第11章 守るべきもの、切望するもの:もうひとりの継承者①
扉をわずかに開き、奏湖が外にいる者と話し始める。涼醒の声が、静かな室内に響いて来る。
「希音が無事かどうかだけ、この目で確かめさせてくれ。その後俺をどうしようがかまわない。浩司がいるなら、あいつにまかす」
ジャルドが部屋を見まわした。
「話し合いをする間、この部屋には誰も入れない。私と奏湖と、あなたたち二人だけ。そう希望したのはあなただけど…どう? 涼醒君も同席させたいのなら、私に
「あいつを
浩司が答える。
「言っただろう。これは取引じゃない。おまえは諦めるしかないとな」
「話はまだ途中だよ。それに、質は無駄だと言いきれるなら、涼醒君が扉のどちら側にいても同じじゃないかな」
浩司がキノを見る。涼醒の声を聞いてからずっと、キノは浩司を見つめていた。その
「部屋に入れてくれ。だが、向こうにな」
浩司がソファーを示す。
少し前までジーグのいたこの客室。ほぼ中央にダイニングテーブルがあり、キノは再びそこに
キノと浩司は窓を背に、広めのテーブル板を挟みジャルドと
「じゃあ、話し合いはあくまで私たちだけでということでいいね」
ジャルドが奏湖へと目を向ける。
「奏湖、涼醒君を連れて来たのは誰だ?」
「…リージェイクよ。庭で会って話したみたいなの。希音さんと浩司が館にいるからって…」
振り返った奏湖の顔には、
「継承者の方が都合はいいけど…ほかの者にする?」
「いや…リージェイクが、涼醒君に逃げろと言わずここに来させたのなら、彼でいいだろう。二人を中に」
奏湖が支える扉から、涼醒が姿を現した。
「涼醒…!」
キノは思わず声を上げる。
涼醒の口元には、まだ新しい痣があった。こめかみの辺りから流れたと思われる血の
「希音…無事でよかった」
キノに向けた涼醒の顔が、
「涼醒…
「ただのかすり傷だ。それより、俺が戻って来たのはおまえの負担になるためじゃない。自分の面倒は自分で見れる。だから、俺のことは考えるなよ」
キノを見つめる涼醒の
その後ろにぴたりとついて部屋に入って来た男が、涼醒の耳に何か
「俺は、希音が無事ならそれだけでいい。浩司…あんたを信じるよ」
「わかってる。心配しなくていい」
浩司の言葉にほっとした様子で、涼醒がジャルドに目を向ける。
「話し合いとやらを続けてくれ。俺は口出ししない。この男に俺を傷つけさせたけりゃ、好きにするさ」
「それは成り行き次第かな」
ジャルドがテーブルへと向き直る。
「二人に紹介しておくよ。リージェイク・ソプカー…継承者の一人だ」
リージェイクを見ても特に反応を示さない浩司とは違い、キノは目を見開いた。
銀に近い金髪に灰蒼の
護りを拾ったあの丘で希由香と彼が話したことを、キノは鮮明に憶えている。見知らぬ者同士が共有し合った、穏やかな空間を憶えている。
この人が…ジャルドと同じリシールの継承者だったなんて…でも…。
口にこそ出さずにはいられたが、キノの頭の中には、リージェイクに聞きたいことが次々と浮かんで来る。
物言いた気なキノの
この
「話が済むまで、黙って座ってて」
奏湖がソファーへと
「汐はどこに?」
リージェイクが
「向こうの部屋で、ジャルドの連絡を待ってるわ。必要な時のために、ナイフを手にした男たちを従えてね」
リージェイクは眉をひそめ、右手にあるドアを見やった。
「その必要はないでしょう。一族に無関係な者を巻き込むのは、間違っている」
「あなたの意見は聞いてないわ。とにかく、涼醒君から目を離さないで。話はもうすぐ終わるはずよ」
扉を閉めた奏湖が、テーブルに戻る。涼醒とリージェイクがソファーに腰を下ろすのを待って、浩司が口を開く。
「ジャルド。護りの力で継承者を見つけたとしても、俺がおまえたちに協力することはない。絶対にな」
ジャルドが
「だから、護りは
「俺がそう決めてるからだ」
「なるほどね。だけど、気が変わるかもしれないよ」
「ここから出た後で、おまえが俺の気を変えるために出来ることがあるなら、逆も同様だ。そう覚悟しておけ」
「…大切なものの重さを比べるのにいい方法を知ってるよ。まあ、繁栄を願うのは後のことだ。3年もあれば世界も変わる。とりあえず…今は護りだよ。私が
浩司が目を閉じ、すぐに開く。
「俺がリシールのことを詳しく知ったのは最近だが、存在してるからには、それなりの必要性があるんだろう。ラシャもな。だが、おまえが一族を増やしたいのは何のためだ?」
「自分の種族を増やすことを願う…生き物の純粋な欲求じゃないか? 少なくても、絶滅を望むよりは自然な発想だ。反対するあなたの方がおかしいと思うよ」
「いいか悪いかは別として…人間は繁栄してる。リシールは、ラシャの力を持つというだけだろう」
ゆっくりと頬から手を離したジャルドの
「私たちは人間だが、決して同じじゃない。浩司…あなたもそれが身に染みる時が来るよ。その時、私が何を思い何を決意したか、きっとわかるだろう」
「そんなのは、とっくに身に染みてる。おまえが何を決意しても、一族の繁栄を願うことに同意はしない」
「…あなた自身の意見以外にも、これだという理由があるんだろう? それを聞きたいね。自分の運命を
重苦しい沈黙が部屋全体を覆い包む。浩司が静かに深い息を吐いた。
「ヴァイのリシールが繁栄を願う時、世界の崩壊が起こる。その予言は聞いてるな?」
「それが? 崩壊はいずれ起こる。それを止めるための護りの力だ。私たちが手にしても、世界が守られることに変わりはないよ」
「…この崩壊は、護りの力では
ジャルドが眉を寄せる。
「どういうことだ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます