第11夜 鬼灯トントの象徴

 ――アタシのママは、とても優秀な研究員だ。


 2人とゼロのサト江に語りかける鬼灯トントは、酷く焦燥をしているかのようで、視線も上の空で、誰かを思い出してか微笑んでいた。

 

 それは二ノ宮リノが知るトントとは違う顔で。

 彼女の知る【トント博士】になる前の少年トントである。


 ――ママは研究熱心で没頭したら一か月以上でも断食が出来る女性ヒトだった。でも、そんな中でもママは俺とは会ってくれたし、愛してくれた。他の研究員に対する接し方も、至って普通に出来る女性だった。だから、周りの連中は、ママの悪口が言わないし、心酔して崇めて、研究に全てを投げ打ってくれたんだろう。その点で、俺には資質はなかった。仲間なんか、誰もが皆、俺の悪口を言っていた……


 トント少年の哀愁漂う言葉にリノも、

「こっから見せられたら、かんなりっなっがくなりそうじゃない????」

 ゼロのサト江も、そんなリノに言う。

『「ええ。かんなり長くなりますよ?」』

「いいじゃん。映画もアニメも、なんだって最初を飛ばしたら訳ワカメになっちまうんだからよ。流し流し、とりあえず聞いとけよ」

 ボンドも指先で椅子を差し、リノに座れと指示をする。

 それにリノも椅子に腰を戻し置いた。


「ちょいちょい、巻いてよね!」


『「それは約束しかねますね」』


 ◇


『ママが死んだって?! ママがっ?? ママが!?』


 ◇


『ありがとう、ママ。俺に【自由】をくれて』


 ◇


『何でだァァアアアア‼』


 ◆


 来る前と来た後のトントの様子に、ゼロのサト江も一旦、停止をさせるのだった。それに2人が、何を言うでもない。


 久しぶりに外に出た彼には、刺激があり過ぎた。

 それと同時に、膨大な母親の遺産が、一人っ子でもあったトントに引き継がれ、受け継がれた訳だ。母親の研究もろともに。

 全くの感性や思考も違う研究は、トントに挫折を味合わせるものだった。


 トントにとって母親の研究には【中身】がないと思ったからだ。

 生み出すものがない。箱だけの《研究》と。


 ◇


『……――からだ。一から全部を創り直すんだっ』


 ◇


『上手くいかないっ……何でだっ! 一体、どうしてなんだっっっっ‼』


 ◆


 苦悩はトントを蝕み始めた。それに見かねた研究員たちも、徐々にトントから離れていった。

 彼は純粋に研究欲に飢えていた子供であった。

 それと母親への愛情故に、上手くいかない研究に没頭をしてしまった。

 

『どうして!』『何故っっっっ‼』『あァあああ‼』


 嗚咽を漏らし、頭を掻きむしるトントの映像にボンドもリノも、目を離したいのだが、離すことが出来ずに見続けていた。

 長い年月をかけた研究の記録だというのに、割と時間も短くあっという間に終わるのだ。それが余計に視やすかった。


(こいつが《円人類ウロボロタルト》だってんなら、……俺ぁ、勝てないな)


 ボンドは映像越しのトントを睨んだ。

 なんとなくだが、嫌な予感がしたからだ――この男が危険だと。

 口をへの字にさせるボンドに、リノが椅子を動かし横についた。

「何? どうかしたの??」

「んにゃ? 何もないよ?」

「そう」

 ボンドもあえてリノには言わなかった。言う必要もない、ただの勘に過ぎないということだけだ。下手に不安を与えることもないだろうと。

 あと怒られるのと、リノの可愛くなくなる表情も見たくはないからだ。


「サト江ェー続きー~~」


『「ええ」』


 ◇


『博士。息抜きに何かをされては如何ですか?』


 ここに来て、ようやくトントに声をかける研究員が現れた。

 ガ、タタン! と一番驚いたのか、トントがカメラを落下させてしまい、画面にノイズが入ってしまう。

アタシを驚かすなんて、ヒドイんじゃないのかな? 二階堂サクラ君』

 ココン! とサクラがノックをした。

 それにはトントも、目を細めて『もういいよ』とぼやいた。

 落とされたカメラを拾ったのはサクラで、

『何を、されてたんですか?』

 カメラのフレームいっぱいに彼女の首までしか映っていなかった。

『研究の記録を撮影するのが、今の俺の趣味なんだわ』

 カメラがトントへと手渡された。

『――息抜きってのが、一番、俺は苦手だよ』

『ええ。知ってます、なので言っています』

『いい度胸だね。流石、俺の研究を手伝うだけはある』


『どぅもw』


 終始和気藹々と会話が続き、今まで長い記録でもあった。


『博士は昔夢中になった研究や、遊び事はありませんでしたか?』

『……うん。昔、やった研究ならあったけどねぇ、ママに酷く叱られちゃったんだよなぁ~~あれも息抜きになるのかなぁ?』

 宙を見上げるトントに、

『息抜きはあくまで息抜きですからね。それは勘違いをしないで下さいね』

 サクラも強い口調で注意を促した。


 他愛もない研究の一言。

 だったのだが、その息抜きは次第に熱を帯び。

 本来の治療薬の研究すらも滞り始める。


 ◇


 ――命を弄ぶことは赦さないっ‼


 ◆


 まさに、母親が危惧したことが起こってしまうのだった。


 他愛もない研究員の一言によって。


 ◇


『ああ! 愉しぃ!』


 ◇


『上手くいかなった原因を追究せねばっ』


 ◇


『あァああぁ‼ 愉しぃいいぃい‼』

 


 

 

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