Hearts Seeker ~天使と悪魔の共謀策~

玉美 - tamami-

第1話:真紅の悪魔

「今日も月が綺麗だべ~。バリバリ割れとるだ」


 三階建ての屋根の上でそう言ったのは、奇妙な訛りの入った赤毛の男。


『んなこたどうでもいい。早く中を確かめろよ』


 姿なき声が、赤毛の男に催促する。

 赤毛の男は、手に持った小さな宝箱のようなものを静かに開いた。

 中に入っているものは、大粒の真っ赤なルビーの結晶。

 美しく磨かれたそのルビーは、この世のものとは思えないほどの輝きを放っている。


『おうおう、キラキラしやがって。おい、早くしろよ』


 姿なき声に急かされて、赤毛の男は腰にある変わった形の黒い銃を取り出し、ルビーに向けて引き金を引いた。

 銃口から放たれたのは、黒い弾だ。

 弾はルビーに当たると同時にその中に溶け込み、赤く輝いていたルビーが一瞬黒く染まったかと思うと、中から光り輝く何かが浮かび上がってきた。

 それは、ハート形の、薄紅色をした、光のハーツ。

 心臓のように脈打つそれは、何かを語り掛けるように輝きを放っている。

 ハーツを手に取って見て、赤毛の男は溜め息をつく。


「あぁ、こりゃ……。また違ったべ。なかなか見つかんねぇもんだべなぁ」


 赤毛の男は、月夜の空へとハーツを放つ。

 ハーツは光を放ちながら、夜空の彼方へと消えていった。


『ふぃ~……。これで何個目だ?』


 姿なき声が尋ねる。


「ん~わからん。けどまぁ、これで誰かが救われるんなら構わねぇ。また探すべや」


 赤毛の男は満足そうな笑みを浮かべて、両手を枕にして寝転がる。

 その左手は、人の手の形をしていない。

 青い焔を灯したその左手は、複雑な形の、金色の鍵だ。


『アヴァン、お前ってやつはよぉ……。もうちょい緊張感持てねぇのか? このままじゃ、俺様は永遠に解放されねぇじゃねぇかよ……』


 姿なき声が呆れたような声を出す。

 すると、アヴァンと呼ばれた赤毛の男は、背後に何者かの気配を感じ取り身を起こす。

 アヴァンの深い海のような藍色の瞳が捉えたのは、長い金髪の女。

 月の光に照らされた肌は白く、エメラルドのような緑色の瞳がとても愛くるしい。


「あら? 気付かれるなんてね、予想外だわ」


 艶っぽいその声の主は、スレンダーな体に豊満な胸を持ち、どんな男でもひれ伏してしまうような魅惑的なオーラを放ちながら、ゆっくりとアヴァンに近付いてくる。

 目の色とよく合っている緑色のミニワンピースと、その下から伸びるスラリとした足の先には、ヒールの高い靴を履いているのだが、いかんせん露出が高い。

 そのくせなぜか手だけは、ワンピースと同じ色の手袋で隠している。

 妙な女だなと思ったアヴァンの視線の先にあるのは、女の首から左手にかけて存在している、赤い入れ墨。


