2. ヒュー
僕はヒューという名前をつけられた。
短くて、いい名前でしょう? 僕を呼ぶ時にママが出す、甲高い音なんだ。
まだ大人にはなっていない。でも泳ぎは得意で、こうしてママにもついていけるし、ミルクだって逆さになっても飲めるんだ。
大人が相手をしてくれない時は、いつも友達の二人と泳ぎっ子して、遊んでいる。ママたち大人は「狭いんだから大人しくして」と言うけれど、
僕が友達と「違う」って思うことがある。息がどうしても続かないんだ。だから潜りっ子をしても、早泳ぎ競争をしても、絶対に勝てない。それと右のヒレがうまく動かないから、ターンする時に動きが遅くなるんだ。別にゴハンを食べるのに困らないからいいんだけれど。
疲れた時はママの上に乗せてもらって、息を吸わせてもらう。その時「お前は、ママのお腹の中が大好きだったから、なかなか出てこなくてね。それで他の子より上手になるのが遅いのよ」なんて言うんだ。何だか納得できないな。
でも尻尾を動かすのはとても上手で、誰もが褒めてくれる。何だか尾が二本あるみたいだって。それに口笛の旨さは誰にも負けないよ。
いつもは青い壁の中で暮らしているんだけれど、少し大きくなったある日、僕らは初めて大きな家に移された。そこは家族全員がいても、まだ競争できるコースが二本も取れる広さだった。それに潜れる深さも全然違う。ママが言っていた広い世界って、この場所に違いないと確信した。
ここで僕は、仲間たちが見せた行動に目を丸くした。
コースの端まで悠然と泳いだその大人が、とつぜん腰と尾を巧みにしならせ、猛スピードで中央まで駆け込んで――
大ジャンプ!
彼は弧を描いて、そのまま見事に水の中に戻ってきた。顔を出していた僕と子どもたちは、目を釘付けにして、次々と仲間たちの華麗な技を見ていた。飛び散る水流を避けもせず、顔に浴びながら。
だからここの場所は、空がとても高くて、水の底が深いんだ! そして僕たちは飛べるんだ!
生まれて初めて心からびっくりして、ドキドキして眠れない一日になった。
次の日からすぐに、僕たちの遊びが「ジャンプごっこ」になったのは言うまでもないよね。
器用な仲間のひとりなんかは数日で、水の上に飛び出せるようになっていた。
僕? 僕は頑張ってもあんなスピードは出せないし、尾びれで水を蹴っても、オデコが水面に出るだけさ。
でも「まだ」なだけだ。いつか上手になるって、ママが言ってた。その時が来るまで辛抱しなさい。
だから諦めず、毎日家の端の方で練習を欠かさなかった。まさか大人たちがその様子を、つらそうな目をして見ていただなんて、僕はまったく知らなかった。
皆はどうかわからないけど、僕の家には不思議な所があった。
家の片方は青い壁なんだけれど、反対側の壁は透けていて、まるで広大な水がその先どこまでも、遠く続いているように見えた。
僕は好奇心を刺激されて、その先に行こうとしてみた。けれど何回チャレンジしても、固くて見えない壁に阻まれてしまって、その度にオデコに痛い思いをさせられた(そこをぶつけるとママがカンカンに怒るので、黙っていた)。
友達たちはとっくに興味をなくしていたその壁の先。そこにいつか行ってみようと思い、僕はずっと諦めなかった。
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