第131話   リアンがやらかした大失態

 一方、ガビィは、リアンがやらかした大失態の有無を確認するために、エメロ城の階段を一っ飛びして二階へ到着した。


 リアンがいつもいる執務室と、混沌の執務室、問題が発生している現場への視察など、日中のほとんどを仕事に費やしているリアンの居場所を特定するのは、大変である。


 ガビィはその労力を、部下に尋ねるだけで省くのだった。好都合なことにリアンはいつもの執務室に、マデリンと二人で作業中だと言う。


「まーた書類で部屋を散らかしたのか。マデリンがかんかんだろうな」


 リアンはもう何年もマデリンの来訪を休憩時間の目安にしていた。彼女が用事で城を留守にしている間は、誰が来ても仕事の手を休めなかったそうだ。


「失礼するぞ」


 獰猛どうもうな動物が、威嚇する姿の彫刻で埋め尽くされた執務室の扉を、ゴンゴンと叩いてから返事も待たずに押し開けた。


 その豪快な来訪に、今更ケチを付けるリアンではない。


 ガビィは部屋を一瞥いちべつで確認、マデリンの姿が無かったが、休憩用に運ばれた銀色のワゴンにお茶とお菓子が載っていたから、彼女はここへ来た後に別の仕事をするため姿を消したのだと思われた。


 綺麗に整頓された机の上で、リアンが肘をついてガビィを見上げている。


「どうかしたのかな」


「単刀直入に訊く。俺が留守の間に、春の民と接触しなかったか?」


 リアンの人工的な緑色の瞳が、見開かれた。狼狽ろうばいとも、とがめられてひるんだとも受け取れる顔になる。


「……彼らは、いきなりこの部屋に入ってきたんだ。たくさん見張りがいるにも関わらず、突然。僕がどれだけ驚いたか、わかるだろ。殺されるかと思ったんだ。それで、友好的な態度は取れなかったことは、その、認めよう」


「どうして言わなかったんだ。呼べば俺の部下が駆けつけてきただろうに、一人でこの部屋で、春の民たちと対峙したのか。無茶をするな!」


「……ごめん」


 ガビィは赤い髪を、困ったようにガシガシ掻き上げる。


 リアンがここでどのように取り乱したのか。本物の姉が竜の巣から戻ってくる予定と、姉の誕生日会の設定、ごたついた城内外の不安定な事情、さらには国民に自分がエメロ王の子ではないという告白をも予定し、精神的な余裕が一寸も無くなっている十五歳の青年の目の前に、自らの出生にまつわるトラウマ――春の民が現れたら、どうなるであろうか。


 なんとなく、ガビィも察していた。リアンがここで、彼らに声を荒げたのだと。春の民はその態度にたいそう憤慨し、仕返しに城下町の雰囲気を下げているのだと。


「リアン、奴らに何を言われた。話してくれ」


「その……お墓参りができる場所を、城壁の外でいいから、造ってくれって、頼まれたんだ。その程度で彼らの脅威が抑えられるのなら、安いものだった。なのに、あの時の僕は、冷静になることができなかったんだ」


「働き過ぎだ。外交に支障をきたすな」


「……相変わらず、きみの物言いは容赦ようしゃがないね」


 リアンがため息をつきながら、金髪のかつらから伸びた長い一房を、手慰みにいじりだす。


 ガビィは鍛え上げたたくましい二本の腕を組んで、しかめっつらになる。


「……他には、何を言われた」


「え?」


「この程度で激怒するお前じゃないだろ。俺がお前の近侍きんじを、何年やってると思っているんだ」


「……きみは、どんな人の心の傷にも、土足で駆けつけてくれるよね」


「まだ間に合うぞ、リアン。姫の誕生日までに、春の民を納得させて撤退させる。俺が仲立ちしてやるから、自信を持って、全て話せ」


「……」


 春の民がリアンに持ちかけた報酬は、本当の父親に会える、というものだった。春の民の祖リーフドラゴンの墓石を建てれば、墓参りのためにリアンの本当の父も訪れることがあるからだと。


 春の民は良かれと思って持ち掛けたのだろう、この提案が、大きなトラウマとストレスを抱えて多忙な日々を送るリアンの堪忍袋をぶち破ってしまったらしい。


(春の民どもも、なぜそんな交渉法を選んだ。リアンが望んで今の立場にいると、知らなかったのか? はたから見れば、リアンの境遇は過酷なものだが……まさか、リアンを外に連れ出して、誘拐するつもりじゃあるまいよな)


 こればかりは、春の民に尋ねるしかない。誘拐の有無までは答えてくれないであろうが、それならば様々な質問で彼らの価値観を測ったり、なにをどう勘違いしているのか尋ねるという方法もある。


 ともかく、春の民の提案はリアンを怒らせ、リアンが投げたくま文鎮ぶんちんが、春の民のおさグラスの側近の頭に命中してしまい、最悪な雰囲気のまま、彼らは引き下がったそうだ。


 そして現在の報復活動へと、繋がっていったのだった。どうして言わなかったのかと、ガビィの垂れ目気味の両目も、険しく吊り上がる。


「今年のお前の護衛代は、破格のものになるぞ。覚悟しておけ」


「……ああ、本当に、申し訳なかったよ」


「春の民には、俺が連絡を取る。絶対にここに連れてくるから、次は上手くやれよ」


「……うん」


 ガビィは反省しているリアンを残し、執務室をあとにした。いくらしっかりしているとはいえ、リアンはまだ十五歳。経験不足故に、大失敗もする。


 今回の件で、これ以上リアンを責めることは、しないのだった。


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