いとこの姉ちゃんがプロゲーマーだった。

トクルル

第1話

ここは世界の果てだろうか。


眼下に果てなく続く、赤土の荒野。

憎らしいほどに、晴れ渡る青空。


赤と青の二色刷。

その中を、一機の複葉機が突き進む。


欧州が覇権国家の一、ドイツがかつて誇った複葉急降下爆撃機Hs123


バラバラとプロペラが空気を切り裂く規則的な爆音を大空とコックピットへ響かせながら、その飛行機は飛んでいた。


ふいに、そのコックピットに座る少年が口を開いた。


「姉さん、本当にここであってるの?」


その人物の耳へと、開放式のコックピットとは思えない明瞭さで女性の声が届く。



「心配しなくてもちゃんと居たわ。ほら、下を見なさい。10時の方向。」


少年が、示された方向に注意を向けると、微かに土煙が立っていた。


「レイダーズキャラバン。軟目標で構成された、まぁ、最初のボスね。対空車両も居るわ。注意して。」


彼が示された方向へ目を凝らせば、確かに何両ものレトロなトラックが荒野を疾走している。


「了解。…よしっ。」


少年が、気合いを入れてスロットルを全開にして操縦幹を前へと押し込んだ。


水平だった機体が、一気に降下姿勢へと変化する。


高度1000メートルが、900メートルになり、それに合わせて、速度もみるみる上がって行く。


彼の乗る、《Hs123》へ火線が疎らに飛んでくる。敵対空車両の放つ曳光弾だ。

だが、その狙いは甘いようで、彼の機体にかする気配もない。

高度が300メートルに差し掛かったところで、漸く少年が爆弾の投下操作をする。


機体の下に吊り下げられた50kg爆弾が4つ。

250kg爆弾が1つ投下される。

物理法則に従い、地面へと…いや、敵車両に吸い込まれるように落ちて行く爆弾。

自然と少年はその爆弾の行く末を目で追う…追ってしまう。


「っ!蒼!引き起こして!!」


「えっ?うわっ!あばっ!!」



グシャッ…ドンっ!

何かが潰れる音がして、一瞬の間を置き荒野に爆発音が響き渡る。



時速450㎞に迫る速さで、急降下爆撃を行った少年の《Hs123》はキレイに地面に突っ込んで爆ぜた。


「…まぁ、初めてだものね。」


荒野に、女性の小さな声が溶けていった。






2033年。

車はまだ空を飛ばないが、自動運転は珍しく無くなった。

月面に都市は無いが、火星の地に最初の人類が降り立った。

完全感覚没入フルダイブのネットゲーム

等は存在しないが、ゲームもスポーツの一種だと世間に認知されている。


そんな、少しだけ未来の世界。

そこに生きるある姐弟のお話。







村上蒼むらかみ そうは、ここ最近の自身を取り巻く環境の急変に戸惑っていた。



先週の事である。

妙に暗い表情の父と、えらくテンションの高い母とで食卓を囲んでいると、父がこれまた暗い声で話始める。


「すまんなぁ…突然転勤が決まってなぁ…お前も折角高校受かったのになぁ。」

「場所もなぁ、あれだからなぁ。いっそ単身赴任も有りかと思うんだかなぁ。母さんが一緒に来たがっててなぁ。」

「お前が行く高校な、ほら、従姉妹の楓ちゃんも通ってるし…なぁ。父さんの赴任期間、大体3年くらいになりそうなんだ。いっそ、楓ちゃんの家に暫く住むのも悪くないんじゃ無いかなって…お母さんと相談したらなぁ…お母さんが暴走しちゃってなぁ…すまんなぁ。」


「と言うわけで、蒼!あなたは三年間、太一叔父さんの家で暮らしてもらうわ!お母さんそれがいいと思ったから、話も通しておいたし、荷造りも済ませておいたわ!」


少年…村上むらかみそうの知らないところで、家族の一大事が決まってしまっていた。

流石にこれには蒼も口を出さずには居られない。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!そんな大事な事、勝手に決めたりして酷いよ!」


