【第二部】第二章「カヤと名乗る人物」



 桜坂高校では、秋のスポーツ大会に向け、張り切っている教師がいた。その名も大沼 十和子(おおぬま とわこ)。熱血教師である。


 「さて、お前ら!最近の奴はめっきり根性が無いようだが、少し私が鍛えてやろうと思う。せっかく秋のスポーツ大会も近いわけだし、いい成績出したくはないか?」


 「いや、俺は別に……」


 「いーや、こんな素敵なイベントは私は無いと思う。爽やかな汗を流そうではないか。少し、体力づけの為に走りこもう!私についてこーい!」


 「へーい」生徒はやる気のない返事をし、十和子について行った。犬司はもともと身体を動かすのが好きなようで、走りこんでも疲れていなかった。


 「あれ?鷹山、男子でついてきてるのお前だけか?」


 「そうみたいっすね」


 「鷹山、なにかやってるのか?」


 「空手を少々。小さい頃に母に通わされた道場で鍛えこまれたので」


犬司は苦笑い。十和子は頷いた。


 「感心感心。実はな、昔、薙刀が好きで身体を鍛えてた女子生徒がいてな。私もまたそんな奴に会えるとは。嬉しい限りだよ」


 十和子は遠い目で空を見る、犬司は十和子から少し距離を置いた。


 「先生、取り敢えず続けましょう。奴ら伸びてますから」


 「ああ、すまない。私の所にはいつでも来ていいからな。熱くスポーツ精神について語らおうではないか」


 「は、はぁ」




**


 「ねー、犬司。体育の授業どうだった?」


 「ああ、相変わらず熱いご指導があったよ」


 「そっかー、私もみんなと一緒に走りたかったなぁ」


 美咲は犬司の体力を羨ましがった。美咲はもともと病弱で、呼吸器が弱く長距離を走ることが出来ないのだ。


 「お前も、高校生になってだいぶ回復してきたけど、まだ本調子じゃないのな。その喘息も」


 「そうなんだよー。薬でだいぶ抑えられるようになったんだけど、埃っぽいとこ行くとどうもね」


 「この前のペットショップとか、動物の毛なんか大丈夫なのか?」


 「んー、うちの動物も大体お母さんがブラッシングしてるし、あそこのショップも清潔だからね。私も助かってるよ。ホント」


 美咲は感謝感謝と言っていた。本当はもっと動物とじゃれ合いたいのに抑えている様子を見ると犬司も心が痛んだ。


 「あ、犬司。そう言えばさ。……最近、私のサイト見てる?」


 美咲は少し顔つきが変わった。


 「ああ。見てるけど。どうした?」




 「『カヤ』って人がね、また悪徳ブリーダーの投稿してたんだよ。もう見てらんなくって。抗議のためにパソコンのメールアドレスに連絡したんだ。……怖かったけど」


 美咲は少し震えながら話してくれる。


 「それで、反応はどうだったんだ?」


 「……なんかね、実は今有名になっている『クロイシ・ペットビジネス』あるよね。あの黒石 彰(くろいし あきら)社長がテレビで特集されてるやつ」


犬司は少し長考。そして、思い出したように頷いた。


 「ああ、知ってる。結構有名になってきてるよな」


 「あそこの会社が黒いらしいの。そのカヤって人が教えてくれて」


 「ええええ?!まじかよ!!」


 犬司は大声を出して驚いた。周囲の視線が集まったので、恥ずかしくなって座る。


 「わり。それで、そのクロイシが何で黒いって分かったんだ?」


 「恐らく、カヤって人が『クロイシの元社員』らしいの。あまりにも衛生管理がずさんで見てられなかったとか、悲鳴を上げるように告白してきて」


美咲は溜め息をついた。そして、そのまま続ける。


 「もう少し付き合ってみるよ。何か掴めるかも知れないし」


 「無理すんなよ」




**


 二、三日、美咲からは「(株)クロイシ・ペットビジネス」の話は上がらなかったが、一週間程した時、どっと疲れた様子で話をしてくれた。


 「ねぇ、犬司。落ち着いて聞いて。カヤさんの話だと私たちが生まれ育った所の『森城町』にクロイシの『繁殖・育成課』の施設があるらしいの。一緒に行ってみない?」


 「おいおい、なんか話が大きくなってきたな」


 犬司は驚いてしまう。しかし、美咲は正直ここまで話を聞いて来て、動物に対して見捨てられない状態になっていた。


 「もう、私……悲しいの。カヤさんと連絡を取るたびにこんなことが許されていいのか!って思って。腹が立って悲しくって。何とか一匹でも多く救ってあげたいじゃん。でも、私には一人じゃ無理。お願い、犬司。力を貸して!ケホッ、ケホッ」


 美咲は泣きそうになりながら、犬司に懇願した。犬司は長い付き合いに根負けし、乗り掛かった舟だと思い、また故郷を懐かしむような気持ちで美咲に協力することにした。美咲の背中を擦りながらそう思った。


 「分かった。でも、くれぐれも危ない目に遭ったらお前だけでも逃げろ。俺は久しぶりに鬼瓦師範(おにがわらしはん)にも会いたいし、育ったとこでもあるから。今度の連休に行こうか」


 「ありがとう、けっ、犬司」




**


 週末の土曜日。犬司と美咲は電車に乗って二駅の森城町まで向かっていた。犬司にとっては小学校三年生まで育った故郷でもある。美咲とは高校で再会したのだが、犬司にとって苦く甘酸っぱい思い出の故郷に、久しぶりの帰省だ。決して遠くはないのだが、郷里を離れてしまうと少し戻りがたくなる心境が、彼にはあったのかもしれない。


 美咲は少し動きやすい格好で、しかし決めるところは決めていた。普段の髪型を一本に纏めてアップにして、普段履いているスカートをパンツに変えた。カバンには充電済みのデジカメや催涙スプレーなどを仕込んでいた。また喘息もあるので、吸入器や漢方薬を持ち、不衛生な環境に行ったときの為に、防塵マスクを気休めに。犬司も少し用心深く荷物を纏めていた。お金を多めに持ち、メリケンサックをさりげなく忍ばせてある。携帯食料、懐中電灯、多めのお金にウエットティッシュ等も常備した。


 町に入る。緑の濃い匂いが二人に押し寄せてきた。懐かしくなった二人ははしゃぐようにして言った。




 「なぁ、めっちゃ俺、テンション上がってるんだけど!」


 「私も!お父さんの都合で越してきたけど、なんか嬉しい」


 「少し小学校まで歩こうぜ」


 「うん!」


 犬司と美咲はそのままはしゃぐように、小学校まで歩いて行った――。

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