無の上に建つ金字塔

変太郎

第1話 夏休み

僕、鹿目爽多かなめそうたの夏休みは毎年祖父の家で過ごすことが恒例となっている。

家の中や学校の校舎内でさえ、熱気に包まれるこの季節が、僕はどちらかといえば嫌いだ。長期休暇があるのはいいものの、何故こんな季節に一年で最長の休暇を設けるのか。国家に疑念を抱かずにはいられない。

しかし心のどこかで答えは分かっている。

僕とは縁のない戸の外側の世界を好む別人種のために夏休みは存在していると。

新幹線を降りてから、もう一時間ほど経っただろうか。古びた私有鉄道に揺られ、質素な田園風景を眺めていると、都会での生活で溜まったストレスが浄化されていく。縦に揺れるとともにガタゴトと鳴る不規則な音に、無意識のうちに恋愛系アニメのop曲を脳内再生する。まるで物語の主人公になった気分だ。この休暇中に運命の人ヒロインと遭遇してしまうのでは、というくだらない期待を心底に、貸切状態の車両のど真ん中の席を立つ。下車する駅はすぐそこだ。



蜘蛛の巣のへばりついた階段を降り、有人の改札を抜けると、青臭い空気が鼻を通る。


「もう一年かー」


誰にも見られていないからこそ言える独り言に自ら薄気味悪い笑みを浮かべ、目的地へと足を進める。


人も車も通らない道路をひたすら歩き続けると歩行者用の道が設けられた森に出る。ここまでくればあと少しだ。しかしここにきて持参したゲーム機やら本やらが体力を削るのが毎度のことである。今回も同様だ。森の中は颯爽と生い茂る木々が風に揺れる音で満ちている。そこに僕の足音が重なり、どこか支配者のような気分になる。と、そのとき、どこからか声が聞こえた。


「……ぼ。あそ……。あそぼ……」


僕は猛烈な恐怖心を抱き、ちょくちょく後ろを振り返りながら大地を踏みしめて全力疾走する。


「なんだったんだ……。今の」


森を抜ける、というかぽっかりと空いた森内部の空き地に出ると、黄金色の塔が見えた。ここに人が住んでいるなどと思う人は僕とその親族以外にいないだろう。それも70を過ぎた老爺がひっそりと暮らしているだなんて。二階が入り口になっている面倒な家なので、疲労感に苛まれながらも屋外に備え付けられた螺旋階段をぐるりと半周上っていく。開けるのが申し訳ないほどの大きな扉を力強く開ける。


「来たよー!爺ちゃん」


「おう」


感情の乗らない一言で迎えてくれたこの人こそ僕の祖父、鹿目研志けんじである。


「できればどっかの巨乳の幼女連れてきてほしかったな。目の保養がないとやってられん」


僕はこの人の研究熱心なところはとても尊敬している。しかし、それ以外のほぼ全ての部分が、クズだと心から思う。それでも、ここへ来ることを、毎年どこか楽しみにしているのは確かだった。





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