「じゃぁ…一緒に行く?ケルゲレン諸島。」


「え゛っ!?どこそこ!??」


「岩と風と少しのロマン以外何もない所よ?あと、人は吹き飛ばされるわ。」


「………。」



その後、少年は、ケルゲレン諸島についてネットで情報を参照し…両親と共に引っ越すことを諦め、従姉妹の家に三年間居候することを決めた。



ケルゲレンで三年は嫌だった…




引っ越しの荷物と共に訪れた叔父の家は、モダンな印象を与える少し大きめな一軒家だった。とはいえ、蒼にとって初めて訪れる場所ではない。


年に二回程度、叔父の一家とは顔を合わせる。年末に共に過ごしたことだってある。

そんな、少し緩い家族付き合いがある程度だ。だがしかし、彼はそれでも尚緊張を隠せない。

叔父の高坂家のドアの前で、インターフォンを押す勇気を中々持てないでいると、ガチャリとドアが開いた。


「待ってたわ、蒼…君。」


蒼を迎えたのは、大層な美人だ。

黒いロングストレートヘア、すらりと伸びた四肢はまるでモデルの様である。少しつり上がった眼は、意志が強そうとも冷血そうだとも他者に印象を与えるだろう。しかし、それが彼女の美しさを損なう様なことはない。彼女の振る舞いや容姿は絶妙なバランスを保ち、絵に描いたようなクールビューティーとして彼女を存在させていた。


「か、楓ちゃん…」


高坂家の一人娘、高坂たかさか かえで

彼女こそが、蒼を緊張させていた最大の理由である。


「いらっしゃい。あと、楓ちゃんじゃないわ。楓お姉ちゃんよ。」


そう言って、蒼を抱き締める楓。

その身長差から、蒼は楓の豊満な胸に顔をまるごと埋める事になる。

気恥ずかしさから、何となく顔を背けようとするも、左右はどちらも胸である。

仕方なく上を向けば、そこには一切表情を変えずに蒼を覗きこむ楓の顔があった。


いとこに向けるものとは思えない過剰な好意と、矢鱈と多いスキンシップ、そして滅多に変わることの無い表情。

それらを同時に向けてくる楓の事を、嫌いではないものの、苦手としている。


だってなのだ。


彼女から向けられる好意やスキンシップに対して、何をどう返せば良いのか、蒼にはさっぱりわからない。


だから、大山おおやまそうは、高坂たかさかかえでが苦手だった。








といった経緯で、蒼が高坂家の一員となって一週間が経った。

まだまだ、借りてきた猫のような蒼である。


高坂家は共働きで、高校入学までの間はやることが特に無い蒼は、日昼に叔父夫妻と共に過ごしたのはここに来た土日の2日だけ。

彼らの帰宅後は、何とか共に時間を過ごそうと、何とかして溶け込もうと会話を試みるものの、どうにも喋れる事が少ない。


だって、ほとんど毎日楓が絡んで来るのだ。物理的に。


「今日は何してたの?」

「お宅の娘さんに、胸を押し付けられていました。」

「今日は何してたの?」

「着替えてたら、お宅の娘さんが部屋に突撃してきました。」

「今日は…」

「お宅の娘さんに、抱き締められながらぼけっとテレビ見てましたぁ!」


お茶の間が氷河期に突入しかねない。


外出して時間を潰そうにも、幾らケルゲレンにいる両親からの仕送りがあるとはいえ、中学卒業直後の懐事情なぞたかが知れている。


結果、高坂家に篭りがちになり、楓の餌食になり、話せることが減り…ぎこちない日々を過ごすはめになっていた。



そんな日の夜、蒼が入学前の予習に勤しんでいた所、部屋に楓がやって来た。


「蒼…あら、偉いわね。勉強中なの?」

「え、あ…うん、ちょっと自分のレベルより高い所に受かったからね。不安なんだよ。」

「…真面目ね。でも、言ってくれれば勉強くらいは見るわよ?」


勉強することで一人の時間を確保したかったんです。とは、口が裂けても言えない蒼である。


「で、どうしたの?楓ちゃ…楓姉さん。」

「…そうね、本題に入りましょう。蒼、あなたちょっと肩に力が入りすぎよ?遊んでるところとか休んでる所とか全く見ないわよ?私とのんびりしてるときも、何だかぎこちないし…」

(それは、何かにつけて距離が近い楓姉さんのせいなんだけど…)