『只者じゃなさそうだぜ?』


 姿なき声がアヴァンに忠告する。

 アヴァンは立ち上がり、身構える。


「警戒しないで。私はロゼッタ。おそらくだけど、同業者よ。あなたは誰?」


 ロゼッタと名乗った女は、そう言って歩みを止めた。


「知ってどうするべ?」


 アヴァンの言葉に、ロゼッタが微笑む。


「あなたに興味があるの。いろいろとね……。聞きたいことがあるのよ」


 そう言って、ロゼッタはアヴァンの足元に置かれている小さな宝箱に視線を移した。

 その時だった。

 大きな丸い光が、アヴァンの背に当てられた。

 手をかざし、光の出所を探すアヴァンの目に映ったのは、地上で待機している数十名の武装した警察官たちだ。

 巨大なライトをアヴァンに向けて、隊列を組んでいる。

 馬に乗った警察官も数名いて、丈の長い鉄砲のようなものを構えている。


「お前は完全に包囲されているっ! そこからおとなしく降りて来いっ!」


 けたたましい大声の主は、警察官の中で一人だけ浮いている、スーツ姿の髭の生えた男。


「あぁ、見つかっちゃった……。仕方ないわね」


 ロゼッタは、アヴァンに右の手の平を向けて……。


「少し眠っててちょうだい」


 ロゼッタのエメラルドの瞳が光ると、アヴァンは意識を失った。






『アヴァン……。アヴァン、起きろよ……』


 声に気付いて、アヴァンはゆっくりと瞼を開いた。

 その目に映ったのは冷たい石造りの天井だ。

 体を起こそうと試みたが、どうやら手足に枷をつけられているようで、上手く身動きがとれない。


「何があったんだべや?」


『ここがどこだかわかるか? 牢獄さ。お前は捕まったんだよ。あの女は警官だったのさ。まんまとまぁ……』


 鼻で笑うようなその言い方に、アヴァンは困ったような顔で笑う。


「そりゃすまんかったなぁ、エビル」


 アヴァンは、姿なき声のことをエビルと呼んだ。

 冷たい地面の先には鉄格子の扉があり、その向こう側は暗くて何も見えない。

 辺りは静かで、アヴァンたち以外は誰もいないようだ。


「で、おいらはどうすりゃいい?」


 手足の枷を外せまいかとアヴァンは体を揺する。

 ジャラジャラという鎖の音と、左の鍵手が鎖と擦れるキンキンという音が耳障りだ。

 そしてアヴァンは気付いた。

 いつもはそこにあるはずの黒い銃が、腰につけたホルダーごとなくなっている。

 推測するに、警察官に取り上げられたのだろう。

 あれだけは、アヴァンにとってなくてはならない物だ。

 早く探して見つけなければと思い、アヴァンは枷を壊そうと手足に力を込めるが……。


『じっとしてろい。ここは様子を見ねぇと……。下手に動きゃ、ドツボにはまるぜ? あの女、只者じゃねぇ。俺様の憑いているお前に、熟睡の魔法をかけやがった。誰にでもできることじゃねぇ』


