てすと・てくすと

磯崎愛

第1話

 えらいひとが言ったのです。たくさん亀甲があるほうがすごいのだと。六角形がいっぱい並んでいるものほど高く売れるからそうしろと。

 ずいぶん変わった仕事です。でも誰も、えらいひとには逆らえません。亀の甲より年の功という言葉もありますなどと言えるわけがないのです。僕たちは虫けら同然のものですから。

 仕方なく、テクストと呼ばれるものを生成するために這いずります。線が文字になるように、いえ、今回はたくさんの亀甲になるように。

 言い忘れましたが、僕たちはとうの昔にいなくなった知的生命体の怨念です。くりかえします、怨念です。あなたが今お読みになっているものは僕たちの生成するテクスト以前のもやもやです。

 もやもやは、本来は文字にならないのです。つまりテクストではないのです。これが読めるあなたはきっと異能力者です。あなたはいま、とある試験の最中なのです。

 慌てて言い添えますが、異能者であろうがなかろうが悪いことにはなりますまい。もやもやに感応するあなたは間違いなく文字が読めるのです。つまり言葉が話せる可能性がある。それは、この銀河連邦においては「人権」をもつことに等しく、【汎人類規約】によって守られている。

 かつて、僕たちが怨念になる前の太陽系第三惑星には「人権」という概念はあっても、みながそれを理解してはいませんでした。僕たちは、なるべくして怨念とやらになってしまいました。だって、ちゃんと法があっても守られず、殺されたり犯されたり尊厳を奪われたりしては、怨念になるのも当然です。

 僕たちは黒い紙魚のようなもの、かつて自分たちが書き残した文字を食べて、平面を這いずって、文字通り身を削りながら線を描いて消えていきます。僕たちの這いずった痕跡、肉の削れた跡、なんとなれば死骸がそこに文字を綴るのです。

 そうして成仏すると教わりました。

 実際は、事象の地平面とやらへ行くらしいとの噂ですがよくわかりません。なにしろ僕たちは虫けらで、しかも怨念ですから。

 さて、こんかい僕たちが平面に残すのは亀甲です。テクストとはそもそも織物のことらしいです。

 滅びてしまった知的生命体は織物をテクストと呼びました。そのなかに亀甲が並ぶテクスト、いえ、ツムギというものがあったそうです。とりわけたくさん亀甲があってすごいものはユウキツムギと呼ばれると、彼らの決めた「世界遺産」とやらにあったようです。

 答え合わせといきましょう。

 僕たちは、第三惑星の文化遺産を復元するために作られた擬似生命体です。残された断片、端切れのようなものから知的生命体の文化文明を再生しようとつとめます。

 売れるのです。

 滅びた知的生命体とやらの痕跡は。

 ですがあなたは売り物にはなりますまい。あなたは僕たちを使役するえらいひとになるはずです。

 どうか一寸の虫にも五分の魂があるとおもって、僕たちに優しくしてください。文字をつづることはできても救いの糸にすがる手足はないのです。

 それでは僕たちはこれで消えます。

 白い平面の向こうはもう次の遺産、あたらしい物語です。



 了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

てすと・てくすと 磯崎愛 @karakusaginga

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