第157話   騎士団一斉除名

「彼女、涙目になってたね……」


 リアン王子はマデリンが去っていった扉を、眺めていた。開きっぱなしのまま、揺れている。彼女の勢いに、悲しみの深さが溢れ出ていた。


「グラム伯爵がまだ軟禁状態にあったとき、春の民のグラスさんが話してくれたんだ。マデリンにも、例の憶測を話してしまった、って」


「憶測とは、なんだ。初耳だ」


「グラム伯爵がね、エメロ国を正しい方向に導くための、いや違うな、世界中を正しい形に戻すという、極端な思想の宗教に、染まっているかもって話さ」


 リアン王子はガビィに、彼女が聞いた父親からの謎めいた言葉を、話して聞かせた。


『世界の未来は、この私と、お前たちに託された。反逆の血はいつしか燃えたぎり、この世を浄化する……清浄にな』


 長い間、世界中を旅してきた春の民グラスは、グラム伯爵の謎多き発言から、そう連想したと言う。


「ふーん、『竜殺し教団』の話か。世界中にあるぞ、そんな思想」


「残念だけど、そうみたいだね。グラスさんは世界中を旅しながら、売買するための情報を仕入れるそうだけど、その道中で、グラム伯爵の発言に近い思想の組織が、存在する事実を掴んだそうだよ。組織内の名簿までは、手に入れられなかったらしいけど」


「金になりそうもないからな。やる気が起きなかったんだろう」


「それもあったろうけど、彼は情報を耳で仕入れるからね、書類関連の情報を得るのは不得意なんだそうだ」


 グラスは盗聴には長けているが、警備の強固な組織から物を盗むのは苦手なのだった。


 竜殺し教団とは、世界から竜人を駆逐するべきだと考えている集団だった。あの絵本に描かれた、黄金の竜が空から降ってきた姿に、支配的な意図を汲みとったことから始まった思想だった。あの物語は、人が竜に救われたのではなくて、支配されたことの証、つまり人とも竜とも言えぬ竜人が、世を人を脅かすことを示唆する予言書だと考えており、彼らは竜人を隣人と思わず、本来ならばこの世にいなかったはずの脅威として、排除せねばならぬと強く信じていた。


「そんな教えを信じていたら、俺たちと不仲になるのは必然だな」


 さらに、竜人と友となった者たちでさえ、排除の対象となっていた。竜人を匿う者、会話する者、ましてや国のために手を組む者など、言語道断であった。竜殺し教団から見れば、リアン王子は完全に討伐対象であった。


 そんな宗教に、グラム伯爵が染まっているかもしれない……そのことをグラスは、憶測の域を出ないことを前提にマデリンに話したのだった。その後、彼女に話してしまったことをリアン王子にも正直に話した。その時のグラスが、ちょっとしょんぼりしていたのが印象に残っている王子である。


 憶測でもグラム伯爵が入信している可能性を考えたとき、王子はずっと胸に抱いていた違和感の正体がわかって、ようやくすっきりしたのと同時に強い不快感に見舞われた。


「これはマデリンと姉さんだけで、どうこうなる問題とは思えない。僕は子供の頃から、ずっとエメロ国と城の雰囲気が、どうしていつまでも変わらないのかと、違和感を感じてきたんだ。最初は、そういう国だからと諦めていたんだけど、時が経つにつれてだんだんと、文化を変えさせない何か圧力的なものを感じるようになったんだ。そしてそれは、周りを無理矢理従わせている者ではなく、一種の集団心理を煽って自然と大勢を率いる誰かが、いるような気がしていたんだ」


「覚えている。何度かお前から相談を受け、部下を使って調べたことがあったな。結局、皆を先導している人物を特定することはできなかったが」


「きっと、お金で雇われた春の民が、隠してきたんだろうね。その当時の僕は春の民に詳しくなかったから、考え過ぎかなぁとか、気のせいだろうかと、思ったんだけど……」


 他ならぬ、幼なじみのマデリンの身内が、そのような事を率先しているのかもしれない……それを口にする勇気が、今まで出なかったのだ。当時はまだ確信が持てなかったし、憶測で彼女を傷つけたくなかった。


「彼女の今までの働きには、すごく感謝しているし、叶うなら彼女の家族に手を出したくなかった。でも、今回ばかりは、僕も何かせざるを得ない。明日から、彼女にどんな顔をして会ったらいいのか……」


「尋問で、手を下すのは俺だ。マデリンが恨むのは、俺の方だろう」


 しかし、処罰の命令を下すのはリアン王子だから、結局同じことではないかと、リアン王子は悩んだ。グラム伯爵がしでかした事が事だから、贔屓にもしてやれないし、容赦もできない。身内を傷つけられたマデリンが、平然とした顔で過ごせるわけがないと思った。


「問題は、まだあるぞ。グラム伯爵に付き従っていた騎士は、そのほとんどが竜殺しの騎士だった。卵の使者がこの国を襲撃しに向かっていると言うのに、俺たちは竜殺しの騎士団のほとんどを、尋問にかけなくてはならない。信用できない奴らに、白銀の武器を渡すことはできないからな」


