第7話 分かり合えない人もいる
旅行まであと数日に迫ったある日。アヴィスは授業時間30分前に到着した。普段は既にルーチェが待機しているのだが、今日は彼女の姿が見えない。入学を検討している生徒の面談でもしているのだろう、気軽に考えてアヴィスは待った。
しかし授業開始時刻を過ぎても彼女は現れない。さすがにおかしいと思ったアヴィスは個別指導の教室を出ようとした。そこへ普段ルーチェたちの授業を見学している子どもたちが乱暴に扉を開けて教室に入ってきた。
「アヴィスさん! 今からルーチェ先生の授業だよね!?」
「そうだが……」
子どもたちの慌てように驚きつつ、アヴィスが返す。子どもたちはアヴィスの服のすそやら腕やらを引っ張りながら口々に言う。
「ルーチェ先生怒られてるんだ。ピエル先生の話に水を差してきて」
「水を差すの使い方間違ってるって!」
「そんなのどうだっていいから! とにかく二人の話の腰を折ってきて!」
「分かった、分かったから! とにかく落ちつけ」
子どもたちが言い争いを始めるのでアヴィスは子どもたちを連れ、職員室へ向かう。職員室の前にはルーチェとピエルがいた。
「こんな簡単な業務にすら時間がかかるとは、どういうことだ。もう3年目だろう。第一自分から生徒に関わりに行くから自分の仕事に手が回らないんだ。仕事が遅いのに余計なことをするな。一つ一つの行動を考えてやれ。ここを辞めてどこに就職するのか知らないが、ここですらまともに仕事ができないのにどうするんだか」
ピエルの言葉にただただルーチェは俯くだけだった。決して大きな声で怒鳴られているわけではない。しかし学舎内は静まり返っており、ピエルの言葉は学舎内に響き渡っている。ピエルの授業の生徒たちも教室から心配そうに顔を出して行方を見守っていた。アヴィスは大きな咳ばらいをする。話を中断した二人の間に割って入ると、ピエルに向かって言った。
「ピエル先生、ルーチェ先生は今からわたしの授業なので、そろそろいいだろうか。あなたも生徒を待たせているようだがそれは、サービス業としてどうなのだろう」
今まで子どもや老人相手の場合が多かったため、言われたことがなかったのだろう。ピエルは顔をしかめて教室から顔を出している生徒たちを見、アヴィスに返事をすることなく、足早に教室へ消えた。
「ごめんねアヴィスくん。待たせちゃって」
そう言ってからルーチェはため息をつく。
「それに。なんだか気を遣わせちゃってごめんね」
「謝らなくていい。第一、本来業務に関しての注意などは客から見えないバックヤードで行うものだ。それを教室内でしかもサービスを提供しなければならない時間帯にやっていることがそもそも向こうの間違いだ」
子どもたちがいたたまれなくなって彼を呼びに来てくれたことを、アヴィスはルーチェに説明した。彼女は子どもたちの目線まで屈みお礼を言う。
「それじゃ、授業始めよっか」
ルーチェと子どもたちは歩き出す。アヴィスは彼女らの後ろについて歩き始める前にピエルの入っていった教室を一瞥し、顔をしかめてから歩き出した。
「さて今日は勇者と魔法使いについて勉強するよー」
ルーチェは言い、顔をしかめているアヴィスに不思議そうな顔を向ける。
「どうしたのアヴィスくん。浮かない顔して」
「いや……、何でもない」
どこかしら嫌そうな顔をしているアヴィスをよそにルーチェはぼやく。
「やっぱり分かり合えない人もいるよね」
「……だろうな」
ピエルのことを言っているのだろう、そう察してアヴィスは相槌をうつ。
「そもそも全員が全員分かり合えるのなら苦労しないだろう」
そう言ってからアヴィスは難しい顔をして続ける。
「しかし分かり合おうとする努力は大切だ。私がこうやって魔法を学びに来ているのも、たぶん一生分かり合えないと思っている相手が、魔法使いだったからだ」
そう言った後、アヴィスはそれ以上追及されたくないようで話題をそらした。
「……で、授業の続きだが」
「あ、そうだね」
ルーチェはアヴィスのその言葉で、授業の内容に話を戻す。世界には魔法使いの他に、勇者と呼ばれる職業があること。魔法は基本使えないが剣など特定の武器で戦う職業であること。それから魔法使いと勇者、二つの職種の関わりについて説明した。
授業終了後。学舎を退出する際アヴィスは壁に貼られた、勇者募集のポスターを見つけた。それを見たとたん、彼は見たくないものを見てしまったような表情を浮かべ、立ち去った。
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