エルダーニュの薫る丘 -in the After story for Chocolatier-

雪原のキリン

【First drop】~After story~

 親愛なるお父さま、お母さまへ。


 私、セシリーは今、エルダーニュの港町に来ています。「カジメグのお姉ちゃん」が、この世界を去って、三十年。憧れていた、「Ⅷ(セイシャ)の国」の「王都ケハー・大図書館」で薬学の知識を活かす為に、古民家を間借りして毎日勉強に勤しんでいます。


 早くお父さま、お母さまと一緒に働きたいです。うずうずした気持ちを抑えつつ、今日も勉強にいそしんでいます。




 エルダーニュの港町は、「黒と赤のコントラストの魔力船」が「Ⅲ(ギーシャ)の国」から、「Ⅷ(セイシャ)の国」に西回りに航海していくのですが、月に何度か港に停泊して、甘酸っぱい香りのフルーツや、かび臭い匂いのする古書とかを落としていってくれるんです。




 大人になったばっかりなのに、なんだか胸が躍る毎日です。




**


 ここは、Ⅻ(ダース)の世界。チョコレートが「超高級資源」として扱われ、かつて人間(トールマン)、リザードマン、エルフ、ノーム、ドワーフの五種族が、血みどろの戦争をして、奪い合ってきた過去があった。


 しかし、暦では三十年前に、「梶原 愛(カジワラ メグミ)」と名乗る、ひとりの女子高生がこの世界に迷い込み、創造主(神様)の声を聴きながら、四人の悪王を倒し、裏で手引きする悪魔(メフィストフェレス)を打ち倒した。その後、自らの命を祭壇の上の生贄(いけにえ)として捧げることによって、この世界に平和が戻ったのだった。




 少しずつ人々の記憶から、彼女の英雄伝は忘れ去られていったが、冒頭の手紙の著者「セシリア=ケーテル」は忘れていない。彼女は当時、十二歳ほどの子どもだった。彼女は、混血でエルフの母とノームの父を持ち、幼い頃から頭が切れたが、とても虐められていたのだ。容姿も特殊だったのもある。しかし「梶原 愛」の活躍は、彼女自身にも、燃えるような気持ちを、未だに湧きあがらせていたのだった。




**


 エルダーニュの港では、エンガル高地で採れた甘酸っぱい柑橘類が、港で採れた魚介類で交換され、船乗り達の威勢のいい声が周囲に響いていた。物珍しい薬や楽器、古書なども、高値で買い叩かれ、港町の商業施設に並んでいった。


そんな中、混血の美しい女性がインクの滲んだ羊皮紙の手紙を片手に銀色の髪をなびかせながら歩いていた。


 「うふふ。私、この場所大好きなの……」


 彼女はスレンダーで背が高く、両目は赤と青のオッドアイだった。尖った耳と羊のような可愛らしい角が印象的で、どこかあどけない表情で、大人と子どもを織り交ぜたような童顔。引き連れているのは、美しい白い毛並みを持つユニコーンだった。手綱を付けていないのに、ゆっくりと歩幅を合わせて歩いている。人々はその美しさに手を止めて彼女達に見惚れていた。


 


 「セシリーちゃん。今日も勉強の気分転換かい?」


 ドワーフ人の漁師が網を洗いながら、女性に質問をした。


 「はい!おじさま!!私、試験勉強をして『ケハー大図書館の司書』になりたいと思っているの!でも、なかなか勉強が難しくって。悩んじゃって……ああ、小さい頃は本を読むのが好きだったのに、どうしてこんなに疲れちゃうの?」




 「都立ケハー・大図書館」。エルフとノームの住む、Ⅷ(セイシャ)の王都ケハーにある大きな図書館である。円柱構造の古代ギリシアのような白い建物、細工のされた美しいステンドグラス。どこの物を模したか分からないが、神々しく、美しい彫像が至る所に並んでいる。魔術種族(エルフ&ノーム)の知性を集約した結晶のような場所であり、所属博士達もいて、知的交流が成されている。実は王国軍の防衛力よりも、「都立・ケハー大図書館」の魔法使いを集めた方が強いのだ。外国に文献を輸出しているようだ。そんな場所で彼女の両親は働いているのだ。


 白いユニコーンが「セシリー」と呼ばれた女性に擦り寄った。


 「そうよね!煮詰まっても仕方ないわ。今日は魔法の精油『エルダーニュ・オイル』について調べに来たのだから!『マドレーヌ』、あなたのご主人様はすっかり私になっちゃったみたい。なんだか嬉しいのか、ほんのり悲しいのか……複雑な気分だわ」


 「ぶるる」


 白いユニコーンの「マドレーヌ」は嬉しそうに嘶(いなな)いた。


 漁師の男性は女性の言葉を聞いて、首を傾げた。


 「エルダーニュ・オイル?珍しいものを探してるじゃないか。あの変わり者の『ベレンセ=ハウジンハ』が作った怪しい精油だよなぁ?よく分からんが、奴に関わるとろくなことが無いって聞いてるよ。……妹も堅物で食えない奴だよな。最近、旦那と冷戦状態になってるって噂だぜ?」