「いったい何人の裏切りが出たのか、数えるのが怖いよ。竜殺しの騎士は、人数が少ないからね……」


 王子の弱りきっていた顔が、だんだんと険しいものに変わっていった。ストレスで涙目になりながら、机を激しく叩きだす。


「エメロ国の考え方が、いつまでも変わらないのならば、僕が変わるまでだ!」


「うるさいぞ、机を叩くな」


「この国を守るために、竜殺しの騎士には、ガビィ、きみときみの部隊を任命するよ! 今いる騎士達は、全員除名する!」


 王子は机の上にあった書類を、全部手で払い落とした。


「僕に従わないばかりか、国民を危険に陥れる人たちなんて、もう要らないよ! 変な信念に凝り固まっている人達よりも、お金で動いてくれるきみ達の方が、よっぽど信用できる」


「褒めてないよな」


「もう時間がない! 迷っている時間も、この国の重鎮達が僕を認めてくれるまで待つ時間も! 僕には残ってないんだ! この十年余りで、きみ達竜の巣の民ほど信頼できる人達はいなかったよ。この国のために、力になってくれ!」


「総動員させる。びた一文負けるつもりはないがな」


「国の税金を大幅に釣り上げてでも、きみ達に払うよ。だからどうか……この国の民を守ってくれ」


 断腸の思いで頼み込むリアン王子に、冗談だ、と付け足すガビィ。良好な関係を築きたい相手の足元を見るのには、限度があるから。


「しかし、俺達に竜殺しの鎧を着ろとは、皮肉だな。もしも戦いの最中に兜が落ちたら、顔がバレて大事おおごとになる」


「そうだね。きみ達には変装してもらうよ。ナディアさんのお店があるだろ、あそこは変装もしてもらえるから」


 リアン王子は、大きなため息とともに、いつもの顔に戻った。


「ねえガビィ、マデリンは僕に失望するだろうな」


「しないだろう。あの女は」


「……どうだろうね。彼女はずっと、国民と僕の為を思って働いてくれたけど、実のお父さんへの処罰の件と、騎士団を全員暗殺部隊に入れ替えるなんてさ、さすがの彼女の心にも、疑念と亀裂が生じるだろなぁ。口では強気なこと言ってるけれど、本当は家族思いで優しい子なんだよ。今度ばかりは彼女も、僕の人徳のなさにがっかりするだろうな……」


「考えすぎだ。マデリンは、強い。お前に失望したりはしない」


 リアン王子は眉毛を下げ、執務室の椅子に座り込んで、うなだれた。


「そうだといいなぁ……。彼女に嫌われることが、僕には一番辛いんだ。生まれた時からいろんな人に嫌われてきた僕だけど、彼女にだけは、去らないでほしいと願ってしまう。もしも今回の決断で、彼女に失望されてしまったら、僕は一生今日という日を引きずってしまうだろう」


「引きずればいい。仲直りの方法でも、考えながらな」


 王子がジト目でガビィを見上げた。


「きみにも、苦労かけてしまうよ。僕の見た目が、誰がどう見ても父さんそっくりだったなら、友達を傷つける人生を、歩まずに済んだのかも」


「馬鹿にするな。この程度で傷つくような俺じゃない。お前はマデリンを信じろ。信じて、前に進め。この国を守れるのは、お前の決断以外にないんだからな」


 相変わらず、容赦なく激励するガビィに、王子の弱気も、苦笑とともに吹っ飛んだ。


「ハハ、ありがとう……。きっと城のみんなは大反対するだろうけど、騎士団を全員除名するよ。今からその命令を下すね。僕だけの命令では反発されるだろうから、父さんにも助けてもらう。父さんからの正式な命令だったら、みんな従わざるを得ないから」


 床に散らばった書類を、リアン王子は片付け始めた。ガビィも拾ってくれたが、綺麗に揃えるつもりはないようで、とりあえず拾って集めたような一束が、机の端っこに置かれた。


「リアン、俺からも話がある。俺の部隊は全て貸すが、俺自身は戦いに参加しない」


「ああ、部隊の指揮を取るためだね」


「違う。俺は卵の使者が来た際に、エメロ国を出なきゃいけないんだ」


 聞き間違いかと、王子は顔を上げた。残りの書類を拾っていた手も止まる。


「え……? 今、なんて」


「卵の使者がやってくる際、巨大な卵が空から現れるだろう。あれを兄さんに、何とか降ろしてもらって、それに乗って隣国へ行く予定だ」


「なぜ、そのタイミングで出国するの? 隣の国って、竜と、足場の悪い廃墟と、白い鉱石しかないよ? あの国に、一人でいったい、何するつもりなの?」


「隣国を乗っ取る」


「隣国を乗っ取る!?」


 素っ頓狂なオウム返しに、ガビィが腕を組んで苦笑した。


「心配するな。すぐに戻ってくるから」


 リアン王子はかなり訝しんだが、今が忙しすぎて、ガビィがやろうとしている事を、とやかく追求している暇がない、でも、心配だった。


「本当に一人で行くの? 従者は?」


「鉱石に対抗できるのは、俺の炎のみだ。従者は返って足手纏いとなる。俺一人で、充分だ」


「……そう、か。でも、気を付けてね……」


 彼のことは信用しているから、任せてみることにした。


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