第155話

白月の自宅を訪れたあと、俺はそのまま駅へと向かった。

その間も神経を研ぎ澄ませて周囲の確認を行っていたが、白月の姿は見当たらなかった。


最も白月のいる可能性が高いと予想していた自宅がハズレたことにより、一気に不安と焦りが色を取り戻して膨れ上がり、呼吸がさらに乱れる。



……ひょっとすると白月はもう、この街にはいないのかもしれない。



そんな考えが浮かんでくる中、俺は別れ際に白月の父親にかけられた言葉をふと思い返す。



『蒼子をよろしく頼む』


そうすることで、ニタニタと悪意のこもった笑みを浮かべる感情を無理やり握り潰し、代わりに葉原から受け取った熱い感情を再点火させてアスファルトを強く蹴った。


***


そうして10分ほどで駅に到着すると、俺はゴールデンウィークに白月と待ち合わせをしたあの噴水広場へと足を踏み入れた。


見ているだけで心が凪いでいくような噴水からは止めどなく透明な水が湧き出ていて、それが陽光に反射して煌めきを宿している。

それからふと広場の方へと目を向けると、やはり日曜の午後ということもあって、辺りにはそれなりに人の姿が見て取れた。



黒いスーツを身に纏い、しきりに腕時計を確認する中年男性。


お揃いのランニングウェアを着てジョギングをしている老夫婦。


これからどこかに出かけるのか、仲良く談笑しながら駅内へと入っていく女子学生たち。



そこには惚れ惚れするほどの日常が点在していて、非日常が付け入る隙など見当たらない。



……違う。ここではない。

ここに、俺の捜しているものはない。



ほとんど勘のようなものだが、それらの景色を目にして確かにそう感じた。それでも万が一のことを考えて、駅内も捜索する。



改札口。待合室。トイレ。ホーム。


可能性がありそうなところを隈なく捜してはみたものの、やはり白月の姿はどこにも見当たらなかった。

念のため、スマホに保存してあった白月の写真を駅員に見せながら尋ねてみたりもしたが、返ってきた答えは予想していた通り。ここもハズレだった。


***


その後も足が鉛のように硬く重たくなるのを感じながら、ひたすら酸素を肺に取り込み、街中を駆け回った。


駅の次に訪れたショッピングモールでは、あの日、初めて白月と共に出かけた日のことを思い返しながら店内を周った。


アパレルショップ。フードコート。ペットショップ。映画館。


まるで昨日のことのように記憶が蘇り、その度に胸が締め付けられ、言葉にならない感情が全身から溢れ出てしまいそうになる。



「白月……」


そうしてなんとか感情が決壊するのを堪えた代わりに、彼女の名前が俺の口から零れ落ちる。


俺は、それがどこか遠くへ飛んで消えてしまわないように両手でそっと掬い取ると、その零れた名前をしっかりと呑み込んでから、再び走り出した。

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