ちょ、ちょっと!」

 告げたその色とはもちろんスカートの中身のことだった。慌てて飛びのきつつイヤホンを外して声を上げる縫至答ほうしとう

「え、まだ授業中…ってか、なんで私の足の間潜り込んでんの!?」

「授業中っていうのは先輩も一緒じゃないですか。同じさぼり組です」

 言いながらその女子生徒はゆっくり起き上がり、スカートの後ろをぱんぱんと払う。

「まあ、そうだけど…ってか誰?1年?何してたの?いつのまに屋上に来てたの?」

「質問攻めですねぇ。嫌いじゃないけど。あ、すみません。初めましてですもんね。そうそう、1年の華厳けごん莉理亜りりあです。おっ友達からはりりあんとか呼ばれてます」

「そこまで聞いてないけど…」

「あと何でしたっけ。えっと、屋上で昼寝してたんです。あったかくなってきましたねー。あ、あと先輩より先にいましたよ。5時間目と6時間目さぼっちゃいましたから」

 あっけらかんと、そして、それがさも当たり前かの様に言って退ける華厳莉理亜けごんりりあと名乗るその少女、高校1年生。

「あ、あっそう」

 矢継ぎ早に戻ってきたその回答にやや困惑しつつ縫至答が返す。

「なんか目さめちゃって下見たら、黄昏れてる可愛い女の子がいるから、ついもぐりこみました。可愛いですねぇ、先輩。名前なんていうんですか?」

「三年の縫至答 乃よ」

「…え?」

「縫至答 乃」

「みょ、苗字ですよね?」

 あきらかに混乱した表情を浮かべる華厳。

「フルネーム。縫至答が苗字で、名前が乃。感じでもひらがなでも一文字」

「……あれ。ん?なんか知ってるぞ…あ!!もしかして、三年連続主席から落ちたことがないという生きた伝説の!?」

「誰が伝説よ。そんなことないから。まあ三年連続主席ってのは本当だけど」

「生徒会長が大嫌いな縫至答さんだ!!」

 ああ、きた。と縫至答は思う。その話題はもはやここ一年語り草だ。噂でもなく事実だから仕方がないのだが。

「嫌な情報混ぜないでちょうだい。2年の時喧嘩売られまくって超迷惑したんだか

ら。おかげで。なに、キミ生徒会入ってるの?なら私と関わらないほうがいいよ。あの子、三国みくにさんと関わりあるなら」

「はいいいえ!ないですん!」

「どっち!?」

「ないですよー。だったら最初から縫至答先輩のこと知ってます」

「あ、まあそれもそうか。人間関係戒厳令かいげんれいだしね」

「おもしろー」

「全然顔が笑ってない」

「でもかいげんれいってなんですか」

「わかってもいない」

「じゃあ今度勉強教えてくださいよー。流石にビリは嫌なんで」

「え?最下位なの?」

「そーでーす。模試のたびに怒られてまーす」

 華厳が自分から振ってきた話題のくせに話しながらくるくると回り始める。

 まるで集中して会話している風ではない。

「いいけど。めんどくさいなぁ」

「あ、先輩部活とか入ってないんですか?」

「私あれだから。あの都市伝説。だから免除っていうか、入ってもあれなのよ」

「え?!先輩もキャリアなんです!?」

 華厳がグイッと顔を近づけてくる。抱きつきでもするかの様な勢いだ。

「そうだけど……もって?」

「も!私もそうなんですー!やったー初めて会えた!!」

 諸手を上げて屋上を走り回る子供の様な華厳の様子に若干辟易とする縫至答。

「初めて?」

「はい!キャリアの人と会うの初めて!」

「施設通ってないの?」

「施設ってなんですか?」

「…キミ、えっと、華厳さん?」

「莉理亜でいいですよー!もうお友達ですし!」

「いや友達って……」

 そんなものいらんのだが…と思いつつ、否定しても話が進まないと判断して縫至答は話を元に戻す。

「じゃ、じゃあ、莉理亜ちゃん」

「呼び捨てで!」

「…え……もう全く……莉理亜」

「わー彼女みたーい!」

 話があちこちに展開してしまい、縫至答の思う方向に全く進まない。

「…えっと、施設っていうのは、キャリアのことを見てくれる病院みたいなところ。基本人様に危害を加えなければいいぐらいの抑制と研究が目的なんだけど」

「猫様は?」

「そういうのいいから」

「犬様?」

「……一回も行ってないなら先生紹介するから、一回行ってみたら」

「え!?連れてってくれるんですか!?やたー!縫至答先輩とデートだ!」

「……先輩、とかつけなくていいよ。年上ってだけで何も偉いわけじゃないし」

「えーでも先輩呼び捨てにするのも…あ、あだ名ないんですか?」

 縫至答にとっては意外だった華厳の礼儀的な振る舞い。彼女は少し見直した。

「あだ名なんてないよ。友達いないし」

「えー?そうなんですかー」

「そう。悲しいことをあっさり受け入れないでください」

 自分で言って少し凹む縫至答。

「悲しい?あ、でも!もうりりあん友達ですから、いなくないですよ!」

「いや、別に認めたわけじゃ…」

「なったらもうなったんです!認めるとかじゃなくて!薄ピンクも見たし!」

「そ、それやめなさい!第一、私が見せたんじゃない!キミが勝手に覗いたんでしょ!」

 つい赤面してしまう縫至答。しかし華厳は遠慮なく続ける。

「ふふふー。性格とは違って可愛いやつでした」

「バカー。もー」

「あはははは!…あれ?あれれれ?」

 華厳が、何か忘れていたことを思い出した様な仕草をする。それもまた、その場でくるくる回りながら両手の人差し指でこめかみを軽くグリグリを押しながら。計算なのか天然なのか判別がつきにくい。

「なに?」

「のうとかどうですか。あだ名」

「のう?脳みそみたい」

「頭いいし、名前も入ってるし」

「……ま、まあ、なんでもいいよ」

「のうちゃん!」

「ちゃん!?」

「いいじゃん!のうちゃん!」

「農業営んでそう」

「あはははは!いえーい!のうちゃん!」

 無邪気にはしゃぐ華厳を見て、少しだけ穏やかな表情になる縫至答は、思い出した。

「あ、じゃあ、今日このまま施設連れていこうか?私もちょっとだけ要件あるし。今日じゃなくてもいいけど」

 不意に思い立って、縫至答はそんな提案をする。

「え!?今日!?」

「あ、なんか用事あるなら別の日でも全然…」

「行く!!!行く行く!!」

「あ、あ、はい。じゃ、じゃあ、行こっか。カバン、出入り口の上なんでしょ?とってきたら」

「いえーい!デート!」

「違うからね!?」

 華厳に振り回される縫至答。

 これまではその境遇もあって孤独に過ごしてきたが、不意なことで下級生の友人ができてしまったことを、彼女はまだ処理しきれていない。いつかきっと、彼女も自分の性質のせいで離れていくことになるのだろうが、それまでは。と、少し暗い決心をしたのだったが、未来と華厳莉理亜は、彼女に福音を連れてくる。



                          Continued to moonlight...

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