第98話   本物と偽物

 黒いリボンのポニーテールメイド、ジェニーと一緒に、ヒメは城下町へと赴いていた。黄金の竜の亡骸の上に位置するという話が、真実かはわからないけれど、エメロ国産の青々としたあらゆる青物は、そのままでも最高のおやつになると思えた。


 他にも、焼きたての菓子類を売る店や、お惣菜屋が、元気な売り声を上げている。


「もうすぐお昼だね。うう、あちこちから、美味しそうな匂いがする。ジェニー、少し食べていってもいいかな」


「どうぞ。エメロ人にこき使われている我々を尻目に、好きなだけ時間を浪費してくださいな」


「ご、ごめんって。そんな睨まないでよ


 ピンクのミニワンピースとメイド服が並んで歩くと目立つからという理由で、二人は会話に支障の無い程度に離れて歩いていた。


「貴女がこれから会いに行くと言う、三男の王子のご友人とは、どなたの事なのですか?」


「変装屋さんだよ」


 とたんにジェニーの金の眉毛が吊り上がった。


「変装屋? あの者たちは確かに我々と契約を結んでいますが、友人と呼び合うほど親しくはありませんよ。本当の目的はなんなのですか? 嘘をつくと、ためになりませんよ」


 拳を片手でつつんで、ゴキゴキと鳴らすジェニーに、う、と言葉に詰まるヒメ。


「そのー、変装屋さんに会いたいのは本当の話だよ? 私もメイドさんに化けて、お城の人手不足を少しでも解決したいの」


 メイドジェニーが目を剥いてヒメを凝視する。


「貴女一人がメイドになったところで、たいして現状は変わりません。むしろ仕事が増えそうですから、部屋でおとなしくしていなさい」


「えー、そうかな? 私、三人分はがんばっちゃうよ!」


 力こぶを作ってみせるヒメに、ジェニーはまだ何か言いかけたが、ふと、その視線は明後日の方角を向いた。


「エメロオオオディイイアアア」


 隣国の竜の遠い呼び声が、街中まちなかをどよめかせた。ジェニーの翡翠色の両目は、竜のいる方角を眺めていたのだった。


「よく鳴きますねぇ。もう産卵期なのでしょうか。半年に一度、あるかないかだったのに」


「産卵期? 竜がもうすぐ、バケモノが詰まった卵を産むってこと?」


「バケモノを使って、エメローディアを捜させているのだと、我が王から拝聴したことがあります。彼女がとうの昔に殺されてしまったことを、あの竜は理解していないのでしょう。それか、信じたくないのかもしれませんね」


 ヒメは前者ではないかと思った。だってあの竜の鳴き声は、とても明るくて、まるで家族か親しい友人を呼んでいるかのようだったから。


 しかしどんなに明るい声色であっても、隣の国であるエメロ国民が平気でいられるはずがない。雑踏を歩く足を止め、竜のいる方角の、何もない空を見上げている人が大半である。


「街の人たちも、不安がってるみたい。昨日も、春の民が騒ぎを起こしたばかりだし、落ち着かないよね」


 もうすぐ姫のお誕生会だと浮かれていた頃の人々の様子が、遠い日のように、ヒメは感じた。再び歩きだす民衆にまぎれ、ヒメとジェニーも歩きだす。


 ふと、お腹の大きな、緑リボンの金髪ポニーテールな女性が、男性と肩を寄せあってベンチに座っている姿に、目が留まった。今にも産まれそうなお腹も目を引くが、彼女がメイドジェニーにとてもよく似ているのが、ヒメには大変衝撃だった。


「竜の遠吠えを聞かない日がないわ。まさか、こっちに来るんじゃ……」


「僕たちには、シグマ様が付いてるじゃないか。怯えることはないさ」


 二人は見つめ合い、手を取り合った。女性は不安を口にし、男性はそのたびに励ましをつむぎ続ける。


 ベンチから距離ができた頃に、ヒメはジェニーに声をかけた。


「さっきの女の人、あなたにそっくりだった」


「あれは本物のジェニーです。メイド長のマデリンと大変不仲で、仕事もよくさぼるものですから、クビになったんですよ。本人は自分から辞めたんだって、言い張ってましたけどね。わたくしはちゃんと彼女から許可を取って、変装していますよ」


「そっか。でも、私たちの姿は見られないほうがいいかもね。急ごう」


 変装屋とお城は、少し距離がある。道中、サンドイッチ屋や串肉屋の誘惑に遭いながらも、ヒメは自らに課した使命を果たすため、己を律して歩き続けた。


 ふと、でっかい串肉を片手に、数人のエメロ人と真剣な顔で話をしている、銀色の鎧姿の男性を見つけた。城壁の門番、クリスだった。


「クリスさんだ。あ〜あのお肉、美味しそうだな〜いいな〜。私、お昼がまだなんだよな〜」


「あれはクリスに化けた三男の王子ですよ。城下町で起きた事件の、事情聴取を続けているようです」


 なんで我々がそんな仕事まで、と言わんばかりにジェニーの顔はしらけていたが、ヒメは血相を変えて彼女に詰め寄った。


「なに? その事件って。ここで何があったの!?」


「おや、ご存知なかったのですか? 次男の王子の偽物が、城の使用人に自宅待機を触れ回ったのです」


「ガビィさんの偽物!?」


「偽物が出たのは早朝のようで、朝の仕入れに出かけていた調理人や、野暮用があったメイドたちなど、おもに朝が多忙な者たちが騙されて、自宅で待機しているんですよ」


「それだよ、きっとお城に人がいないのは。ああ良かった、リアンさんの事で大勢がいなくなったわけじゃなかったんだね! って、ぜんぜん良くなかった! ガビィさんの偽物が、変なことしてたの!? あなたも、なんで知ってたのに黙ってたのさ!」


「聞かれなかったものですから」


 しれっと答えるメイドジェニーに、ヒメはやきもきして身じろぐ。


「自宅待機の命令は嘘だって、私もみんなに教えなくちゃ」


「いいえ、今はわたくしたちの動くときではありません。三男の王子とその部隊が調査しております。我々が茶々を入れると、調査をかく乱してしまう恐れがありますので、この件は全て三男の王子に任せていましょう。我々は結果を待つのです。動くのは、それからにしてください」


「う……勝手な行動をしたら、かえって三男さんの足を引っ張っちゃうってことだね。わかったよ……」


 なんとも、じれったい。組織で働いている以上、こういう事も起きるのは、わかっているけどヒメは歯痒く感じた。


「ガビィさんの偽物って、まさか、変装屋さんが誰かに雇われて……」


「調査の手は、すでに変装屋彼らにも回っているでしょう。エメローディア、こんな状況下にあると知っても、まだメイドに化けるために変装屋へ行きますか?」


「ど、どうしよぉ……」


 見えてきた変装屋。おもてに面した彼らの店は、若くておしゃれな女性を釘付けにしそうな、魅力あふれる洋服店だ。強めのピンクに染め上げられた木造建てに、綺麗にはめられた、いろいろな形の硝子ガラスたち。店員おすすめの帽子ぼうしやミニバックが、全部見られないのが焦れったくなる絶妙な位置で顔をのぞかせている。大きな硝子越しには、流行りの服装に一味加えたハイセンスさを惜しげもなく自慢するマネキンが立っているのだが、肝心の店内が真っ暗だった。今は、臨時休業と記された木の札が、閉じた扉の取手部に掛かっている。


「とりあえず、行ってみるよ。話だけでも聞いてくるね」


「わたくしは貴女の付き人ですから、嫌だと言われても、付いて行きますからね」


 行くなとは言われなくて、ヒメはほっとした。


「ありがとう。変装屋さんが裏切ったなんて信じたくないけど、でも、いざってときは、一緒に切り抜けようね」


「返り討ち、そして皆殺しです」


「え……なるべくそうなってほしくないけど、たぶん私じゃ、あなたを止められないと思うから、任せます……」


 仕事にプライドを持っている、そんな印象を強く感じさせる変装屋の店主を、よほどの証拠がない限りは疑いたくないのがヒメの本音だった。


(ガビィさんの偽物が作れる人って言えば、真っ先に変装屋さんが思い浮かぶけど、まだ決めつけるのは早いよね。右も左もわかんない私に、いろんなことを教えてくれた人だから、疑いたくないな)


 ヒメは直接、店主に話を伺いたかった。あの左右非対称の不思議なピエロメイクで、アタシじゃないわ、ときっぱり否定してほしかった。


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