男は脱出できるのか25
千粁
酒場のマスターに聞けばいい
俺は酒場のマスターが立っているカウンター席に座った。
俺の背後では仲間にしたコウシロウが立ったまま足踏みをしていてゲームのキャラクターっぽい動きをしている。
こういう酒場ではいろんな人が飲みに来るから情報収集にはうってつけだ。
俺は烏丸の顔をしたマスターに話しかけた。
「マスター、というか烏丸。俺はこのゲームのような世界で何をすればいいんだ?」
「見た所兄ちゃんは新顔か? この店は客じゃないやつの相手はしないんだ」
何か注文しろって言うのか。
「じゃあ水で」
「おいおい兄ちゃんよ、ふざけてんのか? ここは酒場だ。水なんて置いてねえ」
「じゃあ何があるんだよ」
「今はミルクしかないな」
「こ、ここ酒場だよなっ!? ミルクしかないってどういう事だよッ!?」
「おいおい兄ちゃんよ、新顔だから知らねえと思うが、この国の国王が定めた法律で飲酒禁止なんだぜ」
「だったら酒場である意味ないんじゃ?」
「おいおい兄ちゃんよ、酒場がなければゲームっぽくないだろ?」
「それをNPCのあんたが言っちゃうんだ。それに『おいおい兄ちゃんよ』が口癖なのか?」
「それで? 飲むのか、飲まないのかどっちなんだ?」
俺の質問をスルーしたよ、この野郎。
「飲むよ! 飲めばいいんだろ!」
俺はマスターに出されたミルクを1ゴールドを支払って購入し一気飲みした。
以外に冷たくて美味しいミルクだった。
そんな事よりも情報収集だ。
所持金は49ゴールド。
「それで、俺は何をすればこの世界から抜けられるんだ?」
「もう薄々気付いてるんだろ?」
「……もしかして」
やっぱり俺の職業は勇者だから魔王を倒すとかだろうか。
「そうだ。パン食い競走だ」
「なんでやねんっ!」
「おいおい兄ちゃんよ、町の人達の話は全部聞いてきたのか?」
「ああ、一通りな」
「おいおい兄ちゃんよ、道具屋の屋根裏に隠れ住んでる亀の甲羅を背負った爺さんとか、鬼ごっこしている子供達を物陰から涎を垂らして見つめている太った男とかに話は聞いてないのか?」
「そんな妖しすぎる人には会ってねえよ!」
「おいおい兄ちゃんよ、全ての町の人の話を聞くのはこういうゲームでは常識だろうがよ」
「ミルクしか置いてない非常識な酒場のマスターに言われたくないんだけど」
「おいおい兄ちゃんよ、まあいいか。その二人に話を聞けば分る事だが、あと十分ほどしたら大通りで毎年恒例のパン食い競走祭りが開かれるんだ」
「『おいおい兄ちゃんよ』の使い方が不自然だぞ。それに毎年恒例の祭りなのに、その妖しい二人だけしか祭りの事を教えてくれないのはなんでだよっ!」
「その祭りで優勝すると城に招かれ」
スルーしたよ。こういう時だけNPCっぽくなるのはイラっとする。
「王様になんでも一つ願いを叶えてもらえるんだぜ」
「願いをなんでも?」
「おいおい兄ちゃんよ、ああ。すごいだろ? だがそのパン食い競走祭りは二人一組で参加しなければいけないんだ」
「は? パン食い競走なら一人でできるだろ?」
「おいおい兄ちゃんよ、それがな。国の法律で参加者は二人三脚じゃないとだめなんだ」
「そんな法律必要なのかよっ! というか『おいおい兄ちゃんよ』がいいかげんウザイんだけど」
「という事でパートナーをあと9分以内に探さないといけないんだが、見つかりそうか? おいおい兄ちゃんよ」
「口癖を文末にもってきてもウザイのは変わらないからな! それに、この町に来たばかりの俺じゃどう考えてもパートナーを見つけるなんて無理だろ」
「というと思ってお前のパートナーを、おいおい兄ちゃんよ、何人か前もって用意しておいた。ありがたく思え」
「口癖を文中に入れた事でさらにウザイ事になってるから、いいかげんやめてくれ。……パートナーを用意してくれるのは有り難いんだけど、ご都合主義な展開になってもいいのか?」
「これがお前の相手をしてくれる奴のリストだ」
俺の質問はスルーされたけど、くどい『おいおい兄ちゃんよ』はやめてくれたようだ。すぐに俺のパートナーとなる人のリストが表示された。
コウシロウA
コウシロウB
コウシロウD
コウシロウE
コウシロウF
▼
「全部コウシロウじゃねーかっ! それにさっき草原で逃げ出したAとBも混じってるんですけどっ!?」
あ、よく見るとまだ続きがあるのか。
スクロールしてみよう。
アユ
エマ
ヒロミ
エリカ
おいおい兄ちゃんよ
ここに口癖を入れてきたか。
もう無視だ無視。
烏丸のおふざけには付き合いきれない。
このリストに四人の名前が出てくるってことは、一緒に祭りに出場すればコウシロウのように好感度を上げる事ができて、俺が忘れていた記憶がさらに甦るかも。
誰と一緒に二人三脚パン食い競走に出場するかだけど、迷ってしまう。
もしかしたら、俺がこの迷宮のような世界に入った理由を思い出すきっかけになるかもしれないから、慎重に考えて選択しないとな。
酒場のマスターがにやけた表情で聞いてきた。
ちなみに顔は烏丸だ。ほんとに癇に障るにやけ顔だ。
「どの娘も可愛いし若いし肌もすべすべだぜ」
「肌の質感はどうでもいい。それにヒロミは男だぞ。娘じゃない」
「お? ヒロミを選ぶとはお目が高いな兄ちゃん」
「いや、まだ選んでないし」
酒場のマスターは店の奥に向かって呼びかけた。
「おいヒロミ! ご指名だ!」
いや、だからまだ決めてないんだけど!?
そして酒場の奥から出て来たのは女らしいピンクのフワフワしたドレスを着たヒロミだった。服のあちらこちらにレースを多用しておりどこかのお姫様のような服装だ。
当然ヒロミは男なので胸はないんだが、もともと美形だったこともあって、一見すると本当に美少女のようだ。
「ヒ、ヒロミっ!? その格好は……?」
俺の心の中の奥底で一度は閉じたはずの『新たな扉』が、ふたたびゆっくりと開かれていくのを感じた。
男は脱出できるのか25 千粁 @senkilometer
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