「これからずっとそんな感じだと、流石に見過ごせないわよ?」

「い、いや、ほら、こっちに来てからそんなに時間が経ってないし、ほら、最初は仕方がないと思ってくれると嬉しいなぁっ!!………嬉しいなって。」

「そうかしら?何だかんだ切欠が見つからずに、ズルズルとそのまま行きそうな気がするわ。昔からそう言うところあるじゃない。」

「ぐっ。」


確かに、そう言われると、そんな未来が簡単に想像できてしまう。


「だから、お姉ちゃんから蒼にプレゼントとお願いがあるの。」

「へ?」


「パソコンです。蒼にゲーミングPCをプレゼントします…といっても、私のお下がりなんだけど。」

「うん??」


蒼が高坂家で、自然に過ごすために楓がパソコンをプレゼントすると言っている…いや、その状況への繋がりが分からない。

なので、蒼は一つ一つ確認するように楓に質問をする。


「ええっと…何でいきなりパソコンをプレゼントする事に??」

「正確にはゲーミングPCね。普通のパソコンとしても使えるけど、よりゲームをするのに特化したものよ。」

「えっと…それでゲームをするの??」

「ええ、そうよ。他の事でも良いのだけど、なるべく家で一緒に遊べる様なものを考えたら、ゲームに行き着いたわ。」

「でも、僕、あんまりゲームとかしたこと無いよ?精々携帯のアプリくらいしか…」

「大丈夫、お姉ちゃんちょっと得意なのよ。しっかり教えてあげるわ。」

「楓姉さん、ゲームとかするんだ…」


蒼の中で楓は、勉強もスポーツも出来る万能の人で、どちらかと言えば真面目な部類の人間だ。

何となく、ゲームと楓とが結び付かない。


「あんまり私のイメージじゃないかしら?」

「いや…まぁ…」


と、考えを見抜かれたような一言に蒼は言葉を濁す。


「気にしないで、よく言われるもの。一応これでも電脳競技e-Spors部の部長なんだけどね。」

「あ、あはは。ごめんね。でも、楓姉さんって、生徒会とかに入ってそうかなって…」

「生徒会には掛け持ちで入ってるわよ?」

「そ、そうですか。」


「まぁ、そんなわけで、蒼。お姉ちゃんと一緒にゲームしましょう。」





「…はっ!」


気が付くと蒼は、仮想空間上の空を再び飛んでいた。

墜落の直前に、ここ最近の出来事が一気に思い起こされていた。


(…ひょっとして、走馬灯?)


蒼にとって、このゲーム内の景色は余りにリアルであった。故に、高速で自分の乗った飛行機が地面に突っ込むという事柄は、これ迄の人生の中でもかなり強く自身の死を意識させる出来事であったのは確かだ。

蒼は少し怖くなって、恐る恐る自分の顔へ手を伸ばす。そこに、VRゴーグルの感触を認め、ほっと胸を撫で下ろした。


「蒼、大丈夫?気持ち悪くなってない?」


と、前を飛ぶ楓から通信ボイスチャットが飛んできた。


「いや、大丈夫。酔ったりはしてないよ。」


昨今のゲームの主流はVRになっている。しかしながら、作品によってはVR酔いを起こしてしまう人も少なからず居る。

そういった事もあり、この時代のゲームはPCやコンシューマー機によるVRゲームと、携帯端末によるアプリのゲームとの二極化が進んでいた。

蒼達は今、頭にVRゴーグルを乗せ、更にウェットスーツの様な見た目の物を着てゲームをプレイしている。

このスーツは体の動きを感じとりゲーム内への動作へと反映させ、また、ゲーム内で受けるダメージ等を体へとフィードバックさせる物となっている。ゲーム内で何かに座っている際などには、スーツが椅子の感触を再現した上で太股などの部分を硬化させ、更に背部から天井近くまで伸びる姿勢制御用ワイヤーとも連動させる事で空気椅子の状態でも、無理なくプレイヤーに着座姿勢をとらせ続ける事が出来る優れものだ。

また、足元には全方位稼働のランニングマシンの様な装置が置いてあり、歩く、走るといったアクションを、ゲーム内へと反映させる。この装置の後部から伸びるポールに、姿勢制御用のワイヤーは接続されていた。

この、豪勢かつ、部屋のスペースを占領しすぎる一式が、蒼と楓の使うである。

因みに、PC本体は逆に非常にコンパクトなデザインとなっている。


これが、今の据え置きでゲームをプレイする際の一般的な一式である。

蒼たちもまた、その一式を使いゲームをプレイしていた。




「なら良かったわ。まだまだ楽しいのはこれからだもの。さぁ、蒼。お姉ちゃんと沢山遊びましょう。」



広大なマップを、戦闘機を、戦車を、軍艦を使い、旅し、他プレイヤーと時に共闘し、時に争うこのゲーム…

タイトルを『War in the world』という。


このゲームを通じて、蒼は多くのかけがえの無い物を得て行く事になる。

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