 エビルの言葉は最もだった。

 しかしながら、生来能天気なアヴァンは、女のことなどさほど気にしていない様子で、枷を壊すことは止めたものの、どうにかここから外に出られないかと考えている。

 すると、鉄格子の向こう側に、制服を着た男の警察官が数名現れた。

 鉄格子を開けて中に入って来た警察官が告げる。


「今から取調室へと移る。変な気を起こすなよ」


 アヴァンは二人の警察官に両脇を抱えられて立ち上がり、足枷のみ外された。


『おとなしくついて行け。銃もねぇんだからよぉ。はぁ~あ』


 エビルが溜め息をつく。

 正直なところ、アヴァンはいつでも逃げられるのだが、銃の行方がわからない。

 仕方なく、アヴァンはおとなしく警察官の後をついて行く。


 牢屋から出て、階段を上り、石造りの通路を通って、窓のある部屋に入る。

 窓からは眩しいほどの日の光が差し込んでいる。

 どうやら、アヴァンが眠っている間に夜が明けたようだ。

 部屋の中にはテーブルが一つと椅子が二脚あり、少し離れた壁際には見慣れない小さな生き物が立っている。

 アヴァンの体の四分の一ほどの大きさしかないその生き物は、おそらく獣人だ。


 獣人とは、人の形をした動物、もしくは動物の一部を持った人のことだ。

 今アヴァンの目に映った獣人は前者の方で、犬のパグが二足歩行しているようにしか見えないような風貌だ。

 ただ、ファッションには強いこだわりがあるようで、高価なブランドのスーツと帽子とサングラスと革靴で決め込んでいる。


「ブルータスさん、どうしてここに?」


 アヴァンを部屋に連れてきた警察官の一人が、獣人のことをブルータスと呼んだ。


「許可はとってある。俺も同席する」


 思いもよらないようなバリトンボイスでそう言ったブルータスに、警察官は軽く頷く。

 アヴァンを椅子に座らせて、二人の警察官が部屋を出ていくと同時に、今度は見覚えのある髭の男が部屋に入って来た。

 男は紺色のスーツに身を包み、白髪交じりの頭をオールバックにしている。


「ぬ? ブルータス、なぜここにいる?」


 ブルータスの存在に気付き、怪訝そうな顔をする髭の男。


「なぜ? そりゃこっちの台詞だ、ノートン。こいつはロゼの獲物だぜ? なぜお前が取り調べるんだ?」


 ブルータスのサングラスが、一瞬キラリと輝いたかのようにアヴァンには見えた。


「ふん。グレーシア捜査官は規則を破った。司令官であるわしの命令を無視して、勝手な行動をとったのだからな。今回は大事に至らなかったが、次もそうだとは限らん。きっちり反省してもらわねば」


 ノートンと呼ばれた髭の男は、偉そうな態度でアヴァンの向かいの席に座る。


「初めまして、とでも言うべきかな? 私はノートン。ディック・ノートンだ。この町を守る第二級犯罪捜査室長官だ。お前だな、ここ数か月、この町で犯罪を働き続けている真紅の悪魔クリムゾンデビルというのは……。まず初めに聞こう。お前は誰で、何者だ?」


 ノートンはアヴァンの顔から足の先までを、観察するかのように細かく見る。

 その目に映るのは、風変りにもほどがあるアヴァンの姿だ。

 全身光沢のあるダークブルーの服はピチピチで、時代遅れのブーツを履き、髪は燃えるような赤毛でボサボサ。

 そして何よりも異質なのは、左の鍵手と、アヴァンの肌の一部が陶器のようにひび割れていることだ。

 アヴァンは、何をどう答えればいいものやら、と考え込むが、嘘をつくのも面倒なので真実を話すことにした。


「おいらはアヴァン。アヴァン・ハーモニア。魔族だ」


 アヴァンの言葉に、ノートンの凛々しい眉毛がピクリと動く。


「見りゃわかる。何の種族だ?」


 ブルータスが横やりを入れる。


「種族? ん~。……言ったところで、おめぇらにはわかんねぇべよ」


 緊張感のないアヴァンは、そう言って笑う。


「アヴァン・ハーモニア。魔族であるという言葉は信じよう。その髪、その左手、そして……、そのひび割れた肌……」


 ノートンの言葉に、アヴァンは笑うのを止めた。

 アヴァンの肌は、ノートンの言葉通り、ひび割れている。

 額から左目を通り、頬を過ぎて喉にまで続くそのひび割れは、服で隠されたアヴァンの心臓まで到達しているものだ。

 あまり鏡を見ないアヴァンは、改めてそのことに気付かされ、少しばかり気落ちする。


「お前の目的は何だ? 昨晩もそうだったが……。なぜ、盗みを働いたにも関わらず、盗品をそこらに置き去りにする? 何が目的だ? 殺戮か? いや、違うな。怪我を負った者たちの中に重傷者はいるものの、今のところ、死者は出ていない……。では、いったい何がしたい? 何のために罪を犯す?」


 ノートンは、まるで珍獣でも見ているかのような表情でアヴァンに問い掛ける。

 今年で御年五十八歳となるベテラン捜査官のノートンでも、住居に不法侵入し、警備の警察官を襲い、窃盗を行ったにも関わらず盗品を捨てて立ち去る犯罪者など、今まで出会ったことがない。

