空からオッサンが降ってくると

@meatcoffee

第1話

私はただ、物語に興味があっただけです。

世の中には数多の物語があって、それは多くの人が知ることもあり、知る人ぞ知る物語もあります。文字になったり、絵になったり、歌になったりと様々な形で生まれ出る物語の一部に私も入りたかった。

勿論、生きていればそれなりの物語と出くわすこともあるとは思います。

でも、私の求めている物語はどちらかというと劇的なものであって、誰しもが経験するような有体のものでは満足できません。

ただ、物語には"起承転結"と外せない不文律も存在し、17年という短い人生経験しか持たない私のような平々凡々な女子にはそのような劇的な物語の起承転結の"起"の字も起こりませんでした。━━それなら、自分から起こす他ないじゃないですか。


そんな簡単な事に今まで何故気づかなかったのか、余りにも受動的な自分自身を戒めつつも私は準備に取り掛かりました。

やりたいことは既に決まっていたので時間はそうかかりませんでした。


屋上から地面までの距離、私の体重、落下速度、制動距離、衝撃力を計算。びっくりする数字が出ましたけど私の決意は揺らぎませんでした。

流石の私も痛い目を見るのは御免こうむりたいので下準備も欠かしません。

緩衝用のマットを何重にも重ねて高さ2m近くまで積み上げてやっと準備完了。

意外にもそれはスムーズに、勿論外野の目は口ほどに物を言ってきましたが無視を決め込みました。

学校生活では優等生に近かったのも幸いしたのかもしれません。


はい、私は空から女の子が降ってくるその"女の子"になりたかったんです。勿論、受け止めてくれる男の子が居ればそれが理想ですが生憎と私にはそのようなことを頼める男友達は居ませんし、同性にも友達は居ません。

友人を作らなかった訳ではなく私の物語に登場してほしい人に出会わなかっただけ。それじゃあ意味が無いじゃないかって?確かに事前にその役者を見つけることはできませんでしたが物語なんてご都合主義ここに極まれりなところもありますので、そこはまあ流れで誰かしらが当てはまるかなと思っていました。


準備を整えた私は屋上へと向かい、フェンスをよじ登り地上を見下ろしていました。人の想像力は凄まじいもので体感したこともない高さの落下の恐怖をイメージとして頭に直接危険信号を送ってきます。

足が竦み、血の気が引きます。

はい、頭では大丈夫だと分かっていても正直怖かったので随分と躊躇っていました。それが幸か不幸か周りが私の存在に気付く時間ができたようで、地上には疎らに人だかりが出来、屋上には男性教諭が緊迫した面持ちで現れました。


「待て!白川!!」


私の苗字を叫ぶ男性教諭は担任でもある"堺先生"。普段はおっとりとした口調なのだがどうしたことかその時は厳格でいて怒気も孕んでいました。

何故怒っているのかは分かりかねましたが、尻込みしていたのを気づかれたくはなかったので冷静を装って何用かと尋ねました。


「先生、何しに来たんですか?」


「お前を止めに来たんだ!」


何故先生が私を止める理由があるのだろうか━━?ああ、流石に自分の担当するクラスの生徒が自殺をしては寝覚めは確かに良くはないだろう。

しかし、私は自殺をするつもりなどは毛頭無い訳で。


「自殺する訳ではないですよ?下にちゃんと緩衝用のマットも敷いてあります」


「じゃあ一体何のためにこんなことを!?」


頭に血が昇っているのか、恫喝にも似た激しさで捲し立てる先生は少し怖く感じました。


「私は物語を始めたいだけです」


「物語?」


恐らく先生は私の言葉に理解を示してはくれないことは分かっている。しかし邪魔をされるのはここまで準備をした私にとっても遺憾である。


「先生?私は死ぬつもりはありませんし、先生に迷惑をかけるつもりもありません」


「今でも十二分に俺に迷惑がかかっている!」


「屋上に立っているだけなのに?」


「フェンスの外側に立っているだろうが!それだけでもお前を見る他の目は自殺と決めつける」


「それは心外です」


「それが現実だ」


現実━━。そう言われてしまうと説得力がある。

地上から私を見上げる人だかりは確かに好奇心もあるにはあるだろうが一様に不安そうだ。

何故そこまで不安がるのだろうか、事前にマットを敷いてあるのも目に見えて分かることなのに。


「はぁ、先生は物理の担当でしたよね?」


「ああ、それがどうした?」


「この屋上の高さから体重40kg程度の私が落下したとして、厚さ2メートルを超える緩衝用マットに着地するときに死亡すると思えますか?」


「俺は暗算は得意ではないし、言いたいことはそういうことじゃない。お前のその行動の結果ではなく、その過程として何がお前をそうさせるのかが問題なんだ」


「それは先程言いました」


「物語か?」


「はい」


「そうまでしないとその物語は始まらないのか?」


「始まるのかどうかすら私にはわかりません」


そう、私が空から降ってくる女の子になれたとしても何が変わるかもわからない。

飛○石を持っている訳でもなく、お空に浮かぶお城の伝説がある訳でもない。


「━━そうか、白川。お前暗算は得意か?」


不意に堺先生は問いかけてきた。

小学生時代そろばんを習っていたこともあり、暗算には自信がある私である。


「得意ですよ」


「それじゃあ確認だ。衝撃力Fの公式を言ってみろ」


「F= mv / Δtです」


「━━ん。じゃあこの高さから体重65kgの俺が落下したとして無事か?」


「計算上は問題ありません」


「なら、良い」


そう言うと、先生はフェンスをよじ登り始めた。


「な、なにが良いんですか?」


「俺が飛ぶ」


「はい?」


「俺はお前がここから飛び降りれば恐らく世間に吊し上げられる。かと言ってお前を説得できるほど弁が立つ訳でもない。ならもう俺が飛ぶ!俺が物語を作ってやる!身体でな!」


何を言い出すかと思えば……本当に何を言っているんだこの人は。

息巻きながら私の隣に並び立つと震える腕で私の肩を叩く。


「空から女の子ではなくオッサンが降ってくる。面白いじゃないか、もしお前がこの物語を形にしてくれるなら俺は金を払ってでも買ってやる。100円くらいで売ってくれ」


懐の小ささを生徒に見せつけながら脚と共に笑う先生を見て、不覚ながらも笑いが込み上げてきてしまう。


「ぷっ…クスクス」


「笑っている場合じゃないぞ、正直立っていられるのも限界に近いんだ」


「高所恐怖症なんですか?無理しなくてもいいですよ」


「いいや、するね!教え子の飛び降りなんて見てられるか!よし、覚悟はできた。合図をくれ」


私としても、正直空からオッサンが降ってくる物語は見てみたいと思ってしまいました。

決して文才がある訳でもありませんが、形にできるのならばしてみたいと。


そして好奇心に負けて私は合図を送る。


「━3,2,1」


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


オッサンが絶叫しながら祈る様に飛び降りた。それはほんの1秒足らずの出来事。

ボフンっ!と少々小太りの身体はマットに吸い込まれるように着地するとしばらく動かなくなる。

モゾモゾと丸い物体が動くのを屋上からでも確認できると私は何故か嬉しくなった。

勿論、空から降るオッサンを受け止める人間など皆無であって、物語の始まりとしては合格ラインにも達していないのだが、私はそのまま物語を進めることにしました。


「って!なにやってんだあああああああああああああああああああああ!!!」


オッサンの絶叫は再び続く。そう、私が飛び降りたのだ。

慌てふためきマットの上では挙動不審にも試行錯誤を繰り返すオッサン。しかしその考えも纏まることはなかったようで、私はマットまで一直線にダイブとなった。


ボフンっ!と再び衝撃を受け止めたマットからは音がする。


「受け止めてはくれないんですね」


「逆に危険かと思ってな━━」


「その微妙に現実味のあるところが先生らしいですね」


「なにを言う、俺は元から現実主義者だ。しかし、お前まで飛び降りたら意味がないじゃないか」


「意味はありますよ?オッサンが空から降ってくると女の子も空から降ってくるって物語の完成です」


「━━ふむ。その続きは想像しづらいな」


拳を顎に当て、考え込む先生に私は微笑みながら続ける。


「良いんですよ!この話の続きは私と先生で作っていけそうですから」

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