第4話 「えっ、いや違います……見てません!」


「長束! 長束!」


 再び若い女性が俺を呼ぶ。


「はい……」


 ほのかに肌寒さを感じる。しっとりふわふわの毛布にくるまれて、まだぬくぬくしていたい、そんな心地の良い眠気に包まれていたが、声に反応して目を開けた。

 目を開くと、俺の真正面に、セーラー服っぽいデザインのベージュのセーターを着た、小柄で茶髪のロングヘアの美少女が座っている。眠そうな目つきでぼんやりとこちらを見ているではないか。そしてその背後にはスラッとした巻き髪金髪ロングヘアの美少女が立っている。


「はぁ、やっと起きたね。じゃあ帰るよ」


 後ろから声がして、驚いて振り向くと、さきほど目の前にいたはずの巻き髪金髪ロングヘアの美少女がこちらに話しかけていた。

 金縁の白い襟のついた、赤いチェックのワンピースを着ているその美少女は、つるんとした卵のような肌の小顔で、ハーフモデルのようにはっきりとした目鼻立ちをしている。


「え、え……?」


 ここはどこなのだろう。老朽化の進んだコンクリートの壁には、さまざまなステッカーが貼られ、いたるところに、カラフルな油性マーカーでサインや落書きが書かれている。そして、埃(ほこり)臭(くさ)い。部屋の隅にはアルミラックと座面の破れた小さな椅子が置かれており、物が散らかった部屋の中には5人ほど女の子がいて、それぞれが壁にもたれかかりながらスマホ片手に自撮りをしている。近くでライブでもやっているのだろうか、激しめの音楽とドスドスと足音のような音が部屋まで聞こえてきていた。

 俺は一体どこにいるのだろうか。


「‼」


 その時だった。部屋の奥にいる少女の一人が、おもむろに着ていた黄色いワンピースを脱ぎ出した。


「あーめっちゃ汗かいちゃった〜」


 柔らかな白い肌はしっとり汗で濡(ぬ)れている。そして汗ばんだ肌に添えられた、薄いピンクのレースの下着。

 どういうことだ、ここは天国か? いや天国に行けなかったんだっけ?じゃあセクキャバか?いやいやいやこれどういう状況なんだ……‼

 息を吐くことすら忘れる衝撃的な目の前の出来事に、俺は瞳孔を開き、ただ固まるしかなかった。すると、下着姿の少女とばっちり目が合ってしまい、俺はいそいで目をそらす。いやいや、俺は見てない! いや見てたけども! あくまで見てない風を装う!


「あー! 長束ちゃんいま美希(みき)をガン見してなかった?」


「!!!」


「なんかエロい感じで見てたでしょ〜!」


「えっ、いや違います……見てません!」


 普通にバレていた。

 慌てて否定したものの……甲高くなった聞きなれない自分の声に、思わず俺は喉のつまりをとるように、ンッンッと咳(せき)払(ばら)いした。

 起き抜け第一声の声というのは自分でも、え? と思うくらいまぬけな声になってしまうことがある。

 例えば、夕方まで爆睡してしまった休日。晩飯を買いにコンビニに出かけた時なんかも「温かいものと冷たいもの、袋わけますか?」と聞かれ、咄(とっ)嗟(さ)に出た声が変な裏返り方をするのはよくあることだ。まぁ別にいま思い出すことじゃないけども。

 そうだ、そんなことよりもいまやるべきは、下着姿の少女に俺の無実を証明することである。下着姿の少女は、不審そうな目つきで俺をじっと見ていて目をそらしてくれない。


「……絶対にさっきずっと見てた!」


「ち、違います……」


「いや絶対見てたでしょ‼」


 下着姿の少女は引くことなくガンガン俺を攻めてくる。しまった、こんな時のためにアデ◯ーレ法律事務所のHPでもちゃんと見ておくんだった。痴漢を疑われた時のQ&Aとか絶対載ってるやつじゃん。


「本当に、え、冤(えん)罪(ざい)です!!!」


 俺は反射的に両手を上にあげ、満員電車で痴漢疑惑をかけられ、無罪を主張するサラリーマンのようにとりあえず大声で「冤罪」を主張した。

 すると、どうしたものか一瞬の沈黙を挟み、部屋のなかにいた少女たちからどっと笑い声が湧き上がる。


「やばっ長束ちゃんいまのなにー‼」


「ちょっとおじさんみがあった〜」


「じわるんですけど‼」


 少女たちは大笑いしながら、口々に悪口をぶつけてくる。

 下着姿の美希という少女も「やばー」と言いながらケタケタ笑っている。


「もう〜長束ちゃん冗談だよ〜。ねぇ、そこにあるシュー貸してっ!」


 下着姿の少女は、笑いながらこちらに近づいてきたと思えば、手を伸ばし、俺に覆いかぶさるような姿勢をとった。

 は? さっきまでこっちを痴漢扱いしてきたくせに……とんだ痴女め‼


「‼」


 傾けられた上半身が、俺の顔のすぐ近くで止まる。顔からブラまでの距離、わずか5センチ。背を反らし避けた瞬間、壁に掛けられた鏡が目に入った。


「長束ちゃんコレ借りるよっ」


 美希は制汗スプレーを手に取ると、くるっと背を向けた。


「え……」


 鏡には、目を覚ました時にこちらを見ていたセーラー服っぽいデザインのベージュのセーターを着た小柄な茶髪の美少女と、下着姿の少女が映っている。

 俺は、鏡を見つめながら恐る恐る右手をあげてみた。

 すると、鏡に映った茶髪の美少女も同じように手をあげる。

 次は左手をあげる。鏡の少女も手をあげる。……俺は格ゲのガチャプレイみたいにとにかくデタラメな激しい動きをしてみた。鏡の中の美少女も同じデタラメな激しい動きをする。


「ええっ……俺……マジ!? えっえっ?」


 映画やドラマで使い古されたリアクションだ、と自分でも思いながらもとりあえず俺は、両手で自分の胸を鷲(わし)掴(づか)みしてみた。

 や、柔らかい。ちょっと小ぶりではあるが柔らかさは申し分のない美乳だ。俺は裾からセーターに左手を突っ込み、直接確かめようとした。



「‼」



 ……そこにはブラジャーがあった。つるつるとした生地のブラジャーで柔らかな胸は包み込まれていた。俺はセーターの襟元を引っ張り、深(しん)淵(えん)……いやかっこよく言うのはよそう。俺は、ダイレクトに胸を覗き込んだ。

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