エキナカのコーヒー

 プレミアムフライデー。

 でも一般的な会社員である私には、縁遠い言葉でしかない。花金の方がまだ馴染みがある。

 それでもまぁ、18時には定時が来て残業がなければそこで帰れるし、なんなら金曜日は19時退勤を推奨されている日なので、大概の場合19時には自由になれるのはありがたいところだ。

 そんなこんなで18時半にさっさと仕事を上がって、いつものように飲んでいた私です。


「はー、飲んだ飲んだー」


 今日の飲み場所は高田馬場。西武新宿線ユーザーなのでがっつり行動範囲で、結構お店の開拓も進めている地域なのだが、最近になって日本酒の美味しい、料理も美味しい、それに加えて結構腰を落ち着けて飲めるお店を発見したのだ。

 いろいろな種類のお酒をいっぱい飲めるのはとても楽しい。これでおつまみも美味しいとなれば通わない道理はない。お値段も手頃なところだし、日本酒を頼むたびにスタンプカードにスタンプを押してもらえるし。

 今日も小さいグラス(と言っても枡付きなので結構量はある)で4種類、色々と味わってきた帰りである。

 で、いつものようにお酒の後のコーヒーを、と思ったのだが。


「なーんか今日は、ファストフード店のコーヒーって気分じゃないんだよなー」


 高田馬場駅周辺にはマ○クもある。バー○ンもある。カフェも喫茶店も結構ある。腰を落ち着けないでもいいのであればコンビニもちらほらある。

 だからコーヒーを買う場所には事欠かないのだけれど、今日の私は何となくそういう気分ではなかった。

 数々のカフェやファストフード店の前をスルーして、西武新宿線の早稲田口改札に向かう私だったが。


「あ」


 一つ、思い出したことがあったので、西武新宿線の改札の向こう、JR山手線の改札を通る。

 JRに乗るのかって?いやいや違う。用があるのはJR改札の中にあるニューデ○ズだ。

 元々腰を落ち着けてコーヒーを飲みたい気分ではなかったので、エキナカのニューデ○ズでコーヒーを買って、帰りの電車に揺られながら飲む、というのでも全然問題は無いのだ。

 それにニューデ○ズに設置されているコーヒーマシンはド○ールコーヒーのプロデュースで、豆も結構こだわってブレンドしているんだそうで、レギュラーサイズが1杯100円の割に結構美味しかったりする。

 どこのニューデ○ズにもあるわけではないのだけが、ちょっと悲しい。新宿にあるニューデ○ズにはどこにも入ってるのに。ちょっとずるい。


 私は店内に入ると、何を手に取ることも無くレジに並ぶ列に並んだ。と言っても今は誰もいないから、すぐにレジの前へ。中国系らしい店員さんがにこやかに微笑む。


「いらっしゃいませ」

「ホットコーヒーの、レギュラーを一つ」

「100円になります」


 極力無駄を排した、簡潔なやり取り。まぁ夜の時間帯のコンビニに手厚いサービスを期待するでもないから、そこはいいのだ。

 私が財布から100円硬貨を取り出してトレイの上に置くと。


「スタンプカードはお持ちですか?」

「えっ」


 予想外の言葉に、私の喉から思わず声が漏れた。

 スタンプカード。あったのか。今まで何回もニューデ○ズでコーヒー買っていたのに、全く存在を知らなかった。教えてもらいもしなかったし。

 多分、この時の私は完全にきょとん、とした表情をしていたことだろう。虚を突かれたのだからしょうがないことだけれど。


「あるんですか?」

「はい、無料でお作りできます。どうしますか?」


 店員さんの朗らかな言葉を受けて、私はちょっと考え込んだ。

 カードを見せてもらったところによると、1杯買うごとにスタンプが1個もらえて、10個貯まれば1杯無料。たまに1杯でスタンプが2個もらえるキャンペーンをやることもあるとか何とか。

 多分、そこら辺のコンビニでコーヒー買うよりはお得に飲める。だろう。

 決心をして、こくりと頷く私だ。


「お願いします」

「ありがとうございます、スタンプ1つ押しておきます」


 そう言いながら、店員さんが真新しいスタンプカードの左上にスタンプをペタリ。そうして私へと、エキ○カフェのロゴが入ったカードを手渡してくる。

 カードを財布の、スタンプカードを収めているポケットにしまっていると、私の目の前にコトリと置かれる白い紙コップ。レギュラーサイズのカップだ。


「こちらカップになります」

「ありがとうございます」


 小さく頭を下げながら、私は白い紙コップを手に取る。

 そうしてレジから離れて右手に進んで左、早稲田口と、JRと西武新宿線の乗り換え口に近いところに面した入り口の傍。

 コーヒーマシンは、そこに据えられている。


 私はコーヒーの抽出口の下に紙コップを置く。コップを置く場所の下には水受け皿と金網があるのだが、この金網の模様が目印になるので、外すことはほぼない。

 カップを置いた私が押すのは並んでいる中で一番上、左側のボタンだ。ボタンと言ってもスマートフォンの画面と同じようにつるつるで、タッチした指を認識して動作するタイプ。圧力なのか電気なのかは分からないが、まぁそれはどちらでもいい、動作するならば。

 しかしてコーヒー豆が挽かれる機械音がしばらくしているその後に、ダーッと紙コップに注がれていく、アツアツの淹れたてコーヒー。ふんわり、香ばしい香りが鼻をくすぐってくる、この瞬間が好きだ。

 私はおもむろにマシンの上側に設えられた、カップの蓋やスティックシュガー、コーヒーフレッシュなどが置かれた棚からレギュラーサイズ用の蓋を一つ取り出す。コンビニのコーヒーでもよくある、プラスチック製で紙コップにかぶせ、飲み口をひっくり返して留めるタイプのあれだ。

 抽出されたコーヒーが注ぎ終わって、押したランプの点滅が終わったことを確認した私は、金網の上から紙コップを外し、カウンターの上で蓋をセット。たまに横着して金網の上でやってしまうこともあるが、歪めるのも申し訳ないのでやらないよう、常々注意はしている。


 ともあれ、これでOKだ。私はコーヒーの入った紙コップを片手に、ニューデ○ズを出て乗り換え改札に直行。交通系ICカード兼定期券を改札にタッチした。この時はいつも、コーヒーを零してしまわないかさりげなく緊張する。

 階段を登ると、ちょうど急行がホームに入ってこようとしている。電車が混んでいる時間にこれをやる勇気は流石に無いが、夜遅くということもあって人影はまばら、と言うほどでもないがホームの端から端まで並ぶほどでもない。

 列の最後尾に並んで蓋の飲み口を開けて、手元に視線を向けながらも開いた電車のドアの中に入った私は、片手で手すりを掴みながらカップに口をつけた。

 ほんのり苦いけれど角が立っていなくて、酸味がまろやかで、飲みやすいブレンドコーヒーが、アルコールで疲弊した私の胃の腑をじんわり温めていく。


「……ふぅー」


 がたんがたんと、車両が音を立てながら走っていく。

 小さく揺れるのを感じながら、私はもう一度、カップを口元に寄せて温もりを感じるのだった。

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