第5話 「わー長束ちゃん私服も可愛(かわい)い〜」
表面がつるつるとした白いブラジャーがそこにあった。
ブラジャーの膨らみに、生乳はすっぽり隠れており、近所の中華料理屋でよく読んでいたヤンマガのグラビアアイドル……よりはだいぶ遠慮深い膨らみがそこにはある。
物足りなさはあるが、女体が手に入ったことには変わりない。ああ、そっか。これは夢なのか。うん、そうだ、さっきのベリアルとダブリスも夢だったのか。
まぁ夢だとしても俺が女体化してしまったのであれば、この淫夢が終わる前に、存分に堪能しなければもったいないのではないだろうか……?
自慢ではないが、俺はたとえ腹一杯になってもラーメンの汁は飲み干すタイプである。完飲したドンブリを逆さまに天地返しして、「ごっそさん」をする……ということはないがスープは飲み干す律儀なタイプだ。
つまり、何が言いたいかというと目の前に出されたものは、ひとつ残さず堪能しきるという美学の持ち主なのだ!
俺はさっきよりも激しめに胸を揉みしだいてみた。正直、特に気持ち良さを感じることはなかったが女体化したというイレギュラーな設定にただならぬ興奮を覚えていたので、もはや体感などどうでもよかったし、なんなら乳首も触った。揉むという動作にひとしきり満足すると、そっと腰まで手を下ろした。
……細い。内臓が本当に入っているのか? と疑いたくなる細さだ。折れそうな腰、とはまさにこういうことをいうのだろう。
さらに下に手を下げる。お尻は、ほどよい膨らみと弾力があって触り心地もいい。
俺はどちらかといえば尻フェチである。20代前半までは巨乳が好きであったが、20代も後半にさしかかったあたりから尻の良さがわかってきたのでまだ尻フェチの中では新参者であるが。
好きな尻の形は豊満で少しだらしなく垂れだした感じの尻なので、俺の好みドンピシャではないが、弾力のある尻もいいものだ。
尻はあとでまたじっくり触ることにしよう。いまは全身くまなくチェックする方が先である。
さて尻の次は……いや、ここで下着を脱ぐのはさすがにはばかられるからトイレにでも行って……。
限りなく下心に近い知的好奇心が暴走しかけた矢先、さきほどの金髪の美少女にグイッと腕を引っ張られる。
「もう、長束! ふざけてないで行くよ。このあとミーティングもあるんだし」
「え? 行くってどこに?」
「事務所だよ」
事務所……事務所ってなんなんだ。もしかしてヤクザ事務所? 淫夢が終わりを告げ、実は美人局(つつもたせ)でした的な怖い夢に転換してしまうのか、夢なんだったらそうなる前に醒(さ)めてほしいのだが……。
「え? 事務所!? つかぬことをお聞きしますが、それってなんの事務所?」
「いや……普通に所属事務所だよ。てか、今日マスク忘れた感じ? 余ってるの一枚あげるよ」
「え? 別に風邪ひいてないよ?」
「じゃなくて……アキバ歩くんだからいるでしょ」
俺は言われるがまま、マスクをつけ、金髪の美少女と一緒に部屋を出た。重たいドアを開けると、薄暗いフロアにさまざまなカラフルなTシャツを着た男性が、うろうろしたり、いたるところに列をつくっている。
「なんだこれ?」
「ほら、うちらは平行物販だったけど、みんな最終物販やってるんでしょ」
金髪の美少女は平然と答えながら、足早に歩く。
「最後尾こちらでーす!」
「ラミキス、これより物販開始しまーす!」
薄暗いフロアには甲高い声の少女たちがいたるところで、大声でなにかを告知している。
少女たちを取り囲むように、俺と同じくらいの年から、大学生くらいまでのさまざまな世代の男たちがうろうろとフロアに佇(たたず)み、みんなちらちらとこちらを見ている。
その時、黄色いTシャツを着た短髪のガタイがいい30代くらいの男が声をかけてきた。
「美子(みこ)ちゃん、新曲よかったよ」
「ええ? タムさんホント? 来週の対バンもまたきてね」
金髪の美少女は立ち止まって笑顔でそう返す。
「長束ちゃんも、ダンスだいぶ慣れてきたね」
男は笑顔でこちらにも話しかけてきた。
ええっ、誰だこの男。ずいぶん馴(な)れ馴(な)れしいけれども。
「え? あははは」
俺はとりあえず得意の愛想笑いでやり過ごした。
「じゃあ、またね!」
金髪の美少女は胸元で大げさにバイバイと手を振ると、俺に目配せをした。俺は金髪の美少女のあとをついていく。
「お疲れさまー」
「また来週ね!」
「美子さま美人〜」
「わー長束ちゃん私服も可愛い〜」
フロアにいる大勢の人たちから、好意的な視線が全力でこちらに注がれているのがわかった。どこか恥ずかしそうだったり、嬉しそうだったりしながらもみんなこちらを見ている。俺の人生で一度も経験したことのない、怖いくらいの注目を集めていることが、全身でわかる。
フロアを抜けると、そこは大勢の人でひしめく真昼間の秋葉原であった。一見見慣れた風景ではあったが、いつもより視界が低い。そしてやたら人と目が合う。
夢にしては、ソフマップやラムタラの看板も通行人も妙に鮮明でリアルである。俺は右手で左手の甲を軽くつねってみた。若干の痛みが左手に走る。これは妙にリアルな夢なのだろうか、それとも俺は本当に、美少女になってしまったのだろうか。
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