手打ちに向けて(その一)

 芦屋隆造は、四名の男と共に現れた。

 護衛役と見られる黒いスーツ姿の男性が二名、そして芦屋栄と顔立ちが似ている……多分芦屋分家当主の猛と栄を連れて神渡ビルへ、車で来ると想像していたが徒歩で、予定時刻の十五分前にビルの受付けへ来た。

 連絡を受けた俺は葉風と風凪と共に早速出迎えに出る。


 芦屋隆造を挟んでスーツ姿の男が立ち、その背後に猛と栄が居た。

 葉風と風凪を連れて受付けへ近寄る俺に、濃紺の紬姿の芦屋隆造は温和な笑顔を向けて軽く会釈し、「今日は宜しく」と声をかけてきた。俺も自分と葉風達を紹介し、身構えずに挨拶する。


 本家の当主というから若くても五十代だろうと想像していた。だが、見た目は三十代に見える。物腰も声も若い。しかし、役柄が与えているのか、畏れに似た圧力を感じる。


「本家の当主にしては若いとお感じですか?」


 こちらの感触を察したように目を細めて言う。


「ええ、少し意外でした。さ、ご案内致しますので、こちらへ」


 俺が先頭に立ちエレベータのある方向へ彼らを促す。芦屋隆造が背後で動き出し、連れも共にする。

 葉風と風凪は最後尾で彼らの様子を伺いつつ歩き出した。


・・・・・

・・・


 十一階にある応接室へ芦屋隆造達を案内する。

 あやかしばかりの神渡ビルでは、十一階の応接室が使われることは滅多にない。

 滅多にと言ったが、俺がこのビルに来てから使われたことはないはずだ。


 崑崙や高天原の神々が訪問してきた際は玖音の部屋で会い応接室など使わない。玖音の部屋は霊気が濃いので、神々にとって快適だからだ。

 人間社会と付き合いがあるから役人が来ることもあるが、その際は別の階にある応接室を使う。


 畳の香りがうっすらと香る和室の応接室には奥に宇迦之御魂神うかのみたまのかみが祀られている神棚がある。

 その前には天板が厚い濃茶の和風のテーブルがあり、上座側の椅子に玖音が座っていた。

 玖音の左隣には荼枳尼がいて、その背後に朝凪が立っている。その隣には、表情こそ平静に保っているが、瞳には怒りを宿し、口を引き締めている風香が俺達に視線を向けて立っていた。


 玖音の右隣に葉風を座らせ、その背後に俺と風凪は立つ。

 芦屋隆造を玖音の正面へ促すと、他の者達は彼の背後に控えるように立った。

 

 隆造が座ったのを確認すると、玖音が通る声で「では早速始めよう」と。


「そうですね。雑談するような間でもありませんから」


 温和な笑顔を崩さずに隆造が頷いた。


「で、本日来訪されたご用件は?」

「このところ生じた騒動の件で」

「どのように治めようとお考えか?」

「こちらとしては、分家の者達とそちらの……巽総司さんでケリをつけて終わらせたいのですが?」

「ケリとは?」


 玖音も芦屋隆造も淡々とした口調で話しを続ける。


「話し合いで済めば有り難いのですが、それではそちらも気が済みませんでしょう」

「戦わせると?」


 隆造の言葉に警戒したせいか玖音からの霊力が一瞬強く感じられた。


「ええ、結果がどうなろうと、それでこの件はおしまいにしたいのですが?」


 確かに、このまま話し合いで終わらせられると俺の中にモヤモヤしたものが残る。玖音から我慢しろと言われれば我慢する。だが、それでも俺の目に映る怒りを抑えている風香の気持ちを思うと、ここは芦屋栄に思い入らせてやらねばならない気を感じる。


「……分家の方々がこれまでと同じことを繰り返すようなら、にはなりませぬ」

「ああ、それは本家の当主としてお約束いたしましょう。分家が行ったような……あやかしを利用して人間社会に迷惑をかけるようなことはさせませんよ」


 芦屋隆造の様子は相変わらず温和で淡々とした口調。玖音から霊圧を感じているだろうに、さすがは本家の当主といったところか。隙らしい隙が見つけられない。


「貴方自身は?」

「私ですか? ご心配いりません。それもお約束いたしましょう。芦屋本家は、自身の権力を求めるためにあやかしを直接利用しません。……それと……こちらのビルの関係者や知人にご迷惑をかけたお詫びもいたします」


 直接ということは、間接的にはありうるということ。

 しかし、あやかしの中には人に悪さする者もいる。認めたくはないが事実だ。それらを懲罰した結果、芦屋家の権力に繋がるのは致し方ないだろうということか。この場合はあやかしにも非があることだから、玖音もダメとは言えない。


「詫び?」

「こちらでは殺生石を探し集めていると聞きました。私どもも仕事の関係上、殺生石と出遭ったことがありまして、本日は当家で保管しているものをお持ちしました」


 隆造が背後に視線をやると、護衛の一人が胸ポケットから箱を取り出して渡した。

 それを受け取った隆造は、お札が貼られている箱を開けずにテーブルに置く。


「これは以前手に入れたものです。こちらをお渡ししましょう。それと、うちの分家がご迷惑をかけた方に謝罪……といっても事が事ですので公にはできません。ですので申し訳ありませんが、ここは金銭でなんとか収めていただけたらと……」


 ゆっくりと顔を横にして玖音は風香を見る。風香の瞳には曇りがあった。桜井哲也に直接謝らせたいという気持ちと、あやかしという存在を明らかにするリスクの間で葛藤があるのが判る。

 いろんなことが矢継ぎ早に起き、風香は気持ちの整理ができずにいる。彼女なりの決断するための時間が足りないのだ。


 芦屋の者に謝罪させるからには、あやかしのことを明らかにするか、嘘のストーリーを作らねばならない。

 俺達は桜井に本当のことを全て伝えてはいない。知っていることを知らないとしている点では嘘を既についている。その理由も明らかにしなくてはならないとなれば、風香にとってかなり重い話だ。


 仙人のこともあやかしのことも、俺は家族に対して隠していくと決めたが、それでもたまには正直に話したほうがと思うこともある。だから風香の悩む気持ちも判る。

 

 風香はやがて微笑んで玖音に頷いた。瞳には多少悲しみが感じられたが、今は隠したままでと決めたようだ。風香の気持ちを察した玖音もまた頷く。表情はいつものように毅然としているが、妹想いの玖音のことだから、内心は風香を抱きしめたいと泣いているのではないか。

 葉風の表情は今の俺には見えないが、横で優しげな表情を風香に向けている風凪と同じに違いない。


「それで手打ちとしましょう」


 玖音が隆造に伝える。彼は頷き、再び背後を見た。

 先ほど殺生石を出した者とは別の護衛が手にした銀色の小さめのアタッシュケースを持ち上げる。


「これとそれを渡してきなさい」


 お札の貼られた箱を持ち葉風の前まで近づき、テーブルの上へ箱とケースを置く。その後ケースを開いた。札束が入っているのを俺達は確認する。多分、一千万円ほどだろう。正直なところ、桜井が被った実害に比して多額だと感じた。


「これがそちらのというわけですか?」


 玖音も、桜井の件だけでは多額と感じたのだろう。怪訝そうな表情で隆造に訊いた。


「はい。今回の件と関係したお願いも一つありますので」

「お願い?」

「ええ、この者達がしでかしたことの影響ですので、本来は私どもで後始末すべきことなのです。実は……」

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