閑話 小野塚卓美の嘆息

 「小野塚ぁ~肩揉んで」

 「あん? 清白様肩凝りするほど疲れを感じる作業なんてされたことありました? 人生においてしたことないでしょ」

 「バリバリされてます~あたしはタイムライン警備で指が忙しいんです~」

 「その警備給料でるんですか?いいですね」

 「黙らんかい」


 ここは日本屈指の進学率を誇る私立天帝高等学校。その学校敷地内にある唯一の寮における、吉祥院清白様の住居空間である。


 そのお嬢様が今どうしているかというと、入浴を終えたあとの艶々したプラチナブロンドをベッドに広げて寝転んでいる。

 この時間は彼女お決まりのツミッタータイムラインの警備タイムだ。


 彼女はやけにふわふわしてて足の露出度が高い女性に人気なブランドのパジャマを着ていて、発育のよい白い太股が丸見えだ。正直目のやり場に困る。

 こういうのは慣れだから、ただ困るというだけなのだが。


 吉祥院清白お嬢様に執事としてお仕えして早十二年。

 私も随分とこの子供にほだされたもんだと思う。二人きりだとこのような扱いをされても彼女は咎めない。勿論人前ではこんなものではなく、まともな主従の演技をしているのだが。

 ……まあ、この話は長くなるので、またの機会にしますかね。


 「あっ……!?」


 「………………どうされました」


 何やら清白様が驚き声を上げた。いつものことなのだが、本当は面倒なので聞いてやりたくない。


 「ちょ、あ? え、ウソぉ……!」

 「…………」

 「聞きなさいよ小野塚」

 「ドウサレマシタ? スズシロサマ」


 言うと清白様はスマホを両手に抱えて私に体当たりをしてきた。ドーンと言いながら当たってきた当たり屋を仕方なく抱き締めて支える。

 彼女は子供の頃からパーソナルスペースがおかしいのだ。狂っていやがる。


 「あのねあのね、MAKOTOくんのツミッターとインステで祐太郎様の続報がきたのよ……!」


 祐太郎というと、今年度この学校における生徒会会長となった大企業の御曹司・神木祐太郎様が思い出されるが、この場合『MAKOTOというモデルと並んで映った写真が話題となった』モデルの祐太郎のことだ。


 というか、祐太郎ってまんまじゃねぇかオイ。ご本人さっきいらしただろうがよ。

 あんためちゃくちゃ見てたのにまさか気がついてない……?


 信じられないような思いで私は清白様をみつめる。彼女は気にした様子もなくだらしなく頬を緩ませている。


 「はあ、やっぱりお友達だったんだぁ~……ふう、尊いわね……」


 いやいや確かにあの写真ではラフな今時な格好をされてたから、普段お会いするときのフォーマルなイメージのある祐太郎様と結び付かないのはわかるが……って、わかるかっての。


 完全に一致! 完全に一致だろうが。照合依頼する?


 「見て小野塚。これ見て、祐太郎様やっぱりクールなのね」

 「うっ携帯口に押し付けんな」


 こちらに勢いよく伸びた清白様のうでを掴み、口許から離し画面を確認する。そこにはMAKOTOのアカウントホーム画面が映っていた。

 すぐ下のところに祐太郎様のアカウントをリツミートしたものがあり、その上にはMAKOTOの呟きがある。

 まず祐太郎様のものはこうだ。


 『この度、縁あってツミッターとインステを始める運びとなりました。何卒宜しくお願い致します。祐太郎』 


 堅っ!? ダイヤモンドの如く堅い。だが堅く短いけどすこぶる丁寧だ。アイコン画像の今時でアンニュイな表情とのギャップがすごい。

 いや祐太郎様らしいっちゃらしいのか……?

 あの方は誰にでも愛想だけはよくて丁寧だからな。


 コメントの下には話題になった写真が撮影されたときに撮られたものであろうMAKOTOとのツーショット写真があった。アイコンとは違い、ほにゃ、とでも効果音がつきそうな柔らかい笑顔を浮かべている。

 ああ……なるほど、なるほどな。これは多くの犠牲者が出ることだろう。うちのお嬢様含めて。


 そしてその呟きをリツミートした後のMAKOTOの呟きがこれだ。


 『仲良しの祐太郎くんにSNSをすすめたら始めてくれました。ここでも仲良くしてくださいね!』


 あらあらあらあら。おお……これはお嬢様滾っちゃうのではないですか?

 ちらと私の顔の下にいるお嬢様をみるとみっともなくにやけていた。

 はいアウト。その顔はアウトですお嬢様。放送規制かけなくては。


 「MAKOTOくんと祐太郎様仲良しなんだって…………MAKOTOくんがすすめたから始めたんだって…………かわいい!!きゃっ」


 そういって私の執事服にすがりついた。ヨレるからやめてほしい。





 吉祥院清白、彼女には秘密がある…………そう。



 彼のお嬢様は極度の面食いであり、重度の芸能人オタクなのだった。

 芸能人オタクといっても誰でもかれでもと言うわけではなく、彼女の目にかなった見目麗しい者たちのみのオタクなので、どうも名称が難しいのだが。

 美しく、彼女の好みに嵌まれば男でも女でも性別不明でもどんな者でも推す。ただただ推す。そういうオタクだ。


 「はあ……よかったすね……」


 ぽんぽんと頭を撫でるとふふふと下から聞こえてきた。


 そうして私こと小野塚卓美は今日も嘆息するのだった。

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