第12章 祈り:静止する心
未来は不確かなものだからこそ、幸福の
心の
リシールの継承者の寿命は、34年に満たない。
その事実を知ったキノの心は
目の前にいる男が、同じ魂を持つ希由香の愛する男、キノ自身も彼の幸せを願ってやまない浩司が、3年後の冬には存在しなくなる未来に。どうにもならないことの多くは
暗くなり始めた窓の外。夜の気配を含んだ風のみが、
「キノ…ほかに聞きたいことはあるか?」
静けさを少しも乱さぬ、
「俺の祈りは、自分勝手なものだとわかってる。記憶を消しても、俺と会わなかった場合の未来に繋がるわけじゃない。忘れさせても、過去がなかったことにはならない」
まるで自分自身に言い聞かせるかのような口調で、浩司が続ける。
「それでも、俺を思い続ける可能性はなくなる。希由香にとってもその方がいいと…決めたのは俺だ。あいつの運命を他人の俺が選ぶからには、後の後悔も全て俺が負う。死ぬ時にする一番の後悔は、もう決まってるがな」
浩司の視線はキノを正面に
「希音…大丈夫か?」
心配と不安の色をありありと含んだ声で、涼醒が言った。何も言わず身動きすらせずに浩司に目を止めたまま、キノは全く反応を見せない。その横顔を悲痛な
「浩司の祈り…納得出来たのか?」
涼醒がそう
これまで、動揺する事柄を受け止めようとする時、キノは心に
そして、今、キノはただ静かだった。それがかえって、キノを思う涼醒の心を緊張させている。
「希音…? 浩司に聞きたいことも、言いたいこともないのか? ずっと不安で、知りたかったことだろ? 聞いて満足したんなら、どう思うかくらい言ってみろよ」
涼醒は、
「浩司の望みを叶えてやりたくて頑張ったんじゃないのか? おまえも、自分が納得した上で発動させたいだろ?」
キノはピクリとも動かない。その耳に聞こえているはずの言葉は、心を揺すりはしても、そこから思いを連れ出すに至らないのだろうか。
「涼醒」
浩司が
「しばらく放っといてやれ」
「だけど…」
「後から、キノの言い分を聞く時間はまだある」
キノに
「あんたの祈りは…」
「おまえにも謝らなけりゃな」
涼醒が顔を上げるのを待って、浩司が続ける。
「すまなかった。おまえにどれほどのプレッシャーを与えることになるか充分承知の上で、精神が
浩司は手元に落とした視線をキノへと向けた。口を開こうとした涼醒が、ふいにドアを見やる。
「誰か来る」
「…汐だ。俺を呼びに来たんだろう」
浩司の言葉が終わらぬうちに、ドアが控えめにノックされた。
「今夜、館にいる者達に、ジャルドが話すことになってる。何がどうなったのか聞かなけりゃ、皆帰るに帰れないらしい」
「あんたもその集会ってやつに?」
「実際にラシャに降りても、この力を使っても…自分がリシールの継承者だという実感はない。だが、それ以外の俺は…もういないも同然だからな」
そう言って立ち上がった浩司を目で追うキノの頭が動いた。小刻みに首を左右に振るその頬を、新たな一しずくの涙が伝い落ちる。それが何を
「キノ、これをラシャに持って行ってくれないか」
無言のまま痛いほどの
「シキに、預かっててくれと伝えて欲しい。それともうひとつ…祈りに変更はないとな」
浩司は力の抜けたようなキノの手の平を固く閉じさせ、その
「おまえに…あいつの記憶を残したままですまない」
キノの
キノの視界から、浩司が消える。
「集会が終わったら、戻って来てくれ。話はまだ終わっちゃいないよな。あんただって、希音が納得してるとは思ってないだろ?」
「…それまでに、キノを落ち着かせてやれ」
涼醒にそう言い残し、浩司は部屋を出て行った。
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