 すなわち、目の前にいるアヴァンは、ノートンの長い警察官人生の中で初めて目にする珍獣なのだ。


「何のためと言われてもなぁ……。聞いてどうするべ? きっとおめぇには、おいらが話すことは全部理解できねぇべよ」


 アヴァンの困ったような表情と、変わらないのんびりとした口調に、ノートンはいささか腹を立て始める。

 すると、ノートンの背後の扉がノックされて、目深に帽子を被った警察官が扉を開けた。


「ノートン長官、お電話です」


 顔の見えない警察官はそう言った。


「電話だぁっ!? そんなもの後で掛け直すっ! 今は取調中だっ! 邪魔するなっ!」


 怒鳴るように言い放ったノートン。


「しかし、電話先は町長であるデトワール婦人でございますが……」


 警察官の言葉に、ノートンは表情をサッと変えて、無言のまま席を立ち、部屋を出ていった。

 するとその隙に、顔の見えない警察官がするりと中に入ってきた。

 被っていた帽子をサッと取り外して現れたのは、流れるような長い金髪と、緑色の瞳。


「おめぇ! 昨日のっ!?」


 アヴァンは驚いて立ち上がる。


「おはよう。よく眠れたかしら? コソ泥悪魔さん♪」


 警察官は、昨晩屋根の上で、アヴァンに熟睡魔法をかけたロゼッタだった。


「それにしても驚いた。まさかこの国で、本物の魔族と出会えるなんてね。この国は魔力を持たないただの人間、ビプシーばっかりだから。あなたみたいな魔族なら盗みなんてし放題ね」


 愛らしい顔でニッコリと笑って見せるロゼッタだが、言葉の内容とその表情は完全に反比例している。

 そんなロゼッタが、壁際に立つブルータスに気付く。


「あら、ブルータス。いたのね。あなたがいるなら、私、必要なかったんじゃない?」


 唇を尖らせるロゼッタ。


「まぁいいじゃねぇか。俺はもうしばらく様子を見る」


 ブルータスはそう言って、短い足でテクテクと歩き、ギリギリ手の届くドアノブを回し、外に出て行った。

 ロゼッタはアヴァンに向き直り、またニッコリと笑って、先ほどノートンが座っていた椅子に腰かけて、アヴァンをじっと見つめた。

 ロゼッタの、何かを誘っているかのような厭らしい目つきに、アヴァンはドギマギする。


「単刀直入に言うわ、私と手を組まない?」


 両肘を机に立てて頬杖をついた状態で、ロゼッタは首を傾げてそう言った。


「あぁ? 手を組むって、おめぇ……? おめぇは警官だべ?」


 戸惑うアヴァンに対しロゼッタは、机の上に見覚えのある銃を置いた。

 それは、アヴァンの持ち物である、あの黒い銃だ。


「おぉっ!? おいらの銃っ!? なんで? なんでだべっ!?」


 ますます困惑するアヴァン。


「私ね、とってもとっても嘘つきなの。だから、説明したって嘘ついちゃうわ。けど、あなたが私と手を組んでくれるのなら、この銃を返してあげる。これは本当よ? あなたにはこれが必要なんでしょ? 悪い話じゃないと思うけど……。どうかしら?」


 目をパチクリさせて、アヴァンを見つめるロゼッタ。


『おいアヴァン。ここは適当に嘘ついとけ。とりあえず、これがありゃどうにかなるんだしよ。後は逃げりゃこっちのもんだ』


 エビルがアヴァンに話し掛ける。

 エビルの声は、アヴァン以外の者には聞こえない。

 エビルはアヴァンの一部であり、アヴァンの中にエビルは存在しているからだ。

 しかし、今回ばかりはそうもいかなかった。


「お馬鹿さんね。逃げられるわけないじゃない。無駄な悪あがきはやめて、私と手を組みましょうよ?」


 ロゼッタには、エビルの声が聞こえていたのだ。

 それも、はっきりと、くっきりと、いるはずのない第三者がそこにいると、ロゼッタは認識している。


『なっ……? この女、俺様の声が聞こえるのか?』


 エビルは動揺し、アヴァンも同じように動揺する。


「あら、失礼ね。私にはあなたの声が聞こえないとでも?」


 ロゼッタは何もかもを見透かしたような緑色の瞳で、アヴァンを見つめる。

 いや、アヴァンの中にいる、エビルを見つめているのだ。


『おいアヴァン、前言撤回だ。ここはこの女の言う通りにしておこうぜ。こいつ、やっぱり只者じゃねぇ……』


 エビルの緊張が、アヴァンにはひしひしと伝わっている。


「ん~……。わかった! おめぇさと手を組む! けど、おいらもやらなきゃなんねぇことがあるんだべ」


 アヴァンの言葉に、ロゼッタがニッコリと微笑む。


「オーケー。じゃあ、銃は返すわね。今夜十二時。レイヨール広場の時計塔で落ち合いましょ。詳しい話はその時に……。それまではあなたの好きにしてて。どうせ、手枷なんて無意味でしょ?」


 ロゼッタが言い終わらないうちに、アヴァンは両手に力を込めて、手枷を引き千切った。

 その様子にロゼッタは、感心したように口笛を吹く。


「わかった。けど、レイヨール広場ってどこだべや? おいら、あんまりこの町に詳しくねぇんだ」


 ヘラヘラと笑うアヴァンの額に、ロゼッタがポンッと人差し指で触れる。

 すると、アヴァンの頭の中に、この町全体の地図と、レイヨール広場の時計塔の画が入り込んできた。

 色とりどりの花が咲き乱れる広い公園の中、三つの噴水に囲まれた場所に、町のどの建物よりも背の高い巨大な時計塔が立っている。


「ここがレイヨール広場、そして時計塔。いい? 十二時きっかりよ? じゃないと、今度は熟睡魔法なんかじゃ済まさないからね」


 ロゼッタは、アヴァンの額に当てた人差し指で銃を撃つ真似をして、ニッコリと笑って部屋を出て行った。

 アヴァンは自分の身に起きたことを理解できず、ポカンとした表情で椅子に座っている。


『あの女……。詠唱も無しに他者の心に入りやがった……』


 エビルは驚きを隠せない。

 左の鍵手を器用に使ってポリポリと頭を掻きながら、アヴァンは右手で銃を仕舞う。

 頭の中に入り込んできた画の中に、地図や時計塔とは別の、栗色の瞳をした小さな女の子の画が混じっていたことに気付いたのは、アヴァンだけだった。


「さて……。銃は戻ってきたし、ここにはもう用はねぇべ。どっから外へ出るべか……」


 立ち上がり、ぐるりと部屋を見渡していると、ドアが開いてノートンが入って来た。


「なっ!? お前っ!? どうやってっ!?」


 慌てふためくノートン。


「おいっ! 誰か来てくれっ! 銃を持って来いっ! 奴の手枷が外れてるっ!!」


 部屋の外の通路に向かって、ノートンが叫ぶ。

 ガヤガヤと、人が集まってくる音がする。


「あ~、面倒くせぇべぇ~」


 アヴァンはそう言って、左の鍵手の真ん中にある小さな青い焔を、轟々と燃え盛らせ始める。

 青い焔はどんどん大きくなって、アヴァンの背に向かって伸び、一対の焔の翼となった。


「うわぁっ!? あっ、あっ、悪魔めっ! やはりお前は、悪魔だったのかぁっ!?」


 腰を抜かす寸前のノートン。


「違うべ。おいらは魔族。赤獅子レッドレオンの血を引く魔の獣だ」


 ニヤリと笑みを浮かべたアヴァンの口元には、獣のような鋭い牙が生えている。

 常闇のような藍色の瞳がギラリと光り、ノートンを鋭く突き刺す。


「ひぃっ!?」


 恐ろしさのあまりノートンは、とうとう尻餅をついて後ろに倒れてしまった。

 駆けつけた警察官たちも、アヴァンの姿を見て恐れおののき、銃を構えるも撃つことができない。


 アヴァンはギュッと握りしめた右手の拳を、窓のある壁に向かって突き出した。

 アヴァンの右手が生み出した衝撃により、一瞬で壁は砕け散り、爆風が巻き起こる。

 そこにいる全員が、粉塵から逃れようと目を瞑った。


 そして、警察官たちとノートンがやっとのことで目を開いた時に見たものは、壊された壁の向こう側にある、眩しいほどに光り輝く太陽と、澄み渡る空に向かって燃え盛る青い焔の翼を広げて羽ばたいていく、真紅の悪魔の後ろ姿だった。

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