第148話   ガビィの本音?②

 ヒメがきょとんとしている。


 ガビィも自分自身の発言に驚いていた。直情的な発言をしない主義の自分から、好き嫌いがこぼれ出た。


 びっくりして無言のままなのも、変な状況だと気づいて、ガビィは理由を探し始める。


「……お前は、俺の部下なんだろ。だから、親父に横取りされるのが、納得いかん」


「納得って。でも、もう帰らないと。竜の巣の王様が、待ちくたびれてると思うんだ。必ず帰るように命令されてるし、私もじつは、うちの王様のことはずっと気がかりだったんだよ」


「親父のことは、本当に気にしなくていい。まだ、この国に手出しは、できないはずだからな」


「まだ……?」


 いずれ保険が無効になる日がくるのだろうかと、ヒメは心配になる。


「まだって? あと何日くらい猶予があるの?」


「姫の誕生日までだ。それまでに、事を済ます」


「なにか仕事があるんだ。それが終わるまでは、王様は何もできないんだね?」


「そうだ。姫が十六歳になるまでは、親父は約束を守る気でいる。そしてここには、親父のつがいだったリーフドラゴンが眠っているから、この土地だけは、親父自身は手荒な真似まねを避けるんだ。その代わりに、俺たちに仕事をさせてるんだがな」


「あ……じゃあ、どんなに王様が怒ってても、私とガビィさんがこの国に留まっている限り、安全と……ほんとかな〜? 王様すごくワガママだし、気が変わったとかで襲ってこないかな。王様が部下に命令して、自分の代わりに襲わせてこない?」


「この国には、シグマがいるだろ。親父も迂闊に部下を放てないんだ」


 シグマが本気を出して戦っているところを、まだ見たことがないヒメは、ちょっと想像するだけで冷や汗が滲み出す。どっちが勝っても気まずいうえ、シグマはたぶん、無関係な庶民を大勢巻き込んで戦うだろう。エメロ国が血の海になる。


 ガビィは窓の外を気にしながら、別のことを気にかけていた。


(隣国の竜が、産卵を終えた頃だな。まだ気が立っているだろうから、もう少し待つか)


 水を一杯飲み干した。


「ヒメが帰るときは、俺も同行する。親父は激怒しているだろうが、俺が交渉する」


「ええ? だ、大丈夫?」


「ああ。巣の中には、もう入れないだろうがな」


 竜の巣の王と何かを交渉すると、ガビィが実家に入れなくなるらしい。それはちょっと、気が咎めるヒメである。


「そんなに気まずくなるんだね……それなら、私も、あなたと外にいる。こうなったのは、私のせいでもあるんだし、あなただけ巣に入れないだなんて、そんなの、イヤだよ」


「いや、気まずさよりも、物理的にな」


「ああ、王様が暴力を振るってきそうで危ないもんね。あの長い尻尾をむちみたいに振り回されたら、大勢が吹っ飛んでゆくよ」


「いや、そういう意味でもないんだが……」


 ヒメの耳には、届いていなかった。遠慮のない大音量のチューニングは、少し声量を落としてしまうだけで、まったく相手に聞こえなくなる。


 ようやくチューニングが終わって、曲の導入部分の練習が始まった。


 セレンのギターが、流れるような旋律を奏で始める。よく通る歌声で語られるのは、リーフドラゴンを祀る春の民の祭司の物語だった。グラスのことだと、ガビィは思う。


「あのさ、ガビィさん……どうして、そこまで私に……いてくれって思うの?」


 ヒメは期待半分、そして、どんな事務的な返答でも傷つかないよう、緊張しながら尋ねた。


 ガビィが、水差しの中身をコップに移しながら、思案する。個人的な意見を言うのは、苦手だった。


「姫が来てから、エメロ国と城の雰囲気が、とても明るくなった」


「ああ、私が来た初日とか、ひどかったもんね。初日に比べたら、周囲とも打ち解けたような気がする」


「俺個人としても、姫にはここにいてほしい。お前は、ここにいるほうが伸びる」


「ガビィさん……」


 竜の巣の王様と交渉してでも、ヒメをここに留めたいと言ってくれた。ヒメは自分のコップの中身がお酒なのではないかと、くんくんと匂いを嗅いでみる。


 水の匂いだった。自分は酔っていないと確信できて、顔が熱くなる。


(ガビィさんが個人的に、私にそばにいてほしいって!)


 心の中にいる内なるヒメが、大はしゃぎ。だが、思う気持ちは一つではないのが人間の難しいところ。


 ヒメは黒リボンのポニーテールメイドのことを思い出していた。彼女は、ガビィの言動で自分にも害が及ぶのではないかと、懸念していた。


「りゅ、竜の巣のみんなは、大丈夫かな。王様に殺されたりしない?」


 すると、ガビィが急に小さな声で説明しだしたので、ヒメは耳を彼のほうへ近づけなければならなかった。自然と顔が近くなり、またまた緊張する。


「……物理的に親父の近くに立っているヤツらは、親父の炎でやられる可能性が高い」


「え? あ、やっぱり? だよねー、きっと火ぃ吹くよね、あの人」


「だから、俺が立てている計画が上手くいき次第、竜の巣の同胞に一斉通知を出す――巣から出ろ、とな」


 思いもよらない答えに、ヒメはガビィの宝石のような両目を凝視。ガビィが企てているのは、竜の巣の王への、反逆だった。


「怖いよ、ガビィさん。危ないことは、しないで」


 仮にも実の父親に、いったい何をするつもりでいるのかと、ヒメが尋ねようとした、そのとき。


「なになに? もう、楽器がうるさくてぜんっぜん聞こえないんだけど」


「三男さん!」


 窓枠に両肘をついて、エメロの少年の姿を取った三男ファングが、不機嫌そうに口をとんがらせている。長いこと変装屋に行かず、自力で変装を施しているせいか、耳のあたりを不自然に髪の毛で隠している。取れてしまったのだと、ヒメは察した。


「ほとんど聞き取れなかったけど、これだけは聞こえたよ。兄貴、ヒメさんを手元に置くのはあきらめな! ヒメさんは親父のお気に入りで、帰り次第、巣の中の誰かと結婚するんだよ。それで一生、巣の中で暮らすんだ。そのほうがヒメさんも生き易いだろ。もう外の世界で居場所なんかないんだしさ」


「居場所なら、これから作っていけばいい」


「バカだなぁ兄貴は。城にいたって、どこかに政略結婚で嫁に行かされるだけだっつの。今のヒメさんに、外の世界の男と暮らすなんてこと、できると思うか?」


「……」


 ゆったりと目を泳がせるだけのガビィに、焦れたファングが窓枠から店内へと、ひょいと飛び込んだ。


 ガビィは、よくよく考えていた。自分が紡ぎ出す言葉の重みを、再確認してゆく。こと最近に至っては、直情的な言動に蓋をし、中立的な立場を崩すことを、恐れていた。


 吟遊詩人たちの演奏に感化されたのか、春の民グラジオラスの歌が、頭に流れてきた。


長兄ちょうけいネイル、すえっ子ファング、そして竜の巣の王ウイング。大事な『心』を持った王子は、たった一人、ガブリエルだけ』


 ネイルファングウイング、竜が大事にしていたモノたち。戦うために、必要な使者たち。


 だが、『心』というものは――竜が苦しくて捨ててしまったゴミだった。皮肉にも立場上、中立を崩せないガビィにとっては、出てこようとする本音を閉じ込めなくてはならないため、そんな自分の発言次第で、物事の流れが大きく変わってしまうのは、非常に苦しかった。


 あの歌は、こうなる事を示唆していたのか。それとも、初めから、自分の発言次第で竜の巣の命運すら左右してしまうことを、予言していたうただったのか。


 ガビィは竜の巣の中で、いつも浮いていた自覚があった。それは自分が変わり者だからだと片付けていたのだが、竜の巣の王から、自然と遠ざけられていたせいではないかと、ここ十数年は思うようになっていた。


 寂しいという感情は、よくわからない。


 家族と考えている事が大きく違っていても、不自然な特別扱いを受けて遠ざけられていても、鱗が生えなくても、寂しいという感情を、深く考えたことはなかった。


 仕事だから、ここにいる。それ以外を、そしてそれ以上を求める『心』なんて、邪魔なだけだった。


「王族に生まれて、王位に就くことを放棄した姫に、政略結婚という生き方も、残されてはいるな。だが、エメロ十三世とリアンならば、姫の嫌がる生き方を強要はしないだろう。城で皆と、助け合っていく道もある。結婚相手というのも、そのうち見つかるんじゃないか?」


「ヒメさん、俺と遊びに行こうよ~。美味い店、知ってるよ」


 露骨に話題を変えてきたファングに、ヒメが「え?」と語尾を上げた。


「だってさ~、兄貴と一緒にいたって、こんな店しか案内できないじゃん。うるさい店でおかゆなんて食ってないでさ、俺と一緒にエメロ国の城下町を探検しようよ! そっちのほうが、ヒメさんの勉強にもなるだろ? な、兄貴!」


「そうだな……」


 ガビィが引き留めるでもなく、あっさり返事。ヒメは「え~?」と疑問に語尾を上げるが、ファングの怪力に腕を引っぱられて、あれよと言う間に外に出てしまった。


「ヒメさん、兄貴だけはやめときなって。脳筋だし仕事中毒だし、話もつまんないし、それにアレ、たぶん結婚とか考えてねーよ」


 結婚という言葉に、ヒメはどきりとした。マデリンからも、ガビィと結婚したいか尋ねられたことがあったが、あの時よりも、深く心に衝撃が残った。


「わ、私……」


「行こう、ヒメさん」


「……うん」


 窓を見上げると、ガビィがまだ一人で座っていた。振り向かない背中に、ヒメも目を伏せ、ファングと歩きだした。


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