 「おじさま、失礼なことを言わないで!あの人のお兄様は存じ上げないのだけれど、妹の『アメリア』さんはとても素晴らしい方なんです。私の憧れなんです!!悪く言わないで!!」


 「悪かった悪かった。美人でも怒らせると怖いからなぁ」


 男性は何も言わずに仕事を再開した。




**


 Ⅷ(セイシャ)の国、都立ケハー・大図書館――。奥まった部屋で、腕を組みながら椅子に座る、堅物な性格のエルフの女性がいた。彼女は図書館の制服である、紺色のジャケットとスーツパンツに赤と白の二本線の入った服を着ていた。折り目の整った帽子を被り、襟に付けた権威者の金バッジには「ペルソナの仮面と氷の結晶」が刻まれていた。


 「ふむ、平和で何よりだが、事件が無いのはつまらぬ……最近は、旦那と犬も食わない喧嘩ばかりだ」


 


 机の上の電話が激しく鳴った。


 「もしもし……なんだ、兄か。仕事中になんの用だ?何?……居候がいる?しかも、子どもと黒猫だって?はは、冗談はよせ。切るぞ?……なんだ?まだ話があるのか?」


 電話口の相手に苛立ち始めるエルフの女性。電話を切ろうとすると、土色の鱗をし、丸眼鏡を掛けた華奢な体躯のリザードマンの男性がノックして部屋に入って来た。


 「……またお兄さんですか?」


 「……そうだ。研究熱心なのは何よりだが、ちょっと妹に対しても、熱がありすぎるわ。早く嫁探ししてくれと、お前から言ってくれないか?」


 「ははっ、何を冗談を」




**


 ――港町、エルダーニュ。


 「ああ、なんだか懐かしい……すっかり、私もあの旅路が昔のよう」


 混血の女性は買い込んだ古書を脇に抱えながら、マドレーヌを撫でていた。すると目の前から独特の雰囲気を醸した少年が、黒猫の妖精(ケットシー)と一緒に、人垣を掻き分けて走って来た。


 「どけどけー!!邪魔するなぁ!!市場の場所取りに、間に合わないよ!!」


 「ちょっと!!エルノ!!待ちなさい!!目立つ行動を取るなって、あれほど言ったでしょう!!ぶつかるわよ!!」


 少年は大きな革製のリュックを背負い、口元に竜の模様のスカーフを巻いていた。髪の毛は青髪で、猫は黒く毛づやがとても美しかった。女性は少年の声のする方向に振り向いた。すると、足元にいたようで少年とぶつかってしまった。


 身長差がかなりあったのか、少年は当たり負けし、跳ねるように少年は地べたに尻餅を着いた。大きなリュックからは「小さな小瓶」が飛び出し、堅い石畳に当たって砕け散ってしまった。




 「あー!!金のなる木がぁ!!」


 「おバカさんねぇ!!だから走るなって……」


 砕けた瓶からは、精油のような物が入っており、ほんのりと周囲に柑橘系の甘い香りが漂っていた。周囲の人々は急ぎ足を止め、漂う香りを味わっていた。少年は足を止めた人々に威嚇して散らしていたが、それでも香りは広がっていった。


 「ああ、ただじゃねぇぞ!!ひと嗅ぎ一メル……いや、一テル取るからな!!」


 頭を抱えながら、頭の中で損得勘定をする少年。黒猫は自分の狭い額に手を当てて呆れ返っていた。


 「あちゃー、粉々じゃないの……私、知らないわよ」


 それを見た女性は、してしまった過ちに気が付き、馬の鞍に収めていた小銭入れをまさぐって、両手に包むように差し出した。


 「あのー……ごめんなさいね。これしかないのだけれど……」


 「チッ!しけてんなぁ。おねーちゃん、これ高かったんだ!どうしてくれんだよぉ!!」


 泣きそうになるが、これも彼なりの演技なのだろうか?それに驚いた女性は、思わず肩をすくめた。


 「はぅっ!何でもします!!何でもしますから!!」


 「……はぁ、エルノ。アンタも悪いのよ。ごめんなさいね」


 「ったく」


 「この子、人里に降り立ってからそんなに経っていないの。少しお話がしたいし、お茶でもどうかしら?」


 黒猫が指さした先には、小高い丘の上に木造の小さな家が建っていた。




 「私達、大きな声では言えないのだけれど……Ⅻ(ザイシェ)の国から遊びに来たの。セシリア、あなたのことは、何となく聞いているわ。凄く頭がいいって『ユアン』が言ってたのよ」




 Ⅻ(ザイシェ)の国、それは幻獣の住む桃源郷のような国である。創造主の声を聴くことの出来る、唯一の遺跡が存在し、知性と力を尽くしてもなかなか行くことの叶わない夢のような場所である。そんな場所から、一人と一匹は、はるばる旅をしてここまで来たと言った。セシリアは、半信半疑で首を傾げながら、一人と一匹の後について行くのだった――。


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