第159話 マリーベル姫の誘拐②
ヒメは二人組の春の民に、押さえつけられたまま運ばれ、口には
そこでも力の限りに抵抗するヒメと、力の限り押さえつける二人組の攻防が続いた。
「クッソ! なんてバカ元気なお姫さんだ。こんな王族の女、見たことないぞ」
「どこにこんな力があるんだ? ヴァルキリーのマデリン姫と間違えてないよな……」
ヒメは、相手の一瞬の隙をつき、壁に猿轡を擦り付けて、口からずらした。
「私をどこに連れてく気なの!? こんなことしたら、あなたたちは無事じゃ済まないよ。私は今、大事な任務を背負ってて、それを遂行するまでは、どこにも逃げられないんだからね!」
どこかズレた説明をしながら、身をよじって馬車から転がり出ようとするヒメを、なんとか引き戻す二人組。馬を出しているのは別の者のようで、これも春の民らしき派手な髪色の後ろ姿だった。
ヒメは耳をそばだてて、周囲の様子を探ることも忘れていなかった。どうやらここは城下町。なんとなくだが、賑わい具合でわかる。
あれだけ危ないから避難してくれと命令が触れ回ったにも関わらず、細やかに抵抗する者がいるらしい。公園の広場の作りかけの櫓に、ちょっとした記念品を引っ掛けて輝かせたり、それら周辺でこそこそと支度している者たちがいて、兵士に咎められているのが聴こえた。
「えー? 年に一回の大きなお祭りですよー? 竜なんかに負けたくないですよ」
というのが彼らの言い分なのだが、当然通るはずもなく、兵士に引っ立てられながら家まで送られていくのであった。
(国民全員が、リアンさんの命令で一斉に動くわけじゃないんだ。抵抗する人もいるし、命令とは真逆のことをする人も出てくるんだ。でも、国民が一人でも卵の使者の被害に遭うのは嫌だからね、ギリギリまで兵士さんに国を巡回してもらわなきゃ。隠れて抵抗している人を、見つけないと)
革製の丈夫な袋に入れられたヒメは、様々な者たちの手により運ばれに運ばれて、自分がかなり遠くまで運搬されてしまったのを感じた。辺りが静かになってきたのだ。
(私、どうなっちゃうの……?)
必ず、仲間が助けに来てくれると信じているから、怯えてはいないヒメだったが、どうなってしまうのか、というのが不安だった。自分を誘拐した相手の狙いもわからない。この忙しい時に、自分はいつから狙われていたのだろうか。考えてもわからないが、どうしても考えてしまう。
ヒメの耳に、グラム伯爵の声が聞こえた。他にも何人かいるようで、グラム伯爵と会話しているようだった。
「待て待て、竜の巣の民よ。私が連行に応じるのはここまでだ」
「は? 何をふざけたことを言っているんだ! フローリアン王子のもとまで歩け!」
どうやらグラム伯爵が、まーた何かしでかしたらしい、城まで連行されてゆく途中のようだ。そして駄々をこねているらしい。
(グラム伯爵は、マデリンやシグマさんがお城で気まずい思いをするかもって心配しないのかな……。これだけ問題を起こす人だもん、よっぽどリアンさんのことが嫌いなんだろうな……)
かつて、ガビィも竜の巣の王に刃向かい、ヒメは肝を冷やしたのを思い出す。あれから半月近くが経ったが、ずいぶんと月日が経過したようにも、あっという間に過ぎ去ったようにも、感じられる。
グラム伯爵とその従者数名を連行しようとしているのは、竜の巣の民のようだった。ヒメの入った袋の外で、連行に抵抗するグラム伯爵との、荒々しいやり取りが聞こえる。
(うわあ、すっごい揉めてる……。今、仲間に助けを求めてもいいのかな。でも、今しかない!)
ヒメは大きく息を吸った。
「みんな! お願い助けて〜!」
「ん? ヒメ様?」
同胞が語尾を跳ね上げた瞬間、悲鳴が上がった。ヒメが入っている革袋に、鮮血が飛び散って付着する。
(ひい! 仲間が斬られた!? 声かけなきゃよかったかも!)
