失策の結果


「栄。巽総司の排除が不可能とは言わんが、こちらに不利なことばかり増えているように思うがどうだ?」


 栄へ向けられた兄の芦屋猛からの視線はキツい。

 神渡ビルとその関係者を調査し、人質をとってまで藍睨果のもとへ巽総司を誘き寄せた。

 泰山娘娘と霊峰を日本から引き離すために大陸側で騒動を起こした。

 だが、玖音の力に圧倒された藍睨果は戦わずに投降し、巽総司の排除という目的は達せられなかった。

 報告を聞いた猛は、栄への失望と苛立ちを隠そうもしない。


「……藍睨果が崑崙へ戻る気になるとは想定外でした」


 現世を楽しむために崑崙から逃げた藍睨果。

 気仙の能力を芦屋家の目的のために利用しようと、食客のように接してきた。

 快楽主義者の藍睨果ならば、崑崙へ戻る他の逃げ道を塞いでおけば栄の思い通りに動くだろうと考えていた。

 ところが崑崙へ戻る選択をした。

 監視のために残して来た式神はそう伝えている。


「縛りすぎたのではないのか?」


 猛の指摘は正しいと、今の栄は考えている。

 逃げ道を消したことで、藍睨果の選択肢を絞ってしまった。

 現世には残れない状況を作ってしまった。

 これは誤った方法だと今は判る。


 判断を間違えた理由は焦りか? 

 わざわざ戦いの場を用意せず、巽総司とは自然とぶつかるように誘導すべきだったのではないか?

 

 崑崙から逃げた仙人は他にも居る。

 それらの者は地仙だから、藍睨果ほどの力を持たない。

 彼が戦いを諦めたほどの力を持つ玖音と対抗するのは難しいだろう。


 巽総司を倒すために仙人を利用できそうもないと判った。


 では諦めるか?

 いや、芦屋家の目的を果たすためには、やはり巽総司が邪魔だ。

 それに空狐の玖音もだ。


 つまり神渡ビルが邪魔なのだ。

 潰すか?

 いや、それができないから困っている。


 調べたところ、神渡ビルにいる女神は泰山娘娘の他にも荼枳尼が確認されている。

 力ある陰陽師を多数集めたところで、神に対抗できるはずもない。

 大陸側の組織と手を組んでも同じ事。

 あやかしへの対処が可能な力をどれほど持っていても、神を相手にはできない。


 だから、敵にまわった神渡ビルを潰す方法を考える前に、兄の猛と栄自身の安全をどう確保すべきを考える方が今は重要だ。


「兄上、私の失策は認めます。怒られているのも判ります。ですが、我々の安全を優先しなくてはいけません」


 栄の言葉に、猛は怒りを収めて首を縦に振る。


「お前ばかりに責任があるわけではないからな。で、どうしたら良いと思う?」


 栄は視線を落として少しの間押し黙った。

 そして……。


「日本から離れるのが安全です。しかしその場合は、これまで進めてきた計画を白紙に戻さなければならなくなります。そこで……」

「どうしようというのだ」

「本家を巻き込みましょう」

「お前は何を言っているのだ」


 芦屋本家を巻き込むという栄の意見に、猛は眉間に深い皺を寄せた。

  

「神渡ビルの連中は、無関係の人間を巻き込むことはしません」

「だったら別に、本家でなくても……」

「いえ、今後も式神を育てなければならない点をお忘れなく」


 猛が育てている犬神を憑依させた式神はまだまだ育てなければならない。

 育てて力をつけさせなければならない。

 つまり、弱いあやかしをもっと喰わせる必要がある。 

 

 日本各地を周ってあやかしを見つけるために、たびたび家を留守にする。

 式神を育てていると言えば、家を頻繁に空けても芦屋の者なら怪しまない。

 だが、他の一般的な家を頼ったら、事情を説明するだけでも苦労する。

 まぁ、説明と言っても式神に関しては秘密なのだが、怪しまれないように暮らすだけでも面倒だ。


 また、神渡ビルの情報も集めなければならない。

 指示を受けた芦屋の者が猛や栄のもとに出入りする。

 そのことも本家に居れば怪しまれることはない。


 栄は本家を頼る理由を説明した。


「しかし、こちらの思惑が知れれば……」

「ええ、その点も考えております」


 猛と栄の二人は、本家の誰にも負けない力を持っている。

 しかし、術師の頭数や陰陽師の世界での影響力は、まだまだ本家の方が上だ。

 権力を握るために陰陽術を利用するのは、芦屋家でも厳に禁じられている。

 陰陽術は、あくまでも人を助けるための術という大義を本家は守っている。

 だから、猛と栄の本意に気付いたら、本家は敵にまわるだろう。

 

 だが、本家を操れるようになれば、猛と栄にとって良い手駒になる。

 

 計画を修正しなければならないし、時間もかかるだろう。

 多分、十年は上乗せして計画を見直さなければならない

 神渡ビルと本家の双方からの目に注意し、これまでより慎重に動く必要もあるだろう。


 しかし、選べる案の中ではこれが最上だ。

 万が一、予定が狂った場合は大陸へ逃げることも視野に入れておけばいい。


「……本家の連中に頭を下げるのも已む無しか……」

「申し訳ありません。私の力不足で……」


 普段、術力の劣る本家を下に見ている猛にとって、こちらの苦しい事情を説明して頭を下げて頼るのは口惜しいことだろう。

 栄も同じ思いはある。

 だが、目的を果たすためにならと割り切れる。

 猛にも割り切って欲しいと、栄はジッと見つめた。


「……判った。だが、こちらの事情をどう説明する? 神渡ビルとのことを話すわけにはいかないが」

「島克明のところでトラブルが生じたと言えば宜しいかと」


 広域暴力団への仕事で失敗したのでと言えば、ある程度の説得力はある。

 陰陽術の術師といえども、身の安全を優先しなければならない点は理解されるだろう。

 それに何よりも、それは事実だから本家を納得させられる。

 本家が調べたとしても、巽総司や神渡ビルとの件までは判らない。


「そうか。思うところはあるが、隆造殿を頼るか……」

「ええ、では早速準備させましょう」

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