第167話
展望台から学校へ戻ってきたときには、もうすっかり空は夜の青で染まっていて、街を照らす街灯がぽつぽつと点灯し始めていた。
あれほど賑わっていた文化祭はすでに幕を閉じ、校内ではテントや装飾品などの片付けを行いながら、この後の打ち上げの話で盛り上がる生徒たちの姿がちらほらと確認できた。
俺はそんな祭りの余韻を感じつつ、昇降口ですっかり黒く汚れてしまった上履きを来場者用のスリッパに履き替え、制服のポケットからスマホを取り出す。
そして、俺たちの帰りを今もあの教室で待ってくれているだろう少女に向けて、メッセージを送る。
『待たせて悪い。今、戻ってきた』
すると、ものの数秒で既読が付き、返信が返ってきた。
『おかえり! 今、みんなで3-3の片付けしてるよ!』
俺はそれに対し、短く『了解』とだけ書いて送信すると、スマホをポケットにしまい、隣に立つ少女に向かって告げる。
「葉原たち、3-3で片付けしてるってよ。俺たちも片付けくらいはしっかり参加しないとな」
「……葉原さん
そう言って蒼子が首を傾げる。
……そう言えば、こいつには言ってなかったな。
俺は蒼子の疑問を解消するように説明を加える。
「学校出て来るとき、輝彦と誠に部の手伝い頼んでおいたんだよ」
「……そう……だったのね。2人にも悪いことをしてしまったわ」
「あとで改めて、礼言っとかねぇとな」
「えぇ」
そうして俺は罪悪感で表情が強張る蒼子を連れて、葉原たちの待つ3-3教室へと向かう。
昇降口のある1階から階段を上って3階までやって来ると、3年生教室から蛍光灯の白い光と賑やかな話し声が廊下に漏れ出ているのが分かった。
彼らにとって、この文化祭はいい思い出として心に残っただろうか。
高校生活最後の文化祭を存分に楽しむことが出来ただろうか。
……限りある青春を、しっかりと謳歌することが出来ただろうか。
まるで歌を歌うかのように弾む温かな会話に耳を傾けながら、ふとそんなことを考える。
別に、3年生のためを思って俺が何か特別なことをしたというわけではないけれど、彼らにとって、この文化祭が良き思い出となればいいと、そう思う。
そうして1組2組教室の前を過ぎると、3-3教室の入り口から聞き覚えのある数名の声が聞こえて来た。俺は背中に隠れる白月を連れて、そのまま教室へと入る。
すると、真っ先に俺に気づいた葉原が、花を咲かせたような笑顔を浮かべて声を上げた。
「あっ、晴人くん! 」
それに続くように、他の2人もこちらを振り向き口を開く。
「おぉ、晴人!」
「おかえり、晴人。……それに、白月さんも」
俺はそんな3人に向かって「待たせて悪かった」と言葉を返すと、蝉のように背中に張り付いていた蒼子をひっぺがし、前へと立たせる。
「……蒼子ちゃん」
たった数時間、顔を合わせていなかっただけにも拘らず、葉原は一瞬で表情を笑顔から泣き顔に変え、彼女の名前を愛おしそうに呼ぶ。
対して蒼子は、そんな葉原の泣き顔を見て再び罪悪感に苛まれてしまったのか、足元に目を向けながら必死で言葉を探す。
「……葉原さん……あの、私……」
すると、葉原はそんな蒼子に向かって駆け寄り、正面から強く抱きしめると、彼女の耳元で安堵の言葉を何度も何度も繰り返し発した。
「良かった……良かった……。戻って来てくれて、本当に良かった……!」
葉原の声は、涙で湿って震えている。
その声から、葉原がどれだけ蒼子のことを心配していたのかが窺えた。
蒼子はそんな葉原に向かって、静かに誠実に謝罪の言葉を述べる。
「……葉原さん、ごめんなさい。私、あなたたちに沢山心配をかけてしまったわ。……本当に、ごめんなさい」
「ううん……いいんだよ。こうして、ちゃんと戻って来てくれたんだから」
そう言って葉原は、蒼子の首に回していた腕を離して蒼子の目の前に立つと、互いに目を見つめ合いながら笑って言った。
「……おかえり、蒼子ちゃん」
「……えぇ。ただいま、葉原さん」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます