第6話俺の話

 直樹は嬉しさで一杯だった。

 幸福感で胸が満たされる。

 しかし、同時に罪悪感のようなものが胸をチクリとさせた。

 直樹は空蝉高校の男子生徒の中でも猛スピードで女生徒との距離を縮めている。

 だがそれはソフィアが直樹に歩み寄っているだけであり、直樹からは一歩も踏み出せていない。

 不甲斐無さが去来した。



 直樹はソフィアと並んで歩く。直樹の右側にソフィアがいる。

 デジタル画面により麻痺していた直樹の五感が歓喜の声を上げ復活していた。

 ソフィアの姿は直樹の目を癒す。

 ソフィアの声は直樹の耳を慈しむ。

 ソフィアの掌は直樹の肌を和らげる。

 ソフィアの香りは直樹の鼻を擽る。

 直樹の味覚だけが灰色だった。


「直樹くんの話、聞かせて?」


 ソフィアが直樹の顔を覗き込み、言葉を紡ぐ。


「俺の話?」


「うん」


「えーと、なんだろう」


 直樹は思案を巡らせる。


「別に、なんにも面白いことなんか無いよ。俺、普通の奴だし」


 直樹が自分の事を凡庸だと表現する時、心は裏腹に自信に満ちていた。

 しかし、今、ソフィアの前で口にした言葉には裏など無かった。

 直樹が今まで自信を持ち、日々を過ごしていたのは自分の事だけを考えてきたからだ。

 直樹にとっては自分を満たす事が重要であり、他者の物差しなど意に介さなかった。

 だが今、ソフィアの事を考えて、ソフィアの為になる事を考えた時、直樹は自分がソフィアの為に出来る事が思い浮かばなかった。

 直樹は嘗てない自己嫌悪に陥る。

 なんて自分は駄目な奴なんだ、と。

 こんな有様ではソフィアも愛想を尽かすだろう、と。


「どんな事でも良いから、知りたいな。直樹くんのこと」


 ソフィアは直樹の自嘲に否定的な感情を抱かなかった。

 ただ、直樹が自分の事を面白くないと言った事だけを否定した。

 それはまるで女神だった。

 直樹は今まで世間を侮りつつも、厳しいものだと考えていた。

 英雄、天才、エリート、カリスマ。

 そう言った価値の有る人間しか、世界から優しくされない、大切に思われない。

 そう思っていた。

 しかし、ソフィアは直樹の事に関心を持っている。

 ソフィアは英雄や天才、エリートやカリスマを求めて直樹に話しかけている訳では無いのだ。

 直樹は身震いし、長らく流していなかった涙を零す。




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