【第三部】第四章「See You Again!」

 


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 春が訪れ、新学期が始まる。犬司は新しい年度、四年生になったことを誇らしく思い、嬉しそうだった。また、華蓮は六年生になった。新たな友達も出来た。ほのかと洋介である。秋口の猫の一件からすっかりと仲良くなり、冬にはよくみんなで美咲の所に遊びに行っていた。美咲もいつも嬉しそうにみんなを迎えに来てくれた。




 「ミサキチ、はい。寂しくないようにぬいぐるみあげる」


 「俺からはこれ。元気になったら一緒に遊ぼうと思ってラケットを」


 犬司はもじもじしながら、本を一冊取り出した。


 「ドリトル先生の新刊。欲しがってたでしょ?」


 美咲は目を輝かせながら喜んだ。はしゃぎすぎて咳き込んでしまったが。これが去年のクリスマスの出来事。




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 「ケンジー、ぱすぱーす!」


 「はい、蹴ったよ!」


 「そのまま決めろー!」


 「あ、ケンジくんが割り込んできた。そのままシュー……あ、外した」


 サッカーゲーム。少し校庭は雪解けでぬかるんでいたが、楽しそうに生徒たちははしゃいでいた。そして、休憩時間。水を飲みながら太一が話しかけてくる。


 「ケンジー、おつかれー。あのさー、ケンジって好きな子いるの?」


 「へ、へぇ?!何言ってんの?!」


 戸惑う犬司。太一は少し悩んで思ったことを話した。


 「俺、実は好きな子がいるんだけど、ケンジ運動神経いいじゃんか。でさ、ケンジに言っておこうと思って……」


 もじもじしながら太一は話す。しかし、犬司は恥ずかしそうに話を聞いていた。


 「やめてよー。で、でタイチは誰が好きなの?」


 「……あ、あらたまって聞かれると恥ずかしいなぁ。ん、あの子」


 そう言って太一は指を指す。しかし、犬司は誰かわからない。


 「ええ?どの子?」


 「だ、だからぁ、ん」


 「わっかんないよぉ」


 そんなやり取りを交わしていると、休憩時間が終わってしまった。




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 「ただいまぁ」


 「あー、おかえり、犬司。クロもいるわよ」


 「にゃー」


 眞子に迎えられて、犬司はどさっとランドセルをリビングの床に下ろすとゴロンと寝っ転がった。


 「あー、つかれたああ」


 「……あのね、犬司。ちょっといいかな?」


 眞子は少し重い表情になり、静かに話し始めた。


 「今日ね、お父さんから電話があったんだけど、あと一週間で転勤になるらしいの。学校変えなきゃならないの」


 「え、えええええ!?うそだうそだ!!」


 「ごめんねぇ、犬司。ごめんねぇ」


 眞子はとても辛そうにしていた。犬司も思わず泣いてしまう。


 「シハンにも、れんねーにも、たいちにも、よーちゃんにも会えなくなるの?」


 「……そうね」


 眞子は頷いた。


 「み、ミサキチにも会えなくなっちゃうの?」


 「……」


 犬司はそのままクロを抱き抱えると部屋に逃げ込んでしまった。そして、大声で泣いていた。リビングにいた眞子にも聞こえるくらいに。とても眞子は辛かった。




**


 その夜。


 「で、犬司はどうだった?」


 「案の定。ダメだわ」


 首を振る眞子。輝也は溜め息をつきながら言った。


 「はぁ。大人の都合でこうやって子どもを振り回すのもホントは良くないのだけれど。俺らにはどうしようも出来ないな」


 「そうね。せめても、祈るしかない。犬司に良い友達が出来るように祈るしかないわ」


眞子と輝也はかなり苦しそうにしていた。犬司は泣き疲れ、そのまま寝入っていた。




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 一週間はあっという間に過ぎた。犬司はまず、師範のもとに行き、それから華蓮に会い、そして美咲に会いに行った。美咲とは友達を連れていくことなく、二人っきりで会えるようにしていた。


病室の窓を見ながら二人で話す。


 「そっかぁ、ケンジくんともお別れなんだね。半年間、本当に楽しかったなぁ」


美咲はとても寂しそうにしていた。犬司は涙をこらえながら今までありがとうと言っていた。


 「ねぇ、ケンジくん。最後にお願いしてもいいかな?」


 「え?なに?」


 「ケンジくん、引っ越すの月曜日でしょ?土曜日にまた来てほしいの。お母さんにお願いして水族館のチケット二枚手に入れたから、一緒にいこ」


 「へ?へ?!」


 デートに誘われる犬司。断れるはずもなく、喜んでしまう。しかし美咲は友達との最後の思い出と言う意味で、深い意味はなかったようで。犬司だけ浮かれてしまった。


 「行こう!絶対行こう!!」


 犬司は美咲の手をぎゅっと握って約束した。




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 そして、土曜日。


 犬司たちは美咲の母、美麗の車に乗せられて霧前市水族館に来ていた。八時。子ども達にとっては、やや早い時間だった。美麗は仕事の準備があると先にいそいそと水族館に入って行った。


 「じゃ、何かあったら連絡するのよ。いいわね。お薬、ちゃんと持ったわね?」


 「うるさいなぁ。ちゃんともってるってば!」


 「ありがとうございます。おばさん!」


 「いえいえ。じゃ、楽しんでね」




 「あ、みてみて、ジュゴン!!同じ水槽にベルーガがいるわ」


 「うわー、こう見るとでっけぇ!!」


 長身のヤンキーカップルが二人で、大きな水槽を見ながらはしゃいでいた。美咲たちもクリオネを見たり、クラゲを見たりして、楽しそうに過ごしていた。


 「次いこ!!はやくはやく!!」


 「ミサキチ、そんなに走ると咳出ちゃうよ!あー、待って!」


 せかせかと急ぐ美咲に犬司はついて行くのがやっとだった。


 「午後一時からイルカショーやるみたいです。行きましょう!」


 「楽しみだな!」


 ヤンキーカップルもそのまま別の場所に行った。




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 午後一時。


 「お母さん今日、ここでショーをやるんだって。楽しみだね!」


 「そうだね!」


 「あ、出てきた。あれ、お母さんだよ」


 美咲が指を指す先に元気そうな美麗の姿があった。




 「みなさーん!こんにちはー!私は、トレーナーの小鳥遊 美麗(たかなし みれい)と申します!今日はこのイルカの『ミルクちゃん』と一緒に遊びたいと思いまーす!みんな拍手!」




 一斉に拍手が起こる。イルカは嬉しそうに鳴いた。そして、トレーナーさんは小石を五つ、みんなに見えるように見せ、ばら撒いた。


 「さて、この小石を今から、このミルクちゃんに拾ってきてもらおうと思います」


 そう言ってトレーナーは笛を吹き、合図すると石を遠くに投げ、イルカは潜っていった。トレーナーさん「行け!原子力潜水艦ミルク!」と楽しそうに言って、みんなの声援が熱くこだました。


ミルクは一つ石を咥えると、戻ってきてトレーナーに渡す。そして、五つ拾い終えた後、みんなに言った。


 「ご覧ください。こんな小さな石を五個持ってくることが出来ました!!」


 そう言って見せた後、撫でて魚を口に入れてあげた。




 「では、最後にミルクちゃんに触ってもらいます!誰がいいかなぁ」


 トレーナーは見渡し、犬司と美咲を見る。そしてこう言った。




 「そこの小さな恋人さん、降りてきてください!」


 「え?!ぼくたち?」


 「呼ばれてるよ!!いこ!」


 犬司は美咲に手を引っ張られ、恥ずかしそうに降りてきて、指示を聞いた。


 「少しこの子たちにやり方を説明します。男の子のケンジくん、いいですか?私が短く笛を吹いたら『Go!』長く吹いたら『Back!』、長く吹いたら『Stand!』って言ってください」


 「あ、はい」


 「ではお願いします!」




 「分かんなかったら美咲に投げていいからね」そう、美麗は犬司に小声で言った。美咲は笑顔で頷く。


 「ピーッ!」


 「ば、Back!」


 ミルクちゃんが戻ってきて犬司のもとに来る!


 「ピッピッピ!」


 「す、Stand!」


 ミルクちゃんがお腹を立てて立ち泳ぎをしていた。


 「ありがとうございました!!では最後にミルクちゃんにジャンプをしてもらいましょう!!オリンピック並みの技をどうぞっ!!」


 美麗が大声で言うと、ミルクちゃんは飛び上がり、ボールにタッチして水面に落ちる。大きな水しぶきが二人にかかった。


 「わっ、つめたっ!」


 「きゃっ!」


 「サービスサービス。ありがとね、来てくれて」


 そう言って美麗は二人を席に戻した。




**


 三時くらい。日が暮れる少し前に二人は電車に乗って、とぼとぼ駅から歩いていた。森城町につくと、楽しかった今日の思い出がふっと蘇ってじわじわと涙があふれてくる。


 「ケンジくん、今日は本当にありがとう。楽しかった。私、この思い出は一生忘れない」


 「ミサキチ、ちょっと待って。渡したいものがあるの」


 「なぁに?」


 犬司はもじもじしながら、二つチェリーの付いた髪ゴムを美咲の手に乗せた。


 「これ、良かったら大事にして。いつも髪の毛縛ってるでしょ?」


 「可愛いね。つけてもいい?」


 「う、うん」


 恥ずかしそうに犬司は頷き、美咲はポニーテールを解いて、ツーサイドアップに縛りなおした。そして、笑いながら犬司に見せた。


 「えへへ、見て?似合う?」


 「う、うん」


 可愛いよとは恥ずかしくて言えなかった。




**


 そして月曜日。家の前には華蓮と師範、数人の子どもたちや仲の良かった人たちが見送りに立っていた。


 「ケンジー、まだあいにぎでねぇ!!ぐじっぐじ」


 華蓮は両袖をびしゃびしゃに濡らしながら泣いていた。頭には犬司からもらった赤い髪留めが付いていた。その他大勢の男の子や女の子も犬司の別れを見送っていた。




 「いい友達じゃないか。良かった。ホントこの町に来て良かった」


 輝也は頷く。眞子は、もらい泣きをしたようで、涙を拭きながら手を振っていた。


 「華蓮ちゃん、ホントいい子だったわ。息子の彼女になってくれないかしら」


 「かーさん!」


 犬司は恥ずかしそうに怒った。そして、みんなに手を振って新たな街、霧前市へと旅立って行った――。

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