ヒメはいついかなる時でも、太ももにナイフセットの革ベルトを巻きつけていた。そのうちの一本を手に取り、革の袋を内側から突き刺して、音が鳴ならないように、慎重にゆっくりと、切ってゆく。
はたして、ヒメが目撃した光景とは。
グラム伯爵率いる騎士団たちと、対峙する竜の巣の民たち。今しがた腕を斬られたのか、竜の巣の民の一人が鮮血滴る左腕を押さえている。
(鱗が生えてる仲間の腕を、斬ったの!? 絶対に刃物が通らないくらい、丈夫な鱗なのに……ん? なんだか、あの剣、光ってるよ? それに、竜の彫刻までついてる!)
グラム伯爵率いる騎士団は、鎧も、たった今振るわれたばかりの剣も、ぱっと見は鈍い銀色だったが、ヒメはしっかりと目撃してしまった。剣に塗られた塗料が剥がれ、白銀色の刀身が、輝いているのを。
(そんな! あれって竜殺しの騎士団の剣だよ! な、なんでその剣で、私たちを襲ってるの!? それは卵の使者に向けて振るう武器でしょ!?)
竜殺しの剣は、竜の巣の民にも効果が絶大らしい。
ヒメはたまらず、大きく息を吸い、仲間たちに声を張り上げた。
「みんな気をつけて! その武器は竜殺しの剣だよ!」
「ヒメ様!」
駆け寄ろうとした竜の巣の仲間の前に、グラム伯爵とその一行が立ちはだかる。
「フン、塗料が乾くまで、もうしばらく待てばよかったか」
伯爵とその一行は、背中の鞘からもう一本の剣も取り出して、両手に構えた。
竜の巣の民も、それぞれ獲物を手に構えた。
激しい
ヒメは春の民に運ばれてなるものかと、再度大暴れして、地面に落下した。春の民が悪態をつきながらヒメを拾い上げ、肩に担いで運んで行く。
伯爵の計画では、すでにマリーベル姫は自分たちの陣地へ、運び込まれているはずだったのだが、ヒメの予想外の体力と筋力に、少しずつ計画が狂わされていたのだった。
「ねえ!! あなたたち、なんでこんな緊急事態にこんなことするの!? 私をどこかに売ろうったって、そうはいかないからね!!」
無言の運搬係。
運ばれてゆく間に、ヒメは持っていたナイフで、運び手の人物を、思い切って、刺してみたが、春の民の鱗は柔らかく丈夫で、刃物が彼らを貫くことはなかった。
仕方ないから、袋の穴を、もっと大きく開けようと試みるヒメ。ナイフを動かして、だんだんと大きくした穴から見えたのは、やたら棘が多い装飾の、どこもかしこも白に塗られた頑丈な柵であった。誰かの脱走を危惧しているのではなく、来客を厳選しているかのような。バラよりも多い棘の装飾に、ヒメはこれが屋敷を覆う柵であると気づくまで、時間がかかった。
「ねえ、ここ、誰のお屋敷?」
ヒメの質問は無視され、春の民二人は柵に引っ掛けた縄を掴むと、棘だらけの柵を片手だけで登りだした。
柵の向こう側へと、着地する。
真っ白な、不自然なほどに真っ白な建物だった。一点の曇りもない壁に、緻密かつシンメトリーな彫刻が目を惹く造形美。
住民の神経質さと、潔癖かつ完全無欠に強くこだわる性格が、これでもかと表現された屋敷だった。来客を不安にさせる美しさと、静かな狂気をかもしだしている。
屋敷を囲む植木は、枝の先まできっちりと、左右対称に刈り込まれている……。
(ちゃんとしてて綺麗なのに、なんだか、すごく不気味だな)
自分がこの屋敷の中へと運ばれてゆくようだと理解したヒメは、グラム伯爵と戦う仲間たちの強さを信じて、ここは、自分の身の安全のためにナイフを振るうことのみを、考えることにした。
(ひとまず、どこかに降ろしてもらって、この人たちの隙をついて逃げ出さないと。このまま逃げても、また捕まっちゃうよ……)
ぴかぴかに磨かれた真っ白な扉が開いて、ヒメを連れ去った誘拐犯たちが、歓迎された。
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