白銀竜に喰われた姫【本編完結!!祝6万PV!!カクヨム運営公式さんのレビューで紹介されました~!!】

小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中)

   

序章

第0話   エメローディア

 雑多ざったな酒屋の喧噪けんそうをつまみに、大勢の客が今宵こよいも安酒をあおっている。


 中央の大きなテーブルに足を組み乗せる者、ひたすら駄弁だべって話の主導権を誰にもわたさない者、世をはかなみ、自国の政治にグチをこぼす者、などなど。


「いろんな事情が絡み合う……なぁに、よくある話なのさ」


「そうなのか? 俺はそのテの話にうといから」


「ようするに、一番初めに産まれたお姫様を指示する側と、次に産まれた王子様側を押し上げたい連中が、骨肉の争いを繰り広げてるってやつだ。どっちの赤ん坊が王位を継承するのか……その前に、はたして成人の儀式まで五体満足で生き延びられるか」


けてるヤツ、いそうだな」


「もうなってる。全財産賭けたっておっさん知ってる」


「ここはそういうおっさんばっかり来るだろ。本当かどうかもわかんねーこと言ってるやつらばっかだ」


 運ばれてくる酒と料理が、次々に口の中へと片づいてゆく。



 そんな賑やかさとは少し離れた、店のすみのテーブルで、ひっそりとジュースを飲んでいる三人の青年がいた。

 容姿はまったく似ていないが、三人は同じ親から生まれた兄弟だった。


 まだ仕事の途中だから、酒を飲まずにのどをうるおしている。


「姫の生き死にで賭けが始まっているのか。由緒ゆいしょ正しき王族も、庶民しょみんの前では娯楽の一つか」


 三人のうち、長男である青年が、ため息をついてジュースを煽る。

 青いガラス玉のような両目が、テーブルの上をさまよい、これからのことを思案しながら、物憂げにまばたきした。


不謹慎ふきんしんだ……」


 三人のうち、次男である青年が、赤い髪を結んだうなじあたりにできた虫さされを掻きながら、ジュースを煽った。


「へへ、固いこと言うなよ~。今のうちにさ、賭けてるヤツらに目星つけて、大金巻き上げちまおうぜ」


 三人のうち、末っ子の少年が、元気いっぱいにジュースのおかわりを注ぎながら、瞬く間に飲み干した。

 誰よりもぱっちりした大きな金色の両目は、どこか爬虫類はちゅうるいを思わせる。


「だってどうせ、結果は――姫さんの負けなんだからなぁ」


 三人の青年に見下ろされ、テーブルの上にちょこんと載せられたおくるみの中の赤ちゃんが瞬きした。


「あんな城にいるよりはマシだよな~? 姫さん」


「我々との暮らしに、適応できればいいが」


「……人間の赤ん坊なんて、誘拐したことないから、よくわからない」


 長男と次男は不安そうだった。

 三男は赤ちゃんのふわふわの前髪をなでてあやしている。


「お、今、俺のほう見て笑った!」

「……変な顔してるからな」

「ひでえ! いちばん変な顔してる兄貴に言われたくねぇや」


 次男と三男がひじで小突き合うのをよそに、長男が、赤ちゃんの顔をじっと観察していた。


 赤ちゃんは遅い瞬きを繰り返し、大あくび一つ。


「この子は眠いようだ。早く連れて帰ろう」


「あ、なあ! この注文を最後にしようぜ。この、ナッツ入りクッキー。姫さんのお土産に包んでもらお」


 壁にかかった一枚板にびっしり彫られたメニューを指さして、元気いっぱいに三男が提案するが、長男が首を傾げた。


「この子はまだ歯が生えていない。固いナッツとクッキーは、食べられないぞ」


「じゃあ、このおかゆにしようぜ。とりの骨でダシを取ってるってさ。うまそうじゃん! 店から器を借りて、土産に持って帰ろ」


 次々に提案する三男。

 長男が同意して、うなずいた。


 次男がそわそわしだして、肩に引っけていた小さなかばんをがさがさと漁りだす。


「……このおかゆの作り方を、店員から教えてもらう。……。紙とペンあるか? 俺は忘れてきた」


 おろおろする次男に、長男が懐からペンと紙を取り出して、手渡した。

 定員を呼び止めて、注文をする三男。

 次男はおかゆの作り方を、別の店員を呼び止めて聞き出し、メモしてゆく。


 長男は赤ちゃんを両腕で抱き寄せ、眠り始める小さな顔を見下ろしていた。


「私の妻に、まだ乳が出る者がいる。おかゆにクッキーもあれば、ひとまず食べ物は問題ないだろう」


 ああだこうだと、青年たちは口々に意見しながら、席を立つと、会計に寄った。


 あったかい鶏ダシのおかゆが、蓋をされた小鍋で用意されていた。三男が自分の荷物を次男に押し付けて、小鍋を両手で大切に持ち上げた。


「……つまみ食いするなよ」

「そこまで意地汚くねぇやい!」

「二人とも。姫が起きるだろ」


 奇妙な三人は、ひっそりと店を後にした。

 その腕の中に、すやすやと眠る一国の姫を抱えて……。


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