ノエルという少女の話

@pipiminto

ポインセチアの花言葉


クリスマスの時期になるとわたしの元にポインセチアが届く。


それはクリスマスに捨てた娘へのせめてもの償いなのだろうか。


わたしは17年前、クリスマスの朝、ポインセチアの花と共に教会の前に捨てられていた。


だからわたしはクリスマス生まれの17歳。名前はノエル。


施設に預けられてから毎年、わたしが捨てられた教会にポインセチアの苗が届く。神父さんはそれを欠かさずわたしに渡してくれる。


けれど。


それは毎年わたしは捨てられたってことを思い出させるだけのものに過ぎなかった。


17年間生きているということに間違いはないけど、本当にそうなのかは誰にもわからないし、クリスマスはわたしの誕生日なんかじゃなくて捨てられた日。ノエルって名前だって、きっと本当は違う。


わたしにとって真っ赤なポインセチアは、幸福を祈る花なんかじゃなくて、血に濡れた汚い花。


赤いポインセチアの花言葉、私の心は燃えている。

悲しくて悔しくて苦しくなる。

わたしの心は花言葉の通り、確かに燃えている。

どうしても捨てられないこの世界への憎しみが、静かに燃えている。

きっと、この炎に色を付けるなら赤じゃなくて水色だけれど。



「ノエルちゃーん、笑ってー!」



パシャリパシャリとリズミカルにカメラがシャッターを切られる。

それに合わせてわたしはポーズを取って表情を作る。



「いいねー!」



初めて自分が捨て子だとわかったとき、それまで家族だと信じていたものがニセモノだったと知ったとき、わたしは家出をした。


まだ小学校に上がりたてだったわたしは一人で電車に紛れ込んで遠くへ行った。今思うとそれは事務所がある渋谷に違いないのだがその頃のわたしにはそこがどこだかわからなかった。


教科書の代わりにオモチャが詰め込まれたランドセルを背負って、ハチ公の隣に座り込んでいた。


行くところもなくて、ただ悲しくて、泣いていたわたしに声をかけてきたのが芸能事務所の社長だった。今思えば無用心極まりないけど、わたしは迷うこともなく差し出された手を取っていた。


そして、わたしは社長に拾われて子タレとして活動するようになった。


でも社長はわたしを養子にはしなかった。“クリスマスの朝、教会に捨てられていた可哀想な子供”のわたしを拾ったのだ。


キャッチーで同情を集める触れ込みのおかげか世間はわたしに注目し、わたしは三年後には人気子役へとのしあがっていた。


そしてそのせいで施設では孤立して、いじめられた。学校では可哀想な子だと同情している口振りでバカにされたし、年を重ねるごとに激しいイジメへと変化していった。


それでも、きらびやかで嘘に囲まれた世界は、プロフィールのほとんどがニセモノのわたしには居心地がよかった。


それに今では事務所が用意してくれたマンションで独り暮らしをさせてもらって快適な日々をすごせているからやっぱり、社長には感謝している。


それでも額に残った傷痕を見ると否応なく当時のことを思い出す。



『ノエルちゃん、お化粧してるの?』



ある日、撮影からそのまま学校へ行くと子供たちに囲まれた。

化粧をしたわたしをやっかんだのかもしれない。



『いけないんだあ。』



と誰かが言ったのを皮切りに墨汁の入った水鉄砲で襲われた。


いーけないんだ、いけないんだ!なんて歌いながら。


泣きながら逃げたけど涙と墨汁で前が見えなくて気付いたときには階段から落ちていた。骨も折れたし、眉の上の辺りが切れて、血がダラダラと溢れていた。


途端に焦りだしたクラスメイトたちの声を聞いて“ザマーミロ“と心で呟いた。


当時の傷が治らないせいでわたしは前髪をあげられない。


女優業もやらせてもらってるが、どんな役をやらされても何も共感できなかった。そんな幸せな記憶も、気持ちもわたしにはわからない。想像もできない。


どうしても。


それでも”見せること”はうまくなった。大人たちが求める表情をして言葉を吐く。そうすれば無条件に褒められて、安心できた。まだ捨てられないのだ、と。



「ひっどい顔。」



写真は怖い。一瞬でも気を抜けばカラッポなわたしがそのまま写し出される。


自分の写真をチェックしながら思わず呟くとカメラマンが驚いた顔でわたしを見た。



「今日のごはんは野菜多めにしなきゃな。」



なんて笑いかけたら安心したように笑って「今のままで綺麗なのに」と言った。



「だって作り物だもの。」



小さく零れ落ちた言葉は誰の耳にも届かなかった。

今度こそ誤魔化さないで笑顔を作ってライトの下へと歩く。


作り物はなんだって綺麗だ。

現実は醜い。学校も教会も施設も友達も親も。何もかも。


ポインセチアに囲まれたベンチに腰掛けると幸せそうに笑った。

世界で一番嫌いな醜い植物の中で、わたしは綺麗な嘘を身に纏う。


そしてこの後の取材でもまた嘘を吐く。これから先、ずっと、ずっと。嘘で身を守って、嘘でわたしを魅せて、嘘で愛される。



「大好きなポインセチアに囲まれて撮影できてすごく嬉しかったです。」



綺麗な真実に憧れながら、わたしはまた、嘘を重ねる。




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