第163話 姫の奪還②
わざわざ狭い倉庫内で始まった謎の決闘に、三男ファングは冷めた顔だった。
(なんで兄貴がそいつと戦うことになってんの? 相手も乗り気だし。俺の知らないところで、因縁でもつけられてたのか?)
グラジオラスと個人的にいろいろあったガビィ。もっと過去をさかのぼるならば長男のネイル王子もなのだが、その彼は城で待機していた。
全員で駆けつけるほどの事件ではないと、ネイルが判断してのことだった。弟たちの実力を信じているのと、どこか計画性を欠くこの大騒ぎが、ネイルに程度を測らせたのだった。
グラジオラスは手にした刀を華麗に振り回し、部屋いっぱいに白く細い鞭状の刀身を舞い躍らせた。柔らかく鋭利な刀身が舞う範囲は、ガビィの姿をまだらに隠す程に広く、しかしグラジオラスだけはガビィの立っている場所がはっきりと見えていた。
「ぼーっと立ってると細切れだよ!!」
グラジオラスが一気に一閃すると、部屋中の刀身が勢いよく引き動かされた。
ガビィは両手のガントレットで防御の体勢を取っていた。両手を頭と、腹部の前に、そして背を丸めて、攻撃が当たる面積を減らした。
耳障りな音がして、ガビィが身に付けていたガントレットが、細かい破片を床に落とした。遅れて床を汚す鮮血が、点々と。
ヒメは口を両手で塞いで悲鳴を抑えた。
ガビィの身に付けていたガントレットが、パーツをはめて遊ぶパズルのように、穴だらけになっていたのだ。あの半透明な刀身は、金属をも切断し、鱗のない竜人の肌を、深く斬りつけていた。
ガビィは両手の傷を、じっと観察し、さらに防ぎきれなかった鞭状の刀身の攻撃が、胴体を守っていた金属製の鎧にまで隙間を作ったことにも気づいて、特に何か言うこともなく赤い目を細めた。
(あれ? 痛くないのかなぁ?)
ガビィの微妙な反応に、グラジオラスのほうが困惑した。しかし、戦いの場に狼狽は必要ない。ましてや相手に感づかれる事はもってのほかである。不敵な笑みは崩さなかった。
「鱗のないきみが、どこまで耐えられるかな。竜人は鱗で守られてる分、肌が過敏で弱くて、痛がりなんだよ!」
一度引き寄せて手元に戻した刀を、再度振り回し、狭い部屋いっぱいに刀身を舞い広げた。
部屋と言うよりはただの倉庫。大柄なガビィが攻撃を避けようと後退しても、すぐに背中が壁についてしまい、それ以上後ろに下がれなくなる。
攻撃が避けられないのならば、受け流すか、受け止めるかの二択しかない。そしてガントレットを破壊されてしまったガビィが、素手でその武器をつかんで、引っ張る事はできない。
金属をも切断する切れ味の刃を、素手で掴もうものなら、指がすっぱり斬られて落ちてしまう。
痛がりな竜人に、そんな大怪我が耐えられるわけがなかった。
ではガビィは何をしているのかと言うと、攻撃を受けながらも何とか逃げていた。狭い部屋の中を、勢いをつけて壁を走ったり、天井まで届くほど跳躍し、天井をぶったたいて素早い着地をおこなったり、これが小柄な三男ファングだったら、完璧に回避できたであろう、大柄なガビィは手足や胴体に、そこそこ深めな切り傷を負ってしまった。
「ガビィさん!!」
「ヒメさん、あぶねーよ。もう避難しよう。この騒動は、ヒメさんさえリアン王子のもとに戻ってくれたら解決するんだ。兄貴はきっと大丈夫だから、先に帰ろうよ」
「やだ!! やだ、ガビィさんが!」
狭い部屋で紐みたいな武器を振り回されたら、どこにいても当たってしまう。あまりの不公平さを感じたヒメは、三男ファングに羽交い締めにされながらも、中にいるガビィとグラジオラスに叫んだ。
「二人とも! 戦うなら部屋から出ようよ! グラジオラスさんだけ有利でずるいよ!」
「あはは、お姫様は何をふざけたこと言ってるの。きみの友達だって、狭い部屋で長い剣を振り回して、僕の同胞を殺したじゃないか。そっちが先に不公平なことをしたんだよ、ガビィ君が部屋から出ても、僕は出ないからね」
ガビィもなぜか出ようとしない。そして、グラジオラスの攻撃範囲が広すぎて、互いにほとんど近づけないでいた。
(あの武器の切れ味が良すぎて、ガビィさんが相手に近づけないんだ。どうして丸腰なのガビィさ〜ん!! これじゃグラジオラスさんに近づかないかぎり、何も反撃できないじゃない!)
どんどん傷だらけになっていくガビィの体。
グラジオラスは、ふと、ガビィの顔が無傷なことに気がついた。たまたま自分が振り回した武器の角度的に、そうなっていたのだろうか、特に意識していなかったため、少し驚いた。
(ちょっと顔を傷つけて、びっくりさせちゃおう。だってガビィ君、ぜーんぜん動じてくれなくて、つまんないんだもーん)
手首を翻し、肩から思いっきり遠心力を付けて、グラジオラスの操る武器が、槍のような形状を形作りながら一直線にガビィの顔面めがけて飛んできた。
だがガビィが首を横に倒して避けてしまった。武器の先端が、壁の表面を砕き落とす。
壁の破片、砕かれた際に舞う粉塵、それらに一瞥もくれず、ガビィは目の前に伸びる刀身に向かって、口を、開けた。
鱗がないだけで、ガブリエルは竜人だった。開いた大口の口角は耳まで届き、顎の作りも人と違って、幅広な刀身の半ばまでガブリと噛んだ。
ギザギザの尖った歯並びの隙間から、目もくらむような青々とした眩しい火柱が。次の瞬間、青い炎が導火線を走るごとく刀身を飲み込み、一瞬で部屋中を、そしてグラジオラスの片手へと届いた。
「うおわあっづ!!」
手のひらが焼けてしまい、グラジオラスは柄を離した。部屋中に青い炎が躍り、あまりの高温に、目が開けていられなくなる。
敵を目の前に、まぶたを閉じるわけにはいかないと、無理やりに見開いたその網膜に焼きついたのは、先ほど刀身に斬り刻まれていたガブリエルが、片手を振り上げて突進してくる姿だった。青い炎にメラメラと燃やされる刀身を、利き手の腕に雑に巻きつけている。
グラジオラスはとっさに横に避けたが、ガビィの拳は彼の緑色の髪の毛ごと壁を打ち砕き、さらに片腕に巻き付けていた刀身が勢いよく砕け散って、グラジオラスの顔面に直撃した。
グラジオラスの顔半分から焼かれた草木の臭いが。
まるで油でも塗ってあったかのように、ガビィの吐いた炎に一瞬にして舐め尽くされてしまった。
植物と似ている体質の彼らに、炎は猛毒である。音を立てて燃え上がる頭部に錯乱し、顔を掻きむしり、天井の穴から逃げていった。
そのおぞましい光景をヒメが見ずに済んだのは、三男が強く抱きしめ、その小さな胸板に、ヒメの顔を押し付けていたからだった。
「兄貴……」
みすみす敵を逃した兄に、三男はがっかりしていた。
「なんで殺さなかったんだよ。あいつまた復讐しに来るぞ?」
「あいつには、あれで充分だろう」
ガビィは、足元に散らばった刀身の残骸を見下ろした。焦げて小さく縮んでいる。これは仲間の鱗であり、思いだ。それを燃やされた挙句、顔に跳ね返されて自分が負傷してしまったのだから、仲間の思いを背負って生きてきたグラジオラスにとって、これほど屈辱的な戦いはないだろう。
(背負っていた仲間の形見も、その思いも、燃やしてやった。これであいつの背中も軽くなっただろう。過去を気にして、ジョージやナディアに付き纏うことも、なくなるといいな)
思い出と、美しさとやらに執着する性格のようだし、戦略を読み違えたあげくに狭い部屋でやられたという、その無様過ぎる返り討ちに、頭部の負傷も相まって憤死するのではないかと、ガビィは予想する。
たとえ憤死には至らずとも、もう二度と人前に出て、悪の美学など語れぬだろう。竜人の思いも、鱗も、何もかも、ガビィの炎は、燃やし尽くす。
仲間すらも、思い出すらも、人も竜も、ガブリエルなら葬ることができる。
まだ熱の残った部屋の中にヒメが入ってきた。あっつ! と思わず声を漏らす。
「ガビィさん、手当てしないと! 血だらけになってるよ。せっかく腕の傷が治ったのに……」
「兄貴、痛み感じねーの? なんの病気にかかってんのかわかんねぇけど、そんな状態でよく勝てたな」
痛みを感じないわけではなかったが、今のガビィにとって、痛みは命を守るための信号にはならなかった。痛くても、悪寒や発熱を自覚しても、ガビィには立ち止まる理由にならない。
これが異常な事態であると、ガビィは自覚していた。竜か自分に、終わりが近づいていることを、この身を持ってはっきりと感じる。
あ、と三男が声を上げた。
「兄貴、服が焼け焦げてボロボロじゃんか。そんなんでお姫様の隣に並ぶなよな」
「ん? そう言えば、膝が見えているな」
「あの、私……着替え、探してくるね……」
も〜兄貴は締まらねーなー、と弟にグチグチ言われながら、その辺の部屋にあった竜殺しの騎士のインナーとズボンを持ってきてもらったのだった。
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