【第一部】第二章「ゴールデンレトリバー・リク」
さて、俺ら三人は満腹になって、その後まったりと過ごし、そしてキャンパスに戻って行った。
少し眠気を覚える午後のひと時。カフェインが欲しくなる。俺は講義が終わって、スマートフォンの画面を点灯させた。波留は昨晩送ったメッセンジャーに気が付いたらしく、メッセンジャーの返事をくれていたようだ。
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リク?元気にしてるよ。しっぽ振っちゃってもうかわいいのっ!
おにーちゃん、早く会いたいよぅ!
って言ってるよ!早く帰ってきてぇ!
〔波留と犬のツーショット画像〕
byハル
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思わずこれは、兄としてニヤッとしてしまう瞬間である。俺は妹に対して溺愛していることは否めない。ただ、「うちの妹が嫁に行くときは絶対に泣く」と思う。……それはそうと、リクとは、十三年前に、父の先輩警官の娘さんである、小鳥遊 美咲(たかなし みさき)さんの恋人、犬司(けんじ)さんが火災現場から助け出したゴールデンレトリバーだ。「(株)クロイシ・ペットビジネス」の傘下である繁殖課で飼育されていた犬らしく、建物に火が放たれたときに、命懸けで犬司さんが助け出した「奇跡の犬」と言っても過言じゃない。人間で言うと、六十歳を過ぎた老犬になっているが、今も元気だ。
俺は、その「犬と妹が写っている写真」をメッセンジャーから、丁寧に保存させていただいた。
「おっ?これは……のそちゃんのとこの妹ちゃん?可愛くなったぁ!」
講義中、机の後ろに座っていた健が、俺のスマートフォンの画面を覗き込んできた。なんてやつだ!
「お前、ちょっと……びっくりするじゃんか!!」
「まぁ、でも女の子の中では、一番は……やっぱり俺の彼女かなぁ」
わざわざ自慢するために、こいつは俺のスマートフォンを除き見たのかよ。そう言いたくなった。けれど押し黙ったのだった。健は正直言ってモテるやつだ。アウトドア派で、昔から社交的だったので、人付き合いに対しては困ったことがない。本当に羨ましいと思うのだ。
「お前も、彼女作れば、人生変わるぜぇー。のそちゃんに相応(ふさわ)しい人、探してこようか?」
健はスマートフォンのアドレス帳を見ながら、俺に話した。しかし、俺は口下手だから正直言って女性を紹介されたとしても、話が釣り合わないのだ。今まで何度も、健にこの手のことを言われたが、黙ってスルーするか、丁重に断ってきたことが多かった。
「あ、じゃあさ、合コンするか!俺と彼女で人数集めるからさ!そしたらのそちゃん、参加してよ!」
「……めんどくさい」
俺はこの唐突な提案を真っ向から蹴った。しかし、後ろから興味を持った真雪が来て、健に聞いてきた。
「えー、なになに?面白そうな話だね!」
「ああ、ちょっとのそちゃんに彼女作ってあげようと思って。でも、頑(かたく)なに拒んでるんだよね。何回話を振っても、一向に首を縦に振る気配なしだよ」
「いいじゃんいいじゃん!私も協力するよー」
さて、これは面倒なことになった。俺はこのお節介な二人の友人をどうしようかと考えていると、合コンの日取りと、人数が決まってしまった。
「のーそちゃん!決まったよ!人数は四、四の顔合わせで行こう。真雪と俺の彼女、それからのそちゃんと俺がいるからぁ、あと二人ずつ声を掛けてくればいいのよ。簡単な話だな!」
「楽しみー。のそ、『ホーム』だから別に緊張しなくてもいいからね」
アウェーとか、ホームとか言ってるけどさぁ、敵陣であろうが、味方であろうが、確かに友人二人いるけれども……話したくないんだよなぁ。かと言って、この二人に勝てる気がしない。
「……行かなきゃダメ?」
「ダメ!」
「あい」
**
数日後。俺はセッティングされた居酒屋に渋々集まった。居酒屋は、オシャレな空間のある静かなバーのような部屋が何部屋もあった。チェーン店でお酒も安く提供され、料理も美味しいので、女子ウケが高い店。その店を真雪が希望したようだ。
俺は少し緊張していた。普段は絵の具をぶちまけたような派手なシャツと、ダメージジーンズを着ているのだけれど、今日は、クローゼットの中にしまってあった、カットシャツを引っ張り出してきて、チノパンを履き、小物遣いを良くして見た目を大人っぽく演出してみた。普段かけている眼鏡のフレームも黒から銀に変えたのだ。
俺なりの精一杯。伝わってくれるだろうか。
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開始は八時なのだけれど、俺と健はその近くの「龍水門駅」で待ち合わせた。それからしばらく待っていると、健は来た二人の男性の友人を紹介してくれた。一人は多田 祐輔(ただ ゆうすけ)と言う教育学部の友人だ。爽やかな笑顔と柔和な性格で、細かい気遣いが得意な男性だった。将来は小学校の先生になりたいらしい。
もう一人の友人は宮本 明憲(みやもと あきのり)。理学療法士の勉強をしていて、将来的には、リハビリテーション病院に務めたいと願う友人だ。健の交友関係は相変わらず広いと思った。祐輔とは大学のスポーツサークルで知り合い、明憲は同郷の友人だと聞いた。小学校の友人だそうだ。
二人とも、髪の毛を染め、垢ぬけた格好でとてもじゃないけれど、自分が見劣りしているのが分かる。祐輔が俺のそばに来て、笑って話しかけてきた。
「初めまして!竜之介君は俺と同い年だよね!」
「う、うん。……ちょっといつも以上に緊張してる」
「俺もだよー!今日はどんな子が来るか、楽しみだね!」
「……まぁ、ほどほどにね」
俺は正直言って早く終わらないかと思っていたのだ。明憲は健とめっちゃバカみたいな話をして盛り上がっているのが見えた。あれくらい、砕けられたら良いのだけれど……。
しばらくして、ショートカットに帽子を被り、ナップを背負った女性が登場した。世間では「山ガール」と呼ばれるファッションだ。ヒールではなく、スニーカーを履いているのがとても奇抜に見えた。
「ああ、美紅(みく)!来てくれてありがとう!!今日は登山の帰り?」
健は話しかけた。美紅は質問に答えた。
「あ、うん。『森城の方』までハイキングに行っててね。軽めの散歩だよ。夏も近いし、結構しっとりとした木々が綺麗だったよ」
嬉しそうに話す美紅。健は頷きながら話を聞いていた。そして、紹介してくれた。
「ごめん、ごめん。紹介するよ。彼女の『高田 美紅(たかだ みく)』。登山が趣味なんだ。宜しくね!」
丁寧に頭を下げる美紅。健の彼女は意外だった。もっと派手めな女性と交際しているイメージがあったからだ。そして、後ろからこそっと女性が顔を出した。恥ずかしがっているのだろうか?
「あ、ごめん、紹介するね。『朱本 蛍(あけもと ほたる)』ちゃん。あけちゃんって呼んでるんだけど、ちょっと今日急に声かけちゃって。なんか、『竜之介くんに会いたい』って言ってたんだよ。知り合い?」
「へ?……おれ?」
俺はびっくりした。何故なら、目の前にいる女性はとても美人だったからだ。コーヒーブラウンのロングヘアに、ウェーブパーマを掛けてあり、両耳には雪の結晶のピアスをしていた。ブランドものらしい身なりに身を固め、ベージュを基調とした落ち着いた雰囲気でありながら、シックな格好が印象的だった。どうしてこんな美人が俺を?と思っていたが、ひとまずぺこりと頭を下げ、彼女も返礼した。
飲み物を注文し、少し談笑しながら待機する。まだ真雪ともう一人の女性が来ていないので、メンバーは四対二だった。美紅と健がとても元気だったので、それだけでも十分楽しめた。ドリンクを一杯飲み終えたころ、真雪とその友人が居酒屋に遅れてきたのだった。
「ごめーん!待ってた?」
「いや、まだまだ始めたばっかだよ!まぁ、席に座って」
健は二人の女性を空いている席に座らせて、掛け声をかけた。
「自己紹介はまとめてするとして、まずは乾杯しますか!みなさん!グラスはお持ちですか?」
「もってまーす!」×7
「それでは一斉に?」
「かんぱーい!